68-5 波乱の幕開け
まだ肌寒い季節、俺は一つ年下の後輩と二人で住宅街を歩く。
とはいっても、彼女の家は直ぐ近く。
まあ、以前は栞にべったりで、俺とはあまり接点はなかったけど。
時々家に遊びに来ていた事は覚えている。
さて、どうするか、このままでは直ぐに家に着いてしまう。
「えっと……苺ちゃん、ちょっとお話でもしよっか?」
「はい!」
俺がそう言うと苺ちゃんは満面の笑みでそう返事をする。
そして、俺の手をギュッと握った。
「えええええええ?」
「えへへへへへ、お兄ちゃんからデートに誘って貰えました」
ニッコリと微笑み俺を見上げる苺ちゃん。
髪型、表情、一つ一つが栞にそっくりだ。
似ていないのは体形と身長。
勿論顔立ちも違うが、栞と同じ美少女には間違いない。
「いや、デートじゃないんだけど……」
とはいえ、誘った事には違いない。
そしてここで手を振りほどくのも違うと思い、俺はそのまま近所の公園に入った。
小さな公園、砂場にブランコにすべり台がある。
子供の頃は時々ここに遊びに来ていた。
春休み明け、平日の夕方近くとあって公園には誰もいない。
俺は苺ちゃんと二人で公園のベンチに腰を下ろした。
「えっと、寒くない?」
「お兄ちゃんと一緒なので寒くないです!」
常に明るい苺ちゃんは元気よくそう答える。
でも以前はこんな子ではなかった。
俺とは挨拶程度の関係だった……こんな元気よく返事をする事は無かった。
そう、昔の栞と一緒で……。
しかしなんで急にこうやって距離を縮めて来たのだろうか?
そう考えた時俺は以前何かで読んだ話を思い出す。
それは……両親に愛情を持って育てられていない子供は、凄く可愛らしく愛想が良く誰にでも甘えたがるらしいと……。
子猫が可愛いのも赤ん坊が可愛いのも、生きていく為にそういう姿で生まれて来るって聞いた事もある。
つまり苺ちゃんは、今恵まれている家庭環境では無いんじゃないかって……俺はそう思った。
だから俺をお兄ちゃんと呼び甘えているのでは無いのだろうか?
「えっと……苺ちゃん、最近お父さんとお母さんは喧嘩とかしてない?」
とりあえず、苺ちゃんの悩みを聞こうと俺はそう切り出す。
「え? いいえ? ラブラブですよ?」
「ラブラブですか……そうですか……えっとじゃあ確か弟さんがいたよね? えっと喧嘩とかしてない?」
「全然? スッゴク仲良いですよ? 昨日も一緒にお風呂で遊びました!」
「あ、そう……」
あれ? おかしい……家庭環境は問題無い? じゃあ何故? 俺はそう疑問に思いさらに聞いてみる。
「じゃあさ、苺ちゃんはなんであんな事したの?」
俺は単刀直入に聞いてみた。
「あんな事?」
ベンチに座る苺ちゃんは、足をプラプラと前後させ俺にそう聞き返す。
「いや、ほら足でつんつんしてたでしょ?」
「ああ、あれですか? あれは栞先輩の真似をしただけです」
「……真似?」
「はい!」
「えっと……いつ?」
「いつって言われても、いつもやってますよね?」
「いつも……」
心当たりがあり過ぎて……。
「ほかにもこうして手を握ったりしてました」
苺ちゃんはそう言って再び俺の手を強く握った。
「ちょ!」
慌てる俺に構う事なく手を握ったまま苺ちゃんは俺の質問の意図を理解したのか真剣な表情に変わった。
「……私、栞先輩が大好きなんです……もう、好き過ぎてどうにかなりそうなんです!」
「……あ、はい」
俺がそう困った顔で返事をする。
一体この子は何がしたいのか? そう思ったその時彼女の口からとんでもない言葉が飛び出した。
「栞先輩と結婚したいんです!」
「……は?」
「でも、でも、女の子同士で結婚って出来ないじゃないですか?」
「あ、うんそうですね」
「だから私決めたんです! 夫婦になれないなら姉妹になれば良いって」
「あ、そうですね……は?」
「だから先輩と、お兄ちゃんと結婚して、私は栞先輩をお姉ちゃんって呼ぶ事に決めたんです」
真剣な表情でそういう苺ちゃん、確か以前もそんな事を言っていた気がするが、あの場の冗談だと思っていた。
しかし、高校生になってもそれは変わらない……。
これはヤバイ、ヤバすぎる……この子の思い込みはヤバすぎる。
「いやあのね……」
どうにかしなければ、そうおもっていたが言葉が出てこない。
そして苺ちゃんはさらにとんでもない事を口走る。
「そして噂で聞いたんです。先輩はハーレムメンバー全員と結婚するって」
「だだだだだだ、誰だ!そんな噂を流してる奴は!!」
「えっと……確か東出さんって方だったような」
「ああああああ、あいつか?! 初期の頃に出して面倒だから記憶から削除してたあいつか?!」
畜生、こんな所で出て来るとは?!
「初期?」
「な、なんでもない……えっと……苺ちゃん、それ違うから」
「そうなんですか?」
「はい、そうなんです!」
「じゃあじゃあ、私と結婚するのになんの障害もないって事ですよね?!」
苺ちゃんは満面の笑みで俺に抱き着く。
俺は慌てて剥がそうとするも、苺ちゃんは一向に剥がれない。
思えば学校でも抱き着いたまま剥がせなかった。
この小さい身体のどこにそんな力が隠されているのかわからない。
「先輩、ううん、裕君、ううん、ダーリン!」
「落ち着いて、ね? 頼むから、落ち着いてくれええええええ」
なんでまた俺と結婚したい奴が出て来るんだよ?!
またも唐突のダーリン呼びに俺は思わず頭を抱える。
頼むから離れてくれ~~そして普通に先輩と呼んでくれ~~。
俺は普通に高校生活を過ごしたいんだよ~~!!