68-3 波乱の幕開け
「お兄ちゃま美味しい?」
「ああ、とっても美味しいよ」
俺はそう言って隣に座る美月の頭を撫でた。
「ツン」
美月の髪は栞の美しい髪に負けず劣らずサラサラでしっとりとしている。
そんなシャンプーのCMのような言葉が頭に浮かんでしまう程のきめ細かさ、そのひんやりとする子供の髪を気持ちよく撫でると、美月も気持ちよさそうにし、もっと撫でろと頭を寄せる。
「──お兄ちゃん、食事中」
いつもなら自分もとせがんでくる妹だが、俺の斜め前に座る妹は「ジト」っとした目で俺を睨み付けてくるだけだった。
そう、いつもなら妹は俺の正面に座るのだが、今日は苺ちゃんに場所を譲っていた為そう出来ないのだ……と思われる。
「あ、ああ」
妹にそう言われ、確かに食事中に髪を触るのは良くないと、惜しみながら美月の髪から手を退けた。
「ぶううううう」
メジャーリーグで牽制しまくるピッチャーに向けるように、美月は顰めっ面で俺にブーイングした。
「ツンツン」
「えっと……」
ここに来ていくら無視してもやり続けてくると悟った俺は、正面に座る苺ちゃんをじっと見つめる。
苺ちゃんは俺を見る事なく、隣に座る妹と同じような綺麗な姿勢、美しい所作でご飯を口に運んでいた。
「どうかしたの?」
「いや、なんでも……」
俺の戸惑う顔を見て妹がそう聞いてくるも……俺は……なにも言えなかった。
「ツンツン」
「……」
一体なんだんだ? 完全に誘惑されているとしか思えない。
そう、俺はさっきから何者かにツンツンされている。
「ツンツン、ツンツン」
「えっと……」
テーブルの下、俺の足に何者かの足先が執拗に絡んでくる。
まあ、この足の主は見るまでもなく苺ちゃんなんだけど。
苺ちゃんの上半身が全く動かないので恐らく美月も栞も気が付いていない。
とんでもない体幹の持ち主だ。
苺ちゃんは上半身をブラす事なく、真っ正直から俺の足や太ももを自らの足先で執拗にツンツンと突っついてくる。
俺は気付かない振りをしてご飯を口に運ぶ。
「ツンツンツンツンツンツンツンツン」
「……」
あまりにしつこいので俺は再び無言で苺ちゃんを睨んだ。
すると苺ちゃんはニッコリと微笑むと、唇に付いた小粒をピンク色の舌でゆっくり舐め取る……。
「お兄ちゃん? 本当にどうかしたの? どこか痛い?」
栞は心配そうな表情で俺を見つめる。
なんだろう……今までもそうだったが最近、いや俺が頭を打って記憶がなくなった(らしい)後から、栞の愛情表現? が直接的になっている気がした。
やっぱり俺……何かしたのか?
「い、いや……」
そんな精神状況の俺が、目の前にいる後輩を指差し「こいつ誘ってやがるぜ」、なんて言えるわけもなく、変わらずにツンツン攻撃をしてくる苺ちゃんをまた無視する。
そう……今はそれどころじゃない。
「ねえ、お姉ちゃま……美月が帰って来てからスッゴク余裕が出来てるけど……」
そんな俺と栞に間に流れる微妙な空気を感じ取った美月は、そこを的確に突いてくる。
「えーー? ご想像におまかせしますう~~」
わざとらしく美月に向かってそういう栞に美月は平常を装いつつ栞に噛みつく。
「ふーーん、そっかそっか、最後迄は行ってないのか、相変わらずお姉ちゃまはヘタれだね」
ケラケラと笑いつつ味噌汁に口を付ける美月。
「っく……」
その栞の悔しがる様子に俺は思わずホッと胸を撫で下ろす。
そうか……最後までは行ってなかったか……ってか最後ってなんだ?
「お兄ちゃま!」
「は、はい?」
「お兄ちゃまもわかってる?! 一体どれだけの女の子を待たせているか!」
「ええええ?」
「昨今に興味をなくしている若者が多くなってるっていうのは知ってる? それが少子化に繋がっているのよ! 少子化っていうのを簡単に考えては駄目、少子化イコール国力、日本はもう先進国じゃない、このままだとどんどん他国に追い越されて行くんだよ!」
「いやいやいやいや」
高2の俺の初体験に日本を重ねるな!
「まあ、お兄ちゃまが私を待っててくれてるって事なら何も言わないけどねえ」
美月は俺の腕に抱き付いた。
「ちょっと美月ちゃん! お客様の前だよ!」
「……お姉ちゃま……本当にどうしちゃったの?」
「な、なにがよ?」
「ううん、なーーんでも、ねえお兄ちゃま、待ってる必要なんてないよ美月ならいつでも……準備万端だからね」
「やーーーめーーーーてーーーーー」
まだ小5だから、言動や考えは大人顔負けだけど、まだ小5だから!
「ね? 苺さん」
「え? は、はい?」
美月がそう言った瞬間、俺へのツンツン攻撃が止まった。
苺ちゃんは相変わらず澄ました顔でご飯を食べている。
美月と栞を前にして、こんな会話を聞いてさえ、何も表情を変えない苺ちゃん。
一体この娘は……何を考えているんだろうか?
体調不良によりお休みしておりました。
完全復帰に向けリハビリ投稿中( >Д<;)