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作者: ノラネコ

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放課後、だんだん暗くなりどこからかカラスの鳴き声が聞こえてそれが辺りに響く時間帯。僕は校門から少し離れた位置に立っている。


「友達に戻ってくれないかな?」


 僕の初恋の相手であり、初めての彼女だった千裕は僕の返事を待つように少し沈黙を置いて続けた。


「よく考えたの、私は今の君にはときめかないの、好きじゃないのに関係を続けるのは君にも失礼だなって」


 失礼なものか、僕は君が好きなんだから、関係を続けてくれた方が僕は嬉しいに決まっている。


 しかし、僕がそんな本音を口に出すことは無い。


「わかった、そもそもここで僕が嫌だと言っても関係は続けられるものでもないしね」


 まるで動揺なんて無いかのように僕は答える。内心は今すぐに泣き叫びたいほど辛く悲しいのに。


「ごめんね………」


 千裕は本当に申し訳なさそうな声色で謝る。いつだってそうだった彼女は多彩な声色で言葉以上にものを語る。僕はそんな彼女の声が大好きだった。


 しかし、今はその申し訳なさそうな声に無性に腹が立つ。僕は謝って欲しいわけじゃない、謝るくらいなら別れの言葉を撤回してほしかった。


「一つ、聞きたいんだ。僕のどこが悪かったのかな」


 千裕はうーん、と一つ唸る。やはり声はまるで本当に悩んでいるように聞こえる。


「別に嫌いになったとか、そういうんじゃないんだ。ただ好きじゃなくなったの」


 全く納得などしていなくても「そうか」と答える他に僕に選択肢は無かった。


「じゃあ他に好きな人ができたとか?」


「ううん、そういうわけでもない」


 嫌いになるようなことがあったわけでもなく、他に好きな人ができたわけでもない、ただ好きじゃなくなった。それはつまり僕に飽きたとそういう意味ではないのだろうか。それはある意味、何よりも残酷だ。

 気まずい沈黙が二人の間を流れた。その沈黙を破るのは当然、千裕だった。だって僕にとっては最愛の人と二人きりでいれる最後の時間かもしれないのだから。


「じゃあ、友達としてこれからもよろしくね佐畑君」


 僕は上手く声が出せずに、頷いて手を振った。


そして彼女が見えなくなってから静かに泣いた。彼女の声と言葉が僕たちの関係が終わったことを如実に表していたから。


『智樹の為なら何でもしてあげたい』


 優しい声で僕の名前を呼んでくれた彼女はもうどこにもいなかった。


 俯いて、声を噛み殺して、ただ涙だけを流しながら僕は自分の家まで帰った。その時、通った道も何も覚えていない。


 ベッドの上で声をあげずに呻くようにして泣き続けた。情けないとは思うがそれほどに好きだった。間違いなく、心の底から大好きだった。


 泣き疲れていつの間にか眠ってしまっていたらしい。起きればもう深夜の一時だった。


 親は晩飯を知らせに来なかったのか、もしかしたら僕の様子をわかっていてわざと来なかったのかもしれない。そうだとしたら恥ずかしい。


 開けっぱなしのカーテンを閉めようと窓際に立つと外は雨が降っていた。帰ってくるとき空は曇っていただろうか、よく覚えていなかった。でもまぁ今の気分にはぴったりだと自嘲気味に口角を少し上げてカーテンを閉める。


 お風呂は朝に入るとして、とりあえず何か食べようと台所から菓子パンと牛乳を手に部屋に戻る。椅子に座って袋を開ける。


 目が覚めてしまった。


 特にやることもなく、やる気も起きずただ菓子パンを咀嚼する。


 こうして何も他にやることがないと千裕のことを考えてしまう。


 涙こそもう出ないものの辛いことには変わりなかった。


 どんなに思い返しても戻ることはない、ただ辛いだけなのに勝手に頭に浮かんでしまう。


もう一度、眠ってしまえたらどれだけ楽だろうか。


 そう思って改めて布団に入って目を閉じるが、余計に鮮明に千裕の姿が浮かぶだけで一向に眠れそうになかった。


 何もしていなければ千裕のことを考えてしまい、目を閉じれば千裕の姿が浮かび、静かなところにいれば千裕の優しい声が聞こえる気がした。


 心の底から惚れていた、別に失ってから気付いたわけじゃない。ずっとわかっていたし、自分に出来ることはなんだってしたつもりだった。


 一体、何が悪かったのだろう。彼女もそれを教えてはくれなかった。


 それがわかって改善したとして、千裕はもう戻っては来ないことはよくわかってる。


だが考えても無駄なこととわかってはいても考えずにはいられなかった。


 僕は目を開けて布団から出て窓を開けた。ザァと雨の音が部屋に入ってくる。


幸い風はない、窓際は少し濡れる程度で済むだろう。


 僕は窓のそばまで椅子を持ってくるとそこに座って朝になるまで小説を読んだ。







 前の日に何があったとしても日常はいつもと変わらずやってくるもので、学生の日常は学校に通うことだ。少しボーッとする頭で登校する。千裕もせめて金曜に別れ話をしてくれればよかったのに。


 寝不足で頭がよく回らないことは何も悪いことじゃなかった。お陰で僕は余計なことを考えずに、まさに身体が覚えているように無意識に上履きに履き替え、2-1と書かれた自分の教室に入ることができた。


 しかし教室に千裕の姿を認めた瞬間に寝惚けた頭は一瞬で覚醒する。いや気だるかった身体も、僕という全てが目を覚ました。


 気になるのに直視できない、動悸は激しく、浅い呼吸しかできない。


 僕は黙って自分の席に座って顔を伏せた。不自然だから思い止まったが本当は耳も塞いでしまいたいくらいだ。


 気持ちに整理をつけて平素通り振る舞う覚悟もしたはずだった。けど全然ダメだ、全く整理なんてつけられていない。よくわかった。僕はまだ千裕に未練を持っている。自分の女々しさが情けない。


 誰もが失恋後はこんな気分なんだろうか。初恋だから、いや僕が特別重たい人間なんだろう。


これからこんな辛い毎日が続くというのだろうか。時間が解決するなんてよく言うけども、毎日のように顔を会わせるのではそれも望めそうにない。


 何もなかったかのようにいつも通り振る舞う千裕をちらりと見て、初めて彼女のことを憎いと思った。


 授業中は案外と楽なものだった。他のことを考える余地があまりないし、何よりも千裕の声が聞こえないのが大きい。


 昼休みは外に出てベンチでお昼を食べた。早朝までは雨が降っていたというのに、ムカつくほどの晴天だ。そういえばそろそろ梅雨だな、雨の日はどこでお昼を過ごそうか、そんなことに頭を巡らせて、千裕のことを考えるのを僕は必死に避ける。それが僕の休み時間の過ごし方になった。


 放課後になって千裕と離れても僕は解放されなかった。千裕と歩いた道を通れば、話した内容が、笑ってくれた話題が頭をよぎる。寄り道していた店を見かければ、彼女が好んで頼んでいたメニューが思い出される。


 その度に動悸が激しくなって、形のない何かを吐き出しそうな感覚に襲われる。僕はそれを歯を食いしばって耐えつつ早足に家へと急ぐことになった。


 こんなに露骨に避けているのでは逆に意識してしまっていて逆効果なんじゃないか。わかってはいるけども、そうでもしなくては辛くてどうにかなってしまいそうだった。


 一番辛いのは夜で、眠るためには僕は静かな部屋で目を閉じて何もしないということをする必要がある。寝付くまでの時間が僕にとっては一日で最も辛い時間になった。


 初恋だったのだから、失恋だって初めてだ。そんな僕は失恋から立ち直る方法を当然知らない。僕にはもうどうして良いのかわからなかった。








僕は思考を、特に感情の部分にもやをかけたようなそんな心持ちで一ヶ月過ごした。


他の人から見ればさぞ生気の感じられない様子だったに違いない。


そんな僕に話しかけてきた人がいた。


同じクラスの河合優里という女子だった。見知らぬ仲というわけでもなければ、特段親しい間柄でもない。

僕と千裕の関係は元々秘密というわけでは無かったが別に言いふらすようなことでもなかったので知っていたのは僕と千裕の親しい友人だけだと思う。


その点で言えばこの河合優里という女子は僕らのことを知らないはずだ。


いや、知らないからこそ僕の急に塞ぎ込んだ様子を不思議に思って話しかけたのかもしれない。


「どうしたの? 最近なんかあった?」


それは授業と授業の合間のちょっとした休憩時間のことだった


「いや、別に何も無いよ」


 言った後ですぐに後悔した。自分が不機嫌であることを関係ない人にまでぶつけてしまうなんて僕は最低だ。


「別に話したくないことなら話さなくてもいいよ」


 そう言いながら彼女は僕の前の席の椅子を僕の席の方へ向けるとそこに座った。


僕は河合さんとサシで話したことなんて無かったし、さっきの僕の返事はお世辞にも感じの良いものでは無かったはずなのに、彼女は僕との会話を続ける姿勢を整えたことに驚いた。


「私さ、近くのスーパーの惣菜コーナーでバイトしてるんだけどさ」


 そう切り出すと河合さんはバイト先でのエピソードを話し始めた。


 こんなクレーマーがいて腹が立ったとか、小さい子が挨拶をしてくれて可愛かったとか、そんなとりとめのない話。


 僕はそれに時々質問をしたりしながら相槌を打った。


「実はさ、最近寝付けないんだ」


 河合さんの話が一通り終わったところで今度は僕が切り出した。


 嘘ではない、寝付けないのは本当だ。ただ失恋して凹んでいたなんて打ち明けるには情けなさ過ぎたから原因までは言わなかったけど。


「なるほどねぇ……なんかアプリでリラックス効果のある音を集めたやつがあったはずだから使ってみたらどうかな?」


 原因ではなく解決方法を考えてくれることが僕は心底有り難かった。


 一緒にアプリを探していると次の授業が始まるチャイムが鳴った。


 河合さんは「またね」と短く言って自分の席に戻っていく。


 僕が河合さんと話している間、塞ぎ込む以前の心持でいられたことに気付くのは授業が始まってからだった。


 それ以降、河合さんは毎日僕に話しかけてくるようになった。と言っても、一日に十分間、どこかの小休憩の間だけのことだ。


 何故だろう? という疑問も確かにあったが、何よりも河合さんと話している間は千裕のことが頭をよぎらない。それがとても助かったので河合さんとの会話は僕にとっても望むところだった。


「そういえば、寝付けるようになった?」


 ある日、河合さんは思い出したように僕に尋ねた。


「いや、それが一向に良くならないんだ」


 時間による解決というのは遅々として進まないもので河合さんと話しているとき以外は僕はまだ未練に囚われているのだった。


「そっか……ねぇ今晩、通話かけてもいいかな?」


 突然の提案に僕は驚いたが、河合さんと話している時間は長ければ長い程、僕は正常でいられるから断る理由は無かった。


「いいよ、じゃあアプリの友達登録をしようか」


 こうして僕と河合さんは通話無料のアプリでお互いを友達登録した。


 その晩に約束通り僕は河合さんと通話をすることになった。


 寝る前に少しだけお話をしようそんな軽い感じに始まった通話だった。


「佐畑君は聞き上手だよね、相槌も返事だけじゃないからちゃんと話を聞いてくれてるんだなーって感じするし」


「そうかな? 河合さんの話し方が上手いんだと思うよ、僕も聞いてて楽しいから」


 河合さんは感情豊かに話をする。だから引き込まれるし興味を持って聞けるんだと僕は本当に思う。僕にはとても真似できない。


「良かったー、私もバイトの愚痴とか話せる相手が欲しくてさ。そうそう今日も変なお客さんがいてさ」


 楽しそうに河合さんが話す、僕がそれを聞いていて時々口を出す。そんないつもと同じやり取りに僕は安心感のようなものを感じた。


 通話中、僕がむせたタイミングがあった。その時、河合さんが「大丈夫?」と僕に声を掛けた。


 その声が僕にはとても優しく感じられた。千裕の声とは全く違うのに、同じ魅力を僕はそこに感じた。たった一言、一瞬のことだった。


 そして河合さんとの通話を終えた後、僕はその日すぐに眠ることが出来た。


 その日以降、僕は千裕のことを考える時間がだんだん減っていって、代わりに河合さんのことを考える時間が増えた。


 河合さんとは毎日、短い時間だが学校で会話をするし、あれ以降時々通話もするようになった。


 その度に加速度的に河合さんのことを考える時間が増えた。


 あんなに好きだと千裕に言っておきながら別の人を好きになる僕はひどい男だろうか。


 だけど僕はきっと千裕のことを考える時間が無くなった時に河合さんに告白するだろう。



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