エピソード7~数日後~
ホームに引っ越してから数日後。冒険者のマナーとダンジョン上層についての情報を全て覚えた俺はダンジョンの中にいた。
じめじめした洞窟を歩く。たった数日だけど、俺からしたら久々のダンジョンだ。傍目にはわからないだろうけど、血がたぎりまくっている。
今日は、スキルは使わずに戦うつもりだ。チェリアさんに、【大器覚醒】はともかく、【纏魔戦血】はLv.1になるまでは使うなと言われているのだ。
「と、いた!」
「ギュアッ!?」
見つけたモンスターは小鬼が三体。見つけ次第直ぐに斬りかかって、一体を灰に変える。
当然、気づいた他の二匹が襲いかかってくる。ヤゲツは一体を振るった刀で胴体を真っ二つにし、もう一体の攻撃を腕の装甲で弾いた。
大きな隙をさらした相手に、斬撃を叩き込む。その一撃だけで、他の二体と同様灰になった。
(こんか感じか………?)
俺は魔石を拾いながら、さっきの戦いについて考える。最初の戦いこそああなってしまったが、本来の俺は冷静だ。
さっきの戦闘の悪かったところ、その改善点などを考えていた。地道だが、こういう試行錯誤があってこそ、強くなれるのだ。
モンスターとは何度も遭遇した。その度に戦闘を重ね、何が駄目だったかを考える。
昼まで戦い続け、昼食を食べた後、今日はもう帰ろうと上に進路をとる。だが、そこで<異常現象>が起こった。
<異常現象>とは、ダンジョンが引き起こす誰も予想出来ない、冒険者を窮地に陥れる罠の事だ。
現在の階層は10階層。到達したのは、18階層だ。一気に到達階層が進んだが、モンスターに苦戦はしなかった。
だから、いつの間にか油断していたのだろう。後ろから近づいてくるそれに、俺は気づけなかった。
「がっ!?っ、ぁあ!」
突然背中に強い衝撃を受け、前に倒れかけたが踏みとどまって、振り向き様に刀を抜いた。だが、その一撃に手応えはなく、ただ空を斬る音だけが鳴った。
直ぐに体勢を直して周りを確認するが、目に入る場所にモンスターの姿は見えない………………だが。
(いる………どこだ?)
俺は、この場にモンスターがいるという確信があった。警戒を解かず、刀を構える。
「ギュァッ」
(後ろかっ!)
声が耳に入り、後ろを振り返ったら………………
「え?」
そこには、サラサラとした灰になっていく灰色のトカゲの姿があった。次の瞬間には、トカゲの体は一瞬で灰となった。
俺は、灰となったモンスターの傍に移動し、灰の中から魔石を拾う。その魔石は、真っ二つになっていた。その断面は、とても滑らかになっている。
(斬った、のか?)
モンスターは、魔石を破壊されると確実に死ぬ。冒険者の常識だった。
だが、問題はそこではない。あの一瞬で、見えないモンスターの魔石を正確に斬るというのは、上層にいるような冒険者では出来ない。
「一体、誰が…………?」
俺は周囲の警戒も忘れ、その場に立ち尽くしていた。
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あの後我に帰った俺は、中央管理施設で換金を済ましてから、真っ直ぐにホームの自室へと戻った。
もうすぐ夕食の時間という事もあり、部屋にはヴァレッジが既に帰っていた。
「帰ったか、ヤゲツ。夕食までに戻らないのではないかと、心配したぞ」
「平気だよ、ヴァレッジ。いくら俺でも、夕食に遅れたりしないから」
「ならいいが………む?どうかしたか?」
俺の様子に思うところがあったのか、ヴァレッジが聞いてきた。俺がダンジョンであった事を話すと、ヴァレッジは首をかしげた。
「ダンジョンでそんな事が………すまないが、私には心当たりがないな。まあ、ステルザードが十階層まで上がってきてた事は、私から報告してこよう」
「ああ、ありがとう、ヴァレッジ。そろそろ時間だし、食堂に行ったらどうだ?」
「そうだな。では行かせてもらう」
初めて食堂に行った日、俺は様々な視線に注目させられたのだ。疑念、嫉妬などの、あんな視線にさらされていたら、普通に食事も出来やしない。
だから、俺は次の日から自室で一人で食事をとっていたのだ。
ヴァレッジが去った後、俺は自分の椅子に座って、刀を腰から外して、刀の手入れを始めた。刀は他の武器よりも薄く、鋭い。自らを傷つけないように、慎重に進めていく。
手入れが終わった頃、部屋の扉からノックの音が聴こえてきた。刀を壁に立て掛け、扉を開ける。
そこには、茶色い癖のついた髪を一つに纏め、大きな金色の瞳が目を引く女性が立っていた。
「よっす、ヤゲツ。夕食持ってきたぞ」
「毎晩悪いな、トーナ」
彼女はトーナ。俺達より一期前に入団した、先輩冒険者だ。
料理が得意なトーナは厨房係に任命されていて、食堂での様子を気にかけてくれた彼女は、それから毎晩こうして夕食を持ってきてくれていた。
「って、何で二人分もあるんだ?」
「今日は私は配膳だけだったからさ。ヤゲツと一緒に食べようと思って」
「一緒にって、他の奴等はどうしたんだ?いつも一緒に食べてる奴等がいるだろ?」
「いやー、なんか皆も行けって言ってくれてさー。てな訳で、お邪魔しまーす」
スルッと俺の脇を抜けて器用に部屋の中に滑り込んできた。まあ、いいか、と。俺も席について食べ始める。
食べ始めて直ぐ、ヴァレッジの椅子に座って部屋の中を見渡したトーナが言った。
「それにしても、ずいぶんと何もないな。ヴァレッジ君の方は、どんどん私物化が進んでるみたいだけど」
「そうですねぇ」
確かに、ヴァレッジの生活スペースは、木材を基調にした部屋が形になり始めていた。
それに対し、俺の生活スペースは最初と全く変わっていない。私物は、持ってきた箱だけだ。
「基本ホームの外にいて、部屋にいるのは寝るときくらいだからな。自然とこうなった」
「ふーん。じゃあ、あの箱には何が入ってるんだ?あれだけ持ってきたんだから、大切なものなんだろうけど」
「………ああ、あれか」
何もない中で異彩を放つ箱にトーナは当然目を付けた。
「秘密、だよ。あれは、俺も今は開ける気がないからな」
「ふーん、変なの。自分が持ってきた物なのに。じゃあ、なんか相談とかないのか?お姉さんが聞いてやる!」
「はは、そうですね…………」
二人で食べる賑やかな食事。食堂でちゃんと食べられないのは残念だったけど、十分に楽しい時間だった。