エピソード2~装備と酒場~
受付嬢に言われた通路を進むと、直ぐに職員が見つかった。
「あの、俺さっき冒険者登録したばかりなんで、支給品の装備を貰いに来たんですけど」
「そうですか。では、こちらの部屋にお入り下さい。採寸を行いますので」
採寸は直ぐに終わった。俺の他にもいた人達と一緒に順番待ちをして、次の部屋に通される。
部屋の中には様々な服と防具、武器が並べられていた。部屋の中心に机があり、その側に壮年の男性が立っている。
「すみません、装備を受け取りたいんですけど」
「ああ、はい。採寸結果は……………わかりました。一つ聞いておきたいのですが、貴方はどの神の眷属ですか?」
「アマテラス様です」
「じゃあ、こっちのがいいですね」
俺がそう告げると、男性職員はそう言って東洋の服が並んでいる場所に移動する。この服も不自然だ。確か、支給されるのは装備だけだった筈。
そうこう考えている間に、男性職員が戻ってくる。その手には、東洋の服があった。
男性職員は、それを俺に渡してくる。
「あの、これは………?」
「え?……ああ、聞いてなかったんですね。去年から、装備以外に服も支給するようになったんですよ」
成る程、だからこれを。だが、困るのは………………。
「これは東洋の服じゃないですか」
「その方が、貴方は慣れているのでは?黒髪ですし、顔も東洋系の顔。その服も、着なれていないのがわかりますし」
「…………それはそうですけど」
「それに、ダンジョンは何があるかわかりませんから。着なれない服では、いざという時にミスしてしまうかもしれませんよ」
「……………わかりました」
それを言われてしまったら、引き下がるしかない。俺は、死ぬ気はないのだから。
「それで、装備は?そっちが本命ですよね」
「はい、貴方は防具を着けた事がありますか?あるなら、東洋系の装備もあるのですが」
「いえ、ありません」
「そうですか。では持ってきますので、少し待っていて下さい」
そう言って、男性職員は今度は装備が置かれている棚の方へ歩いていった。
それからさほど時間は経たない内に、男性職員が木箱を持ってきた。ドサッ、と音をたてて木箱が床に置かれる。木箱の中には、鎧が入っていた。
「これが?」
「ええ、こちらが支給品の初心者用の防具です。あそこに更衣室があるので、その服と一緒に着替えてきて下さい」
言われた通りに、更衣室に入って渡された服に着替える。服は着なれていたから直ぐに着れたが、鎧の方は手間取ってしまった。
それでも無事に着替え終わり、更衣室から出ると、男性職員が誉めてくれた。
「似合ってますよ、冒険者さん」
「………そうですか」
鎧は軽装だった。胸に肩など、要所だけを守る作りになっている。
着ている俺からしたら到底似合っているとは思えず、男性職員の言葉もお世辞にしか聞こえなかった。
「では、次は武器ですね。どんな物がいいか、希望はありますか?」
「刀、はありますか?」
「はい、ありますよ。初心者用ですから、質はかなり悪いですけど」
そう言って、今度は刀を持ってくる。鞘に納められた刀身は、故郷でよく目にしていた物とは、全く違っていた。確かに、これは質が悪い。
「どうします?他のものに変えますか?」
「いえ、これでお願いします」
使うなら、見慣れている武器の方が良いだろう。さっき、この男性職員が言っていた事にも当てはまる。
「では、これで終了になります。あちらの扉からホールに出られます。お元気で」
「ありがとうございました」
一言礼を言って、俺はホールに戻る。ホールでは俺が離れた時と変わらず、チェリアさんと受付嬢さんが話していた。
近づくと、二人も俺に気がつく。
「終わりましたか。似合っていますよ、ヤゲツ君」
「そうですか………?」
「ええ、勿論。それではニム、これで失礼します。また来ますよ」
「冒険者様、またのお越しをお待ちしております」
ニムさんはチェリアさんと二人で話していた時とは違い、業務的な口調でそう言った。俺がいるからだろうか。
中央管理施設から出た後、チェリアさんが振り返ってこう言ってきた。
「さて、ヤゲツ君。そろそろちょうど良い時間ですし、お昼を食べに行きましょうか」
「はい、わかりました」
言われてみれば、それなりにお腹も空いてきている。
先を歩くチェリアさんについていくと、直ぐにチェリアさんは立ち止まった。
チェリアさんが連れてきたのは、『滅びの屍』という看板が掲げられた建物。どうやら酒場のようだった。
こんな不吉な名前で客が入るのかと思ったが、中からは昼間っから酒を飲んで騒いでいるであろう、賑やかな声が聴こえる。どうやら、結構な人気店らしい。
チェリアさんの後に続き、俺も酒場に入る。その途端、むわっと酒の香りが襲った。酒場特有の雰囲気。嫌いじゃない。
店に入ってきた俺たちの前に、この店には似合わない可愛らしい女性の店員が出てくる。赤い髪の、犬人だ。
「いらっしゃいませ!何名様で……って、チェリアさんか。どうしたの、こんな時間に?」
「食事に来たんですよ。今は、後輩の教育係をやっているところですから」
「後輩?………ああ、その子?随分若いね。それで、カウンターで良い?」
「ええ、構いませんよ」
「はい、俺もどこでも」
カウンターに案内され、チェリアさんの隣に座る。すると、チェリアさんにカウンターの中にいる男性が話しかけてきた。
「チェリアか、よく来たな。酒でいいか?」
「いえ、紅茶でお願いします。後は簡単なものを。彼にも同じものを」
「はいよ!坊主、少し待ってな。旨いもん食わしてやるからよ!」
そう言って、男性は奥の厨房に注文を言った後、また話始める。
この店の人達との会話からすると、チェリアさんはここの常連みたいだ。
「それにしても、チェリアが男連れとはなぁ。まだ、ガキだが」
「ダンバさん、この子は私の後輩相手ですよ。私が教育係になったので、中央管理施設の登録の後に寄ったんです」
「教育係ねー?早いもんだ。チェリアがセルアリアに来てから、まだ10年だろ?あんなに小さかった嬢ちゃんが、今は前線級の冒険者だ」
男性は、小さい頃からチェリアさんの事を知っていたみたいだ。結構古い仲みたいだな。
「ところで、坊主」
「はい、何でしょうか?」
「あー、まずその堅苦しい喋り方をやめろ!ムズムズする」
「あー、うん、わかった。で、何だ?」
「チェリアは、ちゃんと教えられてるか?今はしっかりしてるが、昔はドジばっかやってたからな」
「それは、まだなんとも言えないな。今日会ったばかりだし」
「そうか。そりゃそうだな。まあ、頑張れよ、新人。死ぬんじゃねえぞ!」
「そのつもりはないよ。まだ何もしてないし」
「大丈夫ですよ。私が鍛えますから」
三人で話していたら、料理が運ばれてきた。分厚い肉をパンで挟んだものだ。噛むと、肉汁が溢れてくる。それと同時に、口の中に肉の旨味が一気に広がった。
今まで食べた事のない料理だが、文句なしに旨い。あっという間に食べ終わってしまった。
「旨かったよ、ダンバさん。また食べたくなった」
「おう、じゃあまた来い。少しだけ安くしてやる!」
「はは、ありがと。と、チェリアさん、もう行きますか?」
「はい、次の目的地に移動しましょう。ダンバさん、ありがとうございました」
「ああ、お前もまた来いよ」
『滅びの屍』を出た後は、また来た道を戻るように進んでいく。今更だが、この後どこへ行くのか、何も聞いていない。
「チェリアさん、この後はどこに行くんですか?」
「ダンジョンです」
「え、ダンジョン?」
彼女の口から出たその言葉に、思わず聞き返してしまう。
彼女は、歩みを止め、振り返った。その瞳には、先程とは違い鋭い光が宿っている。冒険者の目だ。
「ダンジョンが、怖いですか?戦いが、怖いですか?」
チェリアさんはそんな事を聞いてきた。鋭い眼差しで、試すように睨みながら。
彼女の問いに、俺は………………笑みを浮かべた。
「望むところですよ。そのために、俺はここに来たんだ」
「………わかりました。行きますよ」
再び歩き出した俺達。その向かう先には、巨大なダンジョンの入り口が待ち構えていた。