第7話:護神会議①
ちょっと短いです。
0.
護神会議。
それはアースヴァルド大陸内で最も国力の高い5つの国が中心となる議会。
世界でもっとも権威ある議会である。
2万年前の『聖戦』の際、神と勇者に組し勝利を賜った『陽』の国3国。
2万年前の『聖戦』の際、魔と混沌に組し敗北に塗れた『陰』の国2国。
勇者の恩恵を授かり繁栄を許された3国と、存続を許されただけの2国による年二回開かれる会合である。
開催の場であるグラム渓谷は、かつて勇者が異界から降臨した場所とされ、今なお強い神の力に護られている聖地として、大陸の生物は認識している。
1.
岩石をくり抜いて作られた荘厳な大会議場には、既に様々な国家の重鎮たちが、多岐にわたる異種族が姿を現していた。普段は主要五ヶ国以外は──不謹慎ではあるが──不参加とする小国も多々あるこの議会に置いて、この日は一七の小国全ての王族とその護衛。あるいは王政関係者が集まっていた。
彼らの多くは部屋の中央に座す、この会議のある意味主役である円卓に着き、各々が思い思いに話に耽っている。
この場にいるのはあくまで一七の小国の関係者だけであり、主要五ヶ国の王族はそれぞれが個別に部屋をもらい、議会にて自国は何を主張すべきか、何を問題としているか、どうあろうとしているのか、議会の場ではどう振舞うべきか、現在の他国の情勢はどうなっているのか……などなど、綿密に打ち合わせている。
世界会議であるこの場は、各国の情報戦とその「格」を決める祭典でもある。
そのためか、各々の国は気合に満ちている。
ここで目立つ発言をすれば、強い賛同を得られれば、他国に自らの国の強かさを思い知らせることができる。
さて、国々が静かにいきり立つ中で、ヴァルカンは用意された部屋に閉じこもっていた。椅子に深く座り込み、神妙な面持ちで目の前に灯る蝋燭を見つめていた。これは彼独自の瞑想であり、きたる会議に向けて集中力を高め、なにを言うべきか、なにを言うべきではないか、自身に問いかけているのであった。
すぐそばの机を囲むアーマイン伯爵と、お供として連れてきた二人の貴族はその様子は慣れっこなのか、特に気にした素振りもなく、ヴァルカンそっちのけで打ち合わせを進めていた。
と、ヴァルカンは片目を開いた。
気配を感じたからだ。
視線の先で、光源から逸脱した自身の影が映った。
と、その影が、ぐにゃぐにゃと形を変えはじめた。
「やあ! やあやあやあ! なァにを暗い顔をしているんだ? 我が盟友のヴァルカンよ!?」
その人物は、影からぼとりと抜け落ちる様に現れた。
ヴァルカンの視界を遮るように目の前に回り込み、ヴァルカン顔負けの巨躯を翻し、軽妙な言動を見せる。ヴァルカンは瞬きすらせずに、視線も逸らすこともなく、ただまっすぐを見ていた。瞑想の先に世界が見えていた。今ヴァルカンが見ているモノは、目の前の男でも今回の議会でもない。
それを察した大男は、大げさにつまらなさそうな顔をした。
「つまらないな~つまらない! 表情筋死んでるんじゃないかね? もっと笑おうさぁさあさあ!!」
「ゼスト殿。お久しぶりでございます」
闖入者に気づいたアーマインが親しげに、しかし敬謙さを思わせる仕草で男に言った。
「いやいやいやいや! アーマイン! これが笑わずにいられようか!! この頑固一徹、石頭世界代表のヴァルカンが! ジョーク一つまともに話せない世界コミュ症ランキング特別賞受賞間違いなしの、この! 男がっ! 自らエルフの国を滅ぼし、その王女を寵っているそうじゃないか!!! いや~やるじゃんヴァルカン公! とうとう自分の殻を破る時が来たんだな!! 愉快痛快ははははは!!!!」
「ゼスト殿……」
「構うなアーマイン。混沌をまともに相手にするな」
「そこはせめて魔王、と言っていただきたかったねぇ! はははははは!!!」
ゼストと呼ばれた男が指を鳴らすと、その肩に夜空のような模様の、分厚い漆黒のマントがかけられる。
次いで地面からせりあがってできた真っ黒な椅子に腰かけると、ヴァルカンと対面する形となった。
「いやここだけの話……私は小さい女の子が大好きでね……。どうだね? ヒノワ王女を私に譲る気はないか?」
「浮気したら嫁に殺されるぞ、お前」
「そ、それはそうだな…!!いや、うん。……はははははは!!! はは……」
冷や汗を1つ垂らしながらも、あくまで魔笑を崩さないゼストを見て、ヴァルカンは初めて深い息をついた。
「まー冗談だと思っててくれ! いややっぱ本気……いや。冗談だ。 それよりヴァルカン。私は此度の会議、欠席することにしたよ」
その手にいつの間にやら携えていたワインをグラスに注ぎ、ゼストが笑みを弱めた。
ふざけ倒した存在感、冗談のような軽妙さから一転して、ひどく手慣れた、優雅な動きであった。
ヴァルカンの眉が上下し、眉間にしわが集まった。
「未来を観たか? 悪い未来を」
「さぁて? 良い悪いなど関係ない。未来になにが起ころうと、私は全てを受け入れる。善も悪も、生も死も、秩序も法も、起こりうる全ては混沌の一部でしかない。それに、この世界で生まれた力は、所詮この私を脅かす要素には至らないからね。キミも、オキナも、神も、あの勇者ですら…ね」
微妙に噛み合わない会話で、しかしヴァルカンは根本的な事情を察した。何かが起こるのだ。この大陸を左右するような何かが。
護神会議の最中か、それが終わった後かはわからないが。
「オキナは切り札を手に入れている。とてつもなく強く、大きく、鋭いヤツだ。さて、キミの切り札は天下無双のサムライか、か弱く頼りないエルフの姫君か……?」
ヴァルカンは席を立った。ゼストから背を向け、窓から空を眺めた。
その瞬間、すでにゼストは消えていた。
それをわかっていながら、虚無に向かってヴァルカンは投げかけた。
「ゼスト、私の切り札は──……」
時間です。と、部屋に侍女が入ってきたのは同時だった。
2.
「籠を呼んでくれんかのぉ~! 籠を!」
「ええい! 背中でジタバタ暴れんでくれ!!」
「どうせならもっと肉付きの良い女子に運んでもらいたいわ~い!」
「だまらっしゃい!!」
グラム渓谷の直ぐ近くで、ヒノワは思わぬ足止めを喰らっていた。
ヒノワが想定していた足止めは、当然会場の警備であった。なんせ行われる事が事である。
当然警護につくものは相当に鍛えられた精鋭であり、闘えばまず勝てない。……というか戦いになるかすら疑問である。
身分を明かし、自身がエルフリュレの元姫だからと言って、簡単に通してくれるかも、いささか疑問であった。
ニセモノだの言われたら話がこじれるだけのような気もした。
会場を1ガロン先に捉えていたヒノワは、その問題をどうしようかと模索していた。
しかし、事ここに置いて喰らった足止めは、予想の斜め上を飛んでいた。
「もう歩けんわい~! 感触も楽しくないしー!! 籠じゃ~籠はないのかぁ~!!?」
「崖に突き飛ばすぞこら!!」
ヒノワは、老人を背負っていた。ヒノワより半回り体の小さい、枯れ枝のような、見た目はコボルトよりも弱弱しい老人である。
何か隙はないかと会場を遠巻きにグルグル周っていたヒノワの前に突如現れたその男は、
半べそで泣きじゃくりまくっていて、困惑したヒノワを見つけた瞬間一気に距離を詰めて泣きすがってきたのであった。
引きはがそうにも見た目にそぐわない異常な腕力に、危うく絞殺されかねないと感じたヒノワがとりあえず話を聞いてみると、老人はツァーリと名乗り、護神会議に出席するために来たのだという。
しかし自身の国名すら聞いても秘匿する胡散臭さに、ヒノワは訝んだ。そりゃあもう、ものすごく。
だが、言っていることが本当なら、老人を利用すれば会場にはすんなり入れるだろう。
こと考えが至ったヒノワは、すこし痛んだ良心をかなぐり捨てて老人を背にのせて1ガロンを歩いているのだった。
「はぁ……おっぱい」
「ぶっ殺すぞ!!!」
3.
「……オキナがまだ来られていない?」
「そのようですな」
護神会議は開始の時間を過ぎていた。円卓には三ヶ国と一七国。計二十の国の王族が出そろっている。
しかし、五ヶ国側であるにもかかわらずあっさり欠席を表明したゼストと、その国「ケイオース」のモノを除くと、肝心要の、議会の中心となる国長が不在であった。
それは大陸最強の龍族の王。
かつて、2万年前に実際に聖戦を経験した張本人。生きた伝説。
畏敬の念を込めて、民からはおろか諸国王族にも「オキナ」と呼ばれる、王の中の王であった。
円卓がざわめく。オキナは、これまで一度も会議に遅れたことはなかったからだ。
会議を始めるべきでは? と言う声や、まだ待つべきであるという声が節々に上がり、徐々にだが不穏な空気が漂い始めていた。
そのざわつきを、強烈な空気の炸裂音が止めた。
諸国の王たちが一斉に発信源を見ると、そこには見事な甲冑を身に着けた、王と言うよりは騎士然とした男が、両の手を合わせて立っていた。
護神会議①、了