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異説戦記-ヒノワ伝-  作者: ロウシ
第1章:崩壊
5/27

第5話:『道』の違い

イキナリ主人公が罵倒されまくりますがまぁご容赦を。


0.



「生活の跡がありますね……」


 ヒノワたちはゴブリンたちの亡骸を手厚く弔って奥に進む。


 開けた場所にでた。

 そこには不恰好に切り積まれた大きな平台の木材と、いくつかの小さな切株が並んでいた。

 机と椅子であろうことはすぐにわかった。それも、つい最近まで使われていたことも。

 土ホコリの乗った平台の上に、葉が敷いてあった。その上に、齧りかけの木の実や小魚、山草などがあったからだ。


 その状態は、ゴブリンたちがある日突然、なんらかの理不尽に巻き込まれて殺されたことを示していた。


許されざる凶行である。

 突如として奪われた日常。そのシチュエーションに、ヒノワは言葉にできない怒りを覚えた。


 頭に血を昇らせるヒノワと対照的に、リクサーが片眼鏡を鈍く光らせて観察を続けていた。

タケゾウは特に変わりなかった。相変わらずどこを見ているのか分からない眼をしていた。

 

「許せぬ……」


 ようやく発した一言は、重かった。


「こやつらを殺したヤツが許せぬ……!」

「…………」


 ヒノワの怒りを、しかし、やはりリクサーはどこか冷めた頭で聞いていた。

 

「戦があったのだろう?」


 台座の土ホコリ撫でながら、タケゾウが言った。

 

「国と国の戦争があったのなら、その流れ玉で往々してこうなることもある」

「……わしらのせいじゃと、言いたいのか」  

「さァ? 戦争してた奴らのせいだろう」


 汚れた指先をふっと吹き、さも他人事のようにタケゾウが言った。ヒノワはまた言葉を失った。

 カッと頭に血が上った。 

 思わずタケゾウに飛びかかろうとするのを、リクサーに止められた。


「何をする!!」

「コレを見てください」


 掴みかかったリクサーはビクともせず、困惑を交えた表情だった。

 その手に、綺麗な花が一輪あった。

 ヒノワは「だからなんだ」と肩に置かれたリクサーの手を振り切ろうと、身を捩ってもがいた。

 やはりビクともしなかった。

 回した肩が、どん、とリクサーの胸をうった。


「誰かおったな。最近だ」


 空気を変えたのはタケゾウだった。

 一転して興味深く花を見つめている。

 眼下のヒノワには目もくれていなかった。

 それがどうした、とヒノワは叫んだ。 


 リクサーが答えた。


「ヒノワさん落ち着いて! この花、新しいんです。誰かが惨劇に心を痛めて、花を手向けたんですよ」

「!?」


 一体誰が? 

 

 ヒノワは考える。

 ここがこのありさまになっていることを、自分たちと犯人以外に知っている者がいるという事なのか。

 逃げ延びたものがいたと言うことか?


 それとも……?


「犯人か、その仲間が手向けたのでしょうか」

「わからん! 犯人じゃと言うなら心が分からぬ! 自らが殺めたものに花を手向けるくらいなら、なぜ殺したのじゃ! 理屈が合わん!! たまたま誰かが通りすがって……」

「これはどう説明する?」


 いつの間にかタケゾウの手に、数本の花が握られていた。

 全て枯れていた。

 別々の花のようだったが、それがここにあった意図に、関連が無いとは考えにくい。


「どういう事じゃ……?」

「さァ?」


 タケゾウはくい、と先の空洞へ顎をやった。


「そこにいる坊主ぼんずにでも、聞いてみるか?」

「!?」


 いつの間にか、タケゾウが腰のモノに手をかけていた。鋭くとがった目つきが、出口へと続く道を突き刺している。

 殺気だった。

 一瞬で、ヒノワの背筋ら凍った。

 ふた呼吸の後、タケゾウの視線を追った。  

 さらに遅れて意識を探ると、その先から、何かが動き出した気配がした。


「ま、まて! またぬか!!」


 ヒノワが駆け出そうとする瞬間、タケゾウの大きな体が一手先を駆ける。

 ヒノワがようやく一歩目踏み出したころには、タケゾウは既に『誰か』の前に回り込んでいた。  


「ひっ……ひっ……!!」


 泣きじゃくる声と、  

 その小さな姿に、

 ヒノワは目を見開いた。


 ヒノワより一回り小さいその子は、尖った耳をしていた。

 絹のように細やかで、透き通る金色の髪をしていた。

 碧眼の目だった。



 ──エルフの子供であった。



1.



 エルフの子供はヒノワ達の「誰か?」「何故ここにいるのか?」と言った問いに、決して答えようとはしなかった。

 ヒノワやリクサーがいくら優しく聞いてもまるで岩のように口を閉ざし、涙目でただ首を振るだけ。


 タケゾウはこういうことは埒外と、腰のモノに手をかけているが、エルフの”子供自体”には興味がなさそうにしている。 


「タケゾウ! 警戒を解かんか! この子が怯えておろうが!!」

「断る。俺は、その坊主ぼんずが、罠そのものの可能性を捨てられん」


 きっぱり即答したので、ヒノワはぐぬ、と唸った。


「血の匂いがするからなァ、その坊主ぼんずは」

「女子じゃ!! ……まて、それはどういう……!?」


 言葉は断ち切られた。


 ヒノワの背後に、石つぶてが弧を描いてこつんと落ちた。

 暗闇から投げ込まれたそれにリクサーとヒノワが一瞬目を奪われた隙に、それに気取られなかったタケゾウは、すらりと剣を抜いて一歩踏み出していた。


 金属音が響いた。

 続いて、ちりちりとこすれる音がした。

狭い洞穴であるが故に、それはおそらく外で聞く以上に、ヒノワたちの耳に重く鈍く届いた。


 腰のモノを抜いたタケゾウの、一間置いた視線の先だ。半端な長さで、半端に反りのあるタケゾウの剣とは正反対の、長く太く直線形状の剣を、タケゾウのそれに押し当てている者がいる。


 金髪、

 碧眼、

 長い耳、

 エルフリュレの近衛騎士の証明である、

 白銀の鎧──


 ──ヒノワにとって、見覚えのありすぎる恰好をしたエルフであった。

 



「ヤキョウ! 私のうしろに来い!!」


 鍔迫り合いながら、決死の声でエルフが叫んだ。

 呆然と眺めていた子供のエルフがパタパタとヒノワの元を離れ、そのエルフ──かつての近衛騎士──の背中に回った。


 同時に、はじけ飛ぶように騎士エルフはタケゾウの剣を打ち払い、子供エルフのすぐそばで着地した。

 タケゾウは微動だにしていない。エルフもその様子をみて動じた様子はない。ただお互い、剣の切っ先を相手に向けていた。正眼に構えて、殺気を放ち、エルフの騎士のその視線は、タケゾウの一挙手一投足を見逃すまいと探っている。


「待て! まてまて! おぬし、エルフリュレの騎士であろう!? お父さまの近衛騎士の一人であろう! そうじゃろう!!?」

「ヒノワ姫……」


 あくまでタケゾウから視線を外さないために、ゆらりゆらりと回り込んでヒノワを正眼に捉えた騎士エルフは、憎悪の念を込めてその名を呼んだ。


 ヒノワはたじろいだ。

 しかし負けじと、踏みとどまった。


「のぅ! 教えてくれ! ほかの者は無事なのか!? ぬしの他に、誰ぞおらぬのか!? ここで暮らしておるのか……?」

「はは……ははははははっ!!!!」


 エルフの騎士は笑った。

 ヒノワはそこで気づいた。

 彼の名がわからないことに。


「何も、何も知らないのですか、ヒノワ姫……」


 湖をも干上がらせるような怨嗟の声だった。

 みずからの言葉に自嘲する、強烈なかわいた笑みが漏れていた。


 騎士エルフはギッとヒノワを睨んだ。

 心の奥底からの憎悪を一瞬捨てたように目をゆがめると、再びそれを拾い直して心に灯し、改めて肥大させ、感情のままに怒り猛った。

 

「知るわけもないか……! 知るわけもない!! のぅのぅと敵国に客人として迎えられ……エルフリュレのことなど忘れ果てた逆賊には、売国奴には!! 分かる筈も無いか!! 知る筈も無いか!!!」

「ま、まて! エルフリュレは一度解体され、今はヴァルカン公国の占領区として民たちは全うにせいか……」


 騎士エルフの目がじろりとヒノワをにらんだ。

 それ以上喋るな、耳障りだとでも言うように。

 しかしここで引いては知りたいことが知れないと覚悟していたヒノワは、拳を握りしめ、往生際の悪さを自覚して、さらに突っ込んだ。


「民は、全うに生活できておるのではないのか!?」

「……ええ、一応それなりには生活できてますよ、『民は』ね!!」


 でも、と。

 私たちは、と続けた。


「私たち騎士はどうなったと思いますか……? 無知なヒノワ姫? 解体ですよ。解雇ですよ。もうほぼボロボロではありましたが、そこからさらに、エルフリュレの国体を保てるギリギリまで、ヴァルカンの手によって騎士団の兵力はバラバラにされました」


 一つ一つの単語に憎しみを染み込ませていた。


「……何故だと思いますか? ヴァルカン公国が、あの醜いオークたちが! エルフリュレを簡単に掌握し、いつでも再び攻め滅ぼせるようにですよ!!」

「!!」


「…………」


 リクサーが顔を沈めた。

 幸いなのか、そのことに、話に夢中であったヒノワは気づかなかった……


「もちろん騎士として残されて者もいますよ。タテマエとしてね! ……でも、私たち近衛騎士はどうなったと思います……? 国を攻め滅ぼされ、王も王妃も、民も国も守れなかった、我々はどうなったと思います……!?」

「……!!」


 ヒノワは押し黙った。


「こたえろォ!! ヒノワァ!!!?」


 怒号を聞くまでもなかった。

 ヒノワは、彼らが『エルフリュレの民』から受けた仕打ちを、想像できたからだ。

 

 国民が、国を護れなかった、落ちのびた騎士を許すだろうか? 彼らにエルフリュレに、生きる場所はあるのだろうか……?

 

 そして本当に今更ながら、騎士のエルフのその身なりの異様さに気付いた。


 甲冑やマントはグチャグチャに汚れている。金属は錆びており、誉れ高いとされた心臓に位置するエルフリュレの王印──自らがガムシャラに削り、はいだのだろう──は、意図的にボロボロにされていた。


「それでもせめてあなたが生きていることが私の……私たちの希望でした。だが貴方は、民衆の前に出ることはなかった! 怪しげな絡繰りを用いて、声だけを届かせた!!」


 ──なぜだ!? 


「……あ、そ、それはわしも……」


 疑問に思っていた。とは言えなかった。

 言わせてもらえなかった。


「貴方は、あの声明を……民の前でするべきだったんだ!! あのとき──王が落ち、国が亡び、民も騎士も士気をなくし、皆が絶望と怒りと混乱にあった! 貴方が一目姿を見せ、ウソでもいいから強い国を、再び造ると宣言してくれれば、我々だってどうにでもできたんだ!! そこで民衆が貴方に石を投げようなら、我々が貴方を護ることもできた! だが貴方はこなかった……こなかったじゃないか!!!!」

「う……あ、あ……」 


 ヒノワの中で、びきりとヒビの入る音がした。ヒビが入ったものは、ヒノワの心であった。心のバランスが崩れるのと同時に、その体は糸が切れたようにへたり込んでしまった。

 目からは涙があふれていた。鼻水も、溢れていた。

 心からは後悔が、頭からは無念が、底なしになだれ落ちていく。


「あげく貴方はこの3か月、ただ一度も我々に姿を見せなかった……! それが、今更私の前に現れて『他の者は無事か』だと……? ははは、ははははははは!!!!!!」


 過ぎ去った現実と、なお過ぎ去る今を前に、壊れそうになる心をヒノワは懸命におしとどめていた。


 身も心も、かろうじて保っている。

感情が溢れ出て仕方がない。

 負の感情が。申し訳なさ、無力感。悲しみ。

彼らのことを、考えていなかった自身の迂闊さ。


 崩れ落ちていくヒノワを見て、エルフの騎士──元近衛騎士──は顔に浮かべた増悪におどろおどろしい愉悦を加えて、さらに不気味に歪めてみせた。


「お前のせいだ! お前は……死ぬべきだ! 責任を持って、死ぬべきだ!!」


「裏切り者め! 売国奴め!! 淫売め!!! お前は、すべてのエルフを裏切ったんだ!! 死ね!! 死ね死ね!! ……いや、私がこの手でっ! 殺してやるっ!!!」


 タケゾウから鋒を外し、疾走と共に剣を振り上げた元騎士を前に、ヒノワはどうすることもできなかった。

 叫んでいるようなリクサーの声が遠く遠くに掠れて聞こえた気がしたがそれにフィルターがかかってノイズにしか聞こえない。涙でドロドロな視界の中で、元騎士の目に宿る、怨念の炎だけがハッキリと色濃く見えた。


 振り下ろされた剣をタケゾウが剣で受け止めた。

 正面から受けたにもかかわらず、その威力は見事に殺されてしまっていた。


「なにっ! 邪魔するな!! 誰だ貴様!!?」

わっぱに死なれては、困る」


 まるで空気の読めていない口調であった。


「ふむ、ひとつ、いいか?」


 危機迫る剣幕の元騎士に対し、再び正面に剣をブチ弾いて距離をとって、一息を十分に入れてから、タケゾウはあっけらかんと言った。


「そんなに生きるのが辛いなら、なぜ腹を掻っ捌いて死なぬのだ?」

「なに!?」


 ぐぐっ、とその場に漂う空気、空間の均衡が崩れていく。タケゾウの、元騎士のエルフに比べてもさらに一回りは大きい体格が、のそりと前に出た。

 タケゾウが一歩踏み出て、元騎士はその距離の分、そのまま後ずさった。


「ぬしがあるじと定めた者と、護るべきとした国を護れなかった結果を、何故ヒノワのせいにする?」

「話を聞いていなかったのか……?」

「聞いていてもわからぬから、今聞いているのだ」


 ふむ、とタケゾウは顎をかいた。


「武士……ではなく、『きし』か。まぁ俺はどちらも似たようなものと捉えておるが……だったら、お主がやるべきことは命をかけてでも国を、主人を護るのことであり、それが叶わぬものとなった刹那に、潔く腹を切ることではないのか?」

「ぐっ……き、貴様……! 侮辱しているのか!? だっ、誰が腹など切るものか!!」


 タケゾウがずい、と間合いを詰めている。

 剣は他にあるが、あまりにも無造作だった。

 しかし、その無造作な動きに、エルフは手が出せない。

 言葉とともにまた一歩、タケゾウが歩を進めた。


「生き恥晒すとわかっておるのなら、国が落ちたその瞬間に腹切って死ぬべきではないのか? 使命を果たせぬは主人の不甲斐なさではなく、己の力の無さが要因であろう?」


「……っ!!」


「はは……成り上がる意気も、跳ね返る気概もない。口は強く恐ろしくかつての主を殺すと言うが、その身に纏う鎧を捨てておらんのが虚栄にしがみつく浅ましさの証明だな」

「俺にはヤキョウがいる!! 残して死ぬわけにはいかないんだよ!!」


 ここではじめて一歩。

 大きく一歩、元騎士が推し進む。

 今度はタケゾウが半歩後ずさった。

 元騎士の口角が吊り上る。

 タケゾウはふぅと呆れたように一息ついた。


「なら、なんで坊主ぼんずと一緒に死なぬ?」

「なっ!?」

「た、タケゾウ……!? おぬし、何を言って……?」


 ヒノワですら、思わず正気に戻って口を挟んだ。

 元騎士はタケゾウのことを、その恐ろしさを勘付き始めて、脂っ気の強い、ベタベタと粘性のある汗を吹き出していた。


「死は無だ。終わりだ。それを成せばその身はこの世にあらず、故にこの世の一切の苦しみとは無縁となる」


 タケゾウは、剣を鞘に収めた。

 しかし、その歩みは止めなかった。

 無手、無防備、しかし、その圧力は増すばかり。


「お主が腹を切っていれば、『きし』というモノに、こうして泥を塗ることもなかったであろう。主が坊主ぼんずともども腹を切れば、あの『ごぶりん』どもは死なずに済んだものではないか? 村の付近ででた犠牲者も、出なかったのではないか?」

「…………!」

「や、やめろタケゾウ! そやつは悪くない」

「臣下の顔色を伺うな、ヒノワ」


 初めて聞くタケゾウの、怒りが込められた声だった。重く、静かで、しかし心にずしりと響いた。

 のしかかった圧力に、ヒノワは心の底からおののいた。

 それはヴァルカンと出会ったときとも、つい先の元騎士の剣幕──つまり恐怖や後悔からくるもの──ともまた違う、初めて感じる独特の圧迫感であった。


「ヒノワは3ヶ月遊んでたわけではあるまい。ボルバやヴァルカンに聞いておる。わっぱわっぱなりに、鍛え、学び、食い、遊んできたのだろう? それで、強くなったのだ」


「ならば、堂々とすればよい。お前がここで自分を卑下し、へりくだるは、お前の3ヶ月への侮辱と心得よ」


「────!!」


 タケゾウが足を止めた。

 同時に、洞窟内の空気がしん、と静まった。

 気のせいではない。

 乱気流のごとく荒々しかった各々の気の乱れが、タケゾウの静止と共にたしかに静まり返ったのだ。

 

 元騎士のエルフは態勢を大きく崩した。

 呼吸が乱れていた。その顔には怒りと、図星を突かれた虚無感がこだましていた。

 額に大粒の汗が浮かんでいた。 

 見えない何かに潰されている──ヒノワにはそういう態度に見えた。


 だが、いずれ彼はそれに耐えられなくなり、支えられなくなった体を崩すように前のめりとなり、タケゾウやヒノワを攻撃するようになるだろう。


 荒い呼吸のまま、

 歯ぎしりをして、

 元騎士のエルフが叫んだ。


「そんな折れた剣など喜々として振りかざす騎士に……お前に私の何が分かる!!?」

「知らぬ。俺はお前個人の性を語っているのではない。お前の行いを剣に生きる者としての性質の前提と照らし合わせ、その矛盾を語っておるのだ。ただ主の心が今、ひどく乱れておると言うなら、それは自分でも薄々感づいておったことだということだ」


 やめろ! と叫ぶが、タケゾウは言った。


「己が権威の衣に身を包んで高尚になった気がしていただけの、クソ野郎だってことに」


 タケゾウはゆるりと半身になった。

 本当に今更だが、ヒノワはタケゾウの剣は、確かに長さが鞘の半分くらいしかないことに気付いた。


「俺は本来2刀を得意とする。しかし、主に2刀はもったいなかろう。故に半分の、そのまた半分でお相手いたす」

 

 冗談を言っているわけではない。元騎士のエルフの力を侮っているわけでもない。

 タケゾウの表情は真剣そのものだ。

 真剣な怒りと、圧力そのものだ。

 まるでこの手の類の輩を、何度も相手にしてきたような、まっすぐな怒り、まっすぐな殺意だ。


「ヒノワ」


 タケゾウは左手で、

 右腰に隠すように水平に並べた剣の柄を握った。

 その視線はヒノワを一瞥すらしない。

 つまり、この言葉に了承はいらないという意味だった。

 タケゾウが今、放とうとする言葉はすでに、タケゾウにとっては決まった未来なのだ。


「斬るぞ」


 まるで剣そのものが喋りかけたような、ひどく無機質な声だった。



『道』違い、了

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