第21話:ヒノワ、強くなる
前回のあらすじ
ヒノワ「ウル合金をゲットするために鉱山に入ったら奥に龍がいたぜ!」
パ・ムーナ「でも私、いい龍よ!」
タケゾウ「鍛錬鍛錬!」
アトム「大変ですぞーヤシャとヴァルカンが開戦じゃあー!!」
0.
『天晴れだよ』
パ・ムーナはどっしりと構えて言った。
もちろんヒノワに向けてだ。見下ろす視線に敬意と、少しばかりの呆れた感情が混じっていた。何が天晴れなのか、ヒノワは首を傾げた。タケゾウのことを、彼の強さを信頼していること、信頼できている理由は彼の強さをすぐ隣で見てきたのだから。否応ないことだった。自然なことだ。その強さは魂に染み込んでいると言っていい。それはパ・ムーナの『認識した空間を掌握する能力』ならば、言葉にせずわかることだろう。それの何があっぱれなのか。ヒノワにとってはタケゾウの強さは説得力があり、つまり実感しているし、信に足るし、それは同じ立場にいれば誰にとってもそうではないか? 強さに憧れ、それを信じることは、当たり前の話だとヒノワは思ったからだ。
パ・ムーナは当然の如くそれを汲み取っていた。
『エルフはもう、すっかりそういう風に、なってしまったと思っていた』
懐かしむ言葉だった。しかし、物足りぬ言葉だった。意味が読み取れない。ヒノワには疑問符が浮かんでいた。
そうだね。
と、パ・ムーナは言った。
完全に独り言のようだった。
『このままウル合金をキミに渡すのもやぶさかではないけど……それじゃちょっと、やっぱり唐突過ぎる』
「流れに身を任せてはもらえませぬか」
『流れとは強者が作るものだ。空間を掌握するものが強者であり、その領域において最も存在感が大きいものが、空間の流れを支配する権利を持つのだよ』
『つまり、この場において絶対強者は私だ。そしてキミは圧倒的弱者だ。私は私が作る流れには心身を投げ出してもいいが、圧倒的弱者のキミが作る流れに乗ることは、強者にあるまじき行い……それは、ただの絆されだよ』
むずかしいのぅ、とヒノワはごちた。
パ・ムーナはにこりと笑っていた。龍の頭蓋骨に沿って縦に伸びた、左右に長い顎が軋むように引っ張られて吊り上がっている。
「しかし、それほどまでに自負を持つ強者ならばこそ、良りよい世界へと進まんがために力の限り足掻く弱者に、なんの施しも与えぬのは醜悪の限りではありませぬか?」
『乞食かい? ヒノワ。それは仮にも王の血をいただく者として相応しく──』
「ちがいますじゃ。わしの未来に賭けてほしい」
『────!』
パ・ムーナは驚いた。
ヒノワは一度ぐっ、と噛み締めてから、心身で煮えさせた熱を吐き出すように口を開いた。
故に、吐き出す言葉は、
その呼気は熱かった。
「パ・ムーナさま。ぶっちゃけた話、わしなんかが世界を救おうとするのは無理があろう。わし自身かなりそう思う。なんじゃったら、わしは自分がヤシャやアースヴァルドの危機に立ち向かうより、パ・ムーナさまの封印を解く方法を探して、龍神たるパ・ムーナさまが直接その『危機』と戦った方が、よほど容易く、そして犠牲も少なく世界は救われるじゃろうと思うておる」
「しかし、パ・ムーナさまの話を聞いておると、なんらかの理由からパ・ムーナさま自身、それは望まれておらんとわしは思うておる」
「それが性格的な話か、そうせざるを得ない理由があるゆえかはわしにはわからぬ。しかし、パ・ムーナさまが動けぬと言うなら、わしがやります。だから……」
ヒノワは地面に手をついた。
それは、タケゾウに教えてもらった所作だった。
「お願いしますじゃ……どうかウル合金を、わしに授けてくだされ……!」
見事な、土下座だった。
パ・ムーナはぐしゃぐしゃと頭をかいた。
それは、吐き出すべき感情と言葉の行き場を失っている動きだった。
1.
『わかった、わかったよ』
ヒノワの後頭部に、深みのました声が響いた。
『ほら、これがウル合金だ、もってけもってけ!』
パ・ムーナが顔をあげたヒノワの前に、ゴロリとその金属の塊を転がした。鈍い紺色の存在感を放つそれは、神の金属というには神秘さよりおどろおどろしい雰囲気が勝る。
「ありがとうございます!!」
ヒノワの顔が、ぱあっと明るくなった。
泥まみれの顔だったが、それをも自身を引き立てにすぎないほどの──太陽を浴びた花々のような──圧倒的な可愛らしさがあった。
ああ、やっぱこの子エルフだわ。
見惚れるほど見飽きたその表情に、パ・ムーナは心の底で思った。
パ・ムーナは、振り返ってもう帰り支度をしていたヒノワの頭に掌をずしりと乗せた。ヒノワの顔が一瞬でさーっと青ざめていった。見ていて面白い変化の速さだ。ここは、エルフっぽくないな。
「あ、あの……パ・ムーナさま?」
『じっとしてなさい。力を引き出してあげるから』
「え? どうい──いだだだだだっ!!? あ、あつ! あっっ!! あだだだだだだだ!!?」
ヒノワが言い切る前に、パ・ムーナの掌がじんわりと熱を帯び、その熱が皮膚と骨を貫いて、ヒノワの脳を直接焼いた。
脳に刺激が走るたびに全身がぶるぶると小刻みに震える。血液が管を破裂せんとばくんばくんと暴れている。目から鼻から口から、体液が絞りだまされたように流れ出る。そのまま脳も内臓も溶けて流れ出てしまうんじゃないかというほどだった。
『ほれ、終わったぞい』
「あ、あへぇ……」
ヒノワは地面に突っ伏した。
瞼をとろんと落として口はだらしなくあけて、舌が放り出されている。身体中から体液が滲み出て体から艶かしい湯気が出るほどしっとりと熱を持っている。文句を言う気力すらなくなっていた。なので、パ・ムーナは勝手にヒノワの言いたいことを受信した。
『なにをした、って。キミの力をほんの少し解放したのさ。私たちと、同じ力をね。体が整ったら何でもいいから念じてみるといい、今のキミは、キミが信じうる限り、キミが想像し、できる限りで不可能はないよ』
「は、はへぇ……」
『ヒノワ』
「はへ?」
『気をつけて』
2.
タケゾウは木剣を振るっていた。
しかし、キレがない。先程もたらされた情報が気になっている。
ヤシャの国であるバイルディンとオークの国であるヴァルカンの軍が激突した。つまり、とうとう顔を突き合わせての開戦ときたのだ。オーク族の強さ──ひいては、ヴァルカンをはじめとするヴァルカン公国の強さ──は、タケゾウは身をもって知っている。
召喚されてから一度、一通り、腕試しの名目でヴァルカンの軍のオークらとは剣を交えたことがある。
──強かった。
ある程度の階級を持つ、有力な一人一人が自身と斬り結ぶ強さを備えている連中だった。特にヴァルカンと側近たちの強さときたら、たまらないものがあった。
決着こそつかなかったが、逆に言えばあの時決着が付いていれば、ケリが着くまでやり通していれば、今ここに自分はいなかったか、ヴァルカン公国は無くなっていたかもしれない──それほどの強さだ。
その一方で、ヤシャの強さもまた、身をもって知っている。
その強さの類はタケゾウやオークたちの持つ「強さ」とは些か種類が違うものだ。身体や技量を鍛え上げるのではなく純粋に「生まれ持った生態」の強さ。筋肉や骨を鍛えただけの、単なる硬さや柔軟さではなく、細胞の持ちうる能力そのものが違うが故の強さ。
もちろんそれらも殺せぬわけではない。最初から知っていれば、兵法を持って相応に対処もできる自信はある。ましてやヴァルカンのことだから、ヤシャの特性など百も承知であろう。ヴァルカンはタケゾウの何万倍も生きてきた戦士だ。屈強なオークの中で最も強く賢い個体だ。誰が相手だろうと早々に屈する姿はちと想像できない。
しかし、それでも不安があった。
戦とは個体の強さが勝因に直結し難いことは、タケゾウ自身がこれもまた、身に染みて知る事実であった。
木剣を振るう。しかし、邪念が混ざる。
どうするべきか。ヒノワはどうするのか。
だからか、剣を振り下ろすその瞬間に、その着地点に唐突にヒノワが現れた時にはもう遅かった。
「!?」
声を上げる暇もない。初速は既に加速完了。もう腕は止められない。刹那の間にヒノワの頭蓋は砕けてしまう。
……はずだった。
ヒノワはぎえっ、と悲鳴をあげつつも、タケゾウの剣を躱して見せた。
「……!! なっ……!?」
ヒノワは体勢を崩してごろごろと地面を転がると、怒りと共に立ち上がった。
「何するんじゃい!! 死ぬとこじゃったぞこんアホ!!!」
偶然か?
「おお、タケゾウ! ちょうどええわい。ウル合金、取ってきたぞ!」
タケゾウはヒノワの怒りや笑顔など見てもいない。ただ目の前で起きた事実に種類のわからない汗を、額に滲ませた。
「そうじゃ、タケゾウ」
間髪入れずに、ヒノワはとんでもないことを口にした。
「勝負してくれ、もちろん。剣で」
ヒノワの目には自信が、
タケゾウの目には困惑がみなぎっていた。




