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異説戦記-ヒノワ伝-  作者: ロウシ
第3章:力を求めて
18/27

第18話:戦う君よ、世界を愛せるか?

練りに練ってるうちにこんな期間が開きましたよ(死)。


 0.



 洞窟の中を進むヒノワは、不思議な気持ちになっていた。

 薄暗い入口からしばらく進むと、すぐにこの洞窟が普通のそれではないと実感した。まず空気中を埋め尽くす濃い『魔力』である。

 ヒノワの肌にまとわりつき、肌をピリピリと刺激し、重さを感じさせるほど濃く、ヒノワは一歩進むたびに巨大な膜を破っている感覚を味わっていた。

 そして、その魔力を生んでいるのは、四方八方から我先にと突き出た水晶であった。

 光のない世界で、風もほとんど通らぬはずのあるこの中で、それらは自発的に光を放ち、魔力の発生によって渦巻き、洞窟内を燦燦と照らしているのだ。

 次から次にヒノワの目に飛び込んだ光景は、さながらこの世のものとは思えないモノだった。当たり前だがここは洞窟である。しかも大分奥まで進んだ。

 ――いや、時間の感覚すらあいまいになっているようなので、それはひょっとするとヒノワ気のせいかもしれないが――ここは窓もなければ天井が吹き抜けているわけでもない。

 にもかかわらず、洞窟内の剝き出しの鉱物はめまいがするほどに神々と輝いているのである。


 しかし、その色合いが実に不定期的で、不規則で、気味が悪かった。空をどんよりと沈めたような青色に光るモノがあれば、灼熱の炎から熱気を除き、それを磨き上げたように輝くモノもある。

 かと思えば鈍色に重く静かにたたずむものがある。瞬きのように一瞬意識を奪い、そして消え、また光る――といった、不可解な現象を放つものもあった。

 なにより、それらが「俺だ俺だ」と自己主張するかのように噴き出している。各々が各々にまるで遠慮していない。

 それはこの洞窟の空間を奪い合うようである。光が、光が、光が、とにかく渦巻いている。居場所を求めて群雄割拠しているのだ。

 ヒノワが知ったこの世界の法則の一つ、タケゾウに教わったものの中に『弱肉強食』という(ことわり)がある。この光たちは、それを端的に現しているようだった。

 だから、洞窟内は瞬き一つの間にぐるぐる不規則に色が変わり、交わり、ともすれば酔ってしまうような気分にさせられるし、ヒノワには、それはとてもこの世の光景とは思えないのだった。 

 

「まるで……」


 零す言葉さえ光たちは見逃さない。瞬く間にこの世界に溶けていく。というより、ヒノワの感覚だと、だんだん自分の存在そのものがこの空間に溶けていくようだった。

 しかしそれは存外気持ちのいい感覚に、ヒノワには思えた。ここにいると、この世のすべてが自分と一つになって、すべてのものごとに境界が無くて、

 見る必要も聞く必要も、話す必要も、筋肉を動かす必要も、呼吸をする必要も、瞼を開ける必要さえないと思えたのだった。

 その得体のしれない居心地の良さと光景に、まるで、ここは母親に寝物語として伝え聞いた、神の国のようだ。とヒノワは思った。


 こんな、名もなき村の、裏手の山にこんな世界が広がっているとは。ヒノワはエルフリュレにいたままだったら知る由もなかったであろう。

 気付けば歩みは遅くなり、ヒノワの手は、目は、体は、この空間をなぞっていくようにずるずると引きずるような、緩慢な動きになっていた。

 そのままぽつぽつと歩いて、気付けばそれすらやめていた。立ち止まっていた。ヒノワは目の前に突きだした黄金色に輝く鉱物の表面を指先でなぞった。

 それはヒノワを待ち構えているようにそこにあった。思わず触ったのだ。ざり、とヒノワの指先に硬く、細かい粉のこすれる強い感触が残った。


 粉のついた指先をぼうっと見つめた。そしてあまりに力が抜けすぎて、持っていた刀が自然に、するりと地面に落ちた。

 さくっと音がした。その光景にそぐわない、ひどく現実的な音だった。ヒノワははっとした。そういえば、と我に返る。


「いかん! いかん! 飲み込まれるとこじゃった……!」 


 頬を張って(かぶり)をふった。飲み込まれる、とはいささか唐突に思う言葉かもしれないが、ヒノワはそう感じるしかなかった。

 幻術に掛けられた気分だった。ここに充満する魔力が、それだけで生物を惑わすには十分すぎる囁きを孕んでいる。

 ヒノワは刀を拾った。ずし、とそれはやけに重く感じだ。体に力が入りにくい。細胞一つ一つがヒノワに語りかけている。

 ここに溶けることが、自分が生きてきた全てだったのだと、ここに来ることが終わりなのだと。苦しみもなく。痛みもなく、あるがままであれ、と。


 ヒノワは目をつむった。そして、力の限り息を吐き出した。自分の中に残留する魔力の一切を吐き出すように。

 そして、息を吸う前に、完全なる苦しみの中で、ヒノワは刀で掌を斬りつけた。理性が理解するよりも短い間隔で、ヒノワの視界を白くするほどの鋭い痛みが襲った。

 皮膚がぱっくりと切り離されて、一時のあと、真っ赤な血がたらたらと流れ出した。

 それを見て、ヒノワは安堵した。

 ヒノワはポケットから長めのハンカチを取り出して、手にぐるっとまいた。すぐに血がしみ込んで真っ赤になった。

 吸い切れない血液がぽたぽたと地面に垂れている。それでいい、とヒノワは思った。

 

 そして、矢継ぎ早に意識を変える。目的のモノを思い返す。


 ウルは洞窟内にある、と言ったあの老ドワーフの情報は、これだけ多種多様な鉱物に囲まれた状況では何とも頼れない話だった。もしかするとあの老ドワーフはそれを分かったうえでヒノワを送り出したのかもしれない。

 だとすると何とも意地の悪い話である。……が、まぁこれは後で問い詰めればいい話だ。今怒りを募らせても、空虚にある老ドワーフに何を訴えても一切無駄である。

 それに意気揚々と出て行って、今更、何か分からないから聞きに戻った、ではいまいち格好がつかないだろう。

 ヒノワは自身を振り返った。今自分の手元には何がある、今自分は何処にいる。限られた手持ちから、現状を打破せねば。

 

「うーむ……。まいったのぉ……」


 ヒノワはとりあえず歩き出した。腕を組んで左右に目を配りながら進む。

 周囲の鉱物はヒノワの呼吸に合わせるかのように輝きと色を変えていく。


 と、進み続けていくばくか、広い場所に出た。


 そこは打って変わって、天から光が差し込んでいる、一つの部屋のような空間だった。岩肌が山の盛り上がりに沿って大きく削られており、地面には短い草木が生えている。

 先ほどまでうっそうと茂っていた鉱石の類ではなく、ちゃんとした緑々(りょくりょく)とした草木だった。ヒノワが片手で顔を、もとい目を隠しながら見上げると、天井はやはり吹き抜けなのか、頂点が見えないほど高く、

 それが奥へ奥へとそのままの高さで続いていた。部屋の内装は机や棚など生活感のあるものはないが、部屋の隅々にはあの輝く鉱物が一定間隔でめり込んでいる。

 その鉱物に近寄って、触ってみた。先ほどまでの毒々しいそれと違い、光を加減して放つ――部屋は、ある部分からくっきりと奥の方が見えなかった。先程の鉱石たちなら構わずこの部屋そのものを照らそうとしているだろうというヒノワの予想である――それは、ヒノワには装飾品としての向きが強いように感じた。

 

 つまりここは、明らかに誰かが、意図的に作ったであろう空間であった。


「誰ぞおるのか……?」


 ヒノワは部屋の中心へと向き直り、剣を握って恐る恐る言った。返事はない。風も吹かない。ただ降り注ぐ光のせいか、それでいてやはり窓がないせいか、

 この部屋洞窟の中より熱がこもっているようで、ヒノワの頬をつう、と一筋の汗が伝った。

 と、部屋の奥で大きな何かが動いた。暗がりの向こうでもぞりと、確かに大きな何かが動いたのだ。


「――……!!」


 ヒノワは、その動いたものを確認すると絶句した。

 青ざめるヒノワを、その大きな『何か』が、目を見開いて捉えた。次に、それはゆっくりと立ち上がり、ずしり、ずしりと歩き出して、光指す場所へと出てきた。

 光に照らされた肌は、黄金色の、金属のような肌だった。使い古された調度品のように、良く見ると細かく土ぼこりがかかっていて、

 おそらく本来の輝きからすれば劣化しているのだろうが、それでもその輝きはそのものの大きさ、威光を惜しげなく空間に広げつくして、ヒノワを圧倒していた。

 それ、は体を震わせて『翼』を広げた。洞窟自体がぶるぶると震えだした。まるで主の目覚めに呼応する(しもべ)のように。

 

 その動体は樹齢数千年はありそうな大樹を思わせる太さを備え、そこから太さはそのままに長い首が生えていた。肉の厚みも、骨の強さも、ヒノワでは比較にならないほどであろう。

 鱗の肌は細かな土ぼこりを振りほどき、光を受けてギラギラとさらなる輝きに増し、その目には赤みがみなぎりヒノワを見下した。

 口から除くその牙はやはり太く大きく、鉄であろうと容易に引き千切るであろう。

 全長はヒノワの20倍? いや30倍はあるだろう。ヒノワはただただ慄いた。 


「りゅ、龍族……!?」


 ヒノワが言うのとほぼ同時に、目の前に立ち上がった龍は吠えた。



 1.



「なンでエルフや人間が嫌いなんだ?」


 ドワーフの鍛冶場で、タケゾウは薪を割っていた。することが無いのでやっていたのだが、それにも飽きてきたのだった。

 ドワーフは割られた薪を釜にくべていた。タケゾウとは波長が合うのか、単に気に入ったのか、それともエルフよりはまし、という理由だからか、

 ヒノワよりは柔和に対応してくれていた。


「人間は勇者と同じ種族じゃ。先の大戦でワシらは思い知った。人間は浅ましく欲深く、どうしようもないクソどもじゃ。エルフはそんな勇者を信奉していいなりになったクソどもじゃ」

「言うねェ……。だがよ、俺やヒノワは違うぞ」


 ドワーフは振り返らず、ふん、と鼻を鳴らした。

 額から汗が流れている。


「違うじゃと? 今更言うても遅いわい。この2万年、勇者の信奉者がワシらにし続けてきたことは、何をどう取り繕おうと、どう言い訳をしようと変えられん事実じゃぞ」 

「………なァ、俺はこっちに来て日が浅い。ぶっちゃけ勇者のことも、その……2万年前の事もなンも知らん。よければ教えちゃあくれねェか……?」


 薪を下ろして、鉈を下ろして、タケゾウはドワーフのすぐそばに座った。

 暑かった。釜の熱がじかに届いてくる距離だ。タケゾウですらじわりと汗がにじんだ。

 ドワーフはそこにある最後の薪を放ると、タケゾウに向き合った。二人の目が合った。老ドワーフの眼は鋭く、タケゾウの眼はしかし、その殺意を飲み込んでしまうような、海の深さを感じさせた。

 しぶしぶ、語りだした。


「……勇者は、2万年の聖戦で魔なるものたちを打ち破った。アレは大陸全土の大戦乱じゃった。すべての種族が等しく戦いに挑み、多くの犠牲を出しながら、わしらは勝利した」

「そこまでは俺も聞いた。そン時にオークたちなんかは魔物側についたんで、今も差別の対象になってンだろ?」

「違う!!」


 ドワーフははっきり言った。怒気を孕んだ声だった。


「魔なるものとの戦いは、アースヴァルドのすべての種族が一つになって戦った!! オークもわしらも! そうしなければ勝てなかったんじゃ!!」


 共通の敵が現れたなら、生物は垣根を越えて一つとなり、それと戦うであろう。

 タケゾウには(にわか)には信じられないことであるが、なるほどここは『異界』である。そういうこともあるだろう。

 タケゾウは興味深く、話に耳を傾けた。


「そして、わしらは勝った!!! その後じゃ! 大戦のあと、勇者の奴は大陸全土を統一しようと各国に侵略戦争をし始めたんじゃ!」

「……天下統一に走ったのか!」

 

 そうじゃ!! とオーク怒鳴った。


「そして、大陸統一をもくろむ勇者の派閥と、それ以外のもの達で戦争が起こったんじゃ!!」 

「なるほど、その時か……。その時の……」


 世界を救った絶大なる力を持つ勇者。その力とカリスマ性は多くを引き付けたであろう。先のすべての種族が垣根なく、一つの敵に戦ったというその事柄自体が、勇者のもつ強力なカリスマ性の産物であったのだろう。そして魔物たちとの戦いで疲弊しきった世界を見て、勇者が『俺が何とかしなければ』と思い、天下統一に走るというのはそれほど不思議な話ではないだろう。筋道が通っていると言えばそうだ。


「だが、結局大陸統一はできなかったンだろ?」


 それは今のアースヴァルドに点在する国家を見れば明白である。ヴァルカン公国などの陰の国と揶揄され差別を受ける国はあれど、勇者に組したとされる国家も一つではなく複数存在するのだから、その(いくさ)の勝ち負けはあったにせよ、勇者の望むようにはいかなかったのだろう。

 

「そうじゃ。だが戦争自体には勇者の派閥が勝った」

「ならなぜ統一国家にならなかったンだ? 勝利国の中でも派閥が分かれたンか?」

「そこまでは知らん! じゃが敗戦を味わったわしらは、もはやまともな扱いはされなかった」


 ドワーフは頭巾をとった。露わになった頭部は、おぞましく歪んでいた。皮膚が剥がされた跡があった。頭蓋が凸凹になっているのは、殴られ過ぎて元の形には戻らなくなった結果だろう。眼球は無かった。 

 タケゾウは気持ち悪がるでもなく、驚くでもなく、その『形』をじっ、と、見つめた。


「……敗けた国の民ってのは、どこの世界でも扱いは変わらねェんだな……」

「ワシらは……ワシらは勇者たちの武器を打ってやった! エルフたちの武器を、装飾を賄ってやった! 勇者の武器を打ったのはワシではない。だがワシらなんじゃ! ワシらの力なくては勝てぬ戦をしておきながら、結局、結局! 勇者も力で多種族を追いやったではないか! この仕打ちはなんじゃ!? その結果がこれじゃ!!!」


 ドワーフは心が張り裂けんばかりに。悔しさが、怒りが感じられる動きだった。


「許せるものか……! 絶対に許せん……!!」

「…………」  


 タケゾウは黙って動いた。酒を持ってきて、酒樽にそれを注いだ。



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