第12話:怪しげなリザード、アトム登場
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夜もふけて来ていた。
壊滅した港町の、まだ原型を残す宿に、ヒノワたちはいた。
遭遇したヤシャの恐るべき戦闘力。自分たちの無力さ。
うちのめされたヒノワは一室に閉じこもっている。
タケゾウ、リクサーの顔も暗く、彼らの間に言葉はなかった。
全員が、これからの旅路の困難さを思い知ったのだった。
「……ヒノワさん。大丈夫でしょうか……」
ようやく零れた言葉は、尋ねたというには弱弱しく、ほとんど独り言のようだった。
椅子に座りただ粛々と酒をかっくらうタケゾウは何も答えない。
「ヤシャが……ヤシャの侵攻がこんなに早いなんて、思いませんでした」
彼らは行き詰っていた。最北――魔女の大地に向かう船は、すべて破壊されていたのだった。
船がない以上。孤島である魔女の大地にはいくすべがない。
俯き加減をさらに深めたリクサーをしり目に、タケゾウ空になった酒樽を放り投げ、
のしのしと歩き出した。
「あいつ、何も喰ってないだろ」
簡潔な言葉には、彼なりの優しさが含まれていた。
タケゾウは無事だった宿の食料を袋に詰め、それを片手にヒノワの下へ向かった。
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「生きてるか、ヒノワ」
部屋の前で、タケゾウは尋ねた。
返事はこなかった。
「まだ足も治ってねェし、腹も減っただろう。飯……もってきてやったぞ」
やはり返事はない。
タケゾウはいよいよ居心地が悪くなってきた。
「あのなァ……。この町が壊滅したのも、てめェが弱いのも。仕方ねェ事なんだよ。
どうしようもなかったんだよ。俺たちには。
ヤシャってのは想像以上の化け物だった。たとえ俺たちが襲撃に間に合ってたとしても、
俺一人じゃこの町全部を救うのは無理なンだよ」
「わしがッ!!!」
扉の向こうから聞こえた声は、怒声と言うよりは悲痛な叫びだった。
「わしが強ければ……! わしがッ……! わしがもっともっと強くてっ……
頼りになる存在だったらッ……!! タケゾウのように強かったら……っ!
ヴァルカンのように逞しかったらッ……!!」
一瞬。時が止まる。
「救える者も……おったんじゃないか……!!」
タケゾウは何も言えなかった。
ヒノワの言葉は、最後の方は涙でろくに発音できていなかったからだ。
タケゾウは言いたかった。
ふざけんじゃねェ、と。おまえなんかが何言ってんだ、と。
だが言えなかった。心と理性が戦い、この時は理性が勝ったのだった。
「……喰い物と、薬を置いておく。じゃあ、俺はもう行くからな」
タケゾウは扉の少し横に袋を置いて、逃げる様に立ち去ったのだった。
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部屋の中、明かりのひとつもない暗い部屋で、ヒノワはベッドに丸くなり泣いていた。
強くなったつもりだった。
オークたちに鍛えられ、少し世界を知って、
王宮に、王国に閉じこもっていたころに比べて自分は強くなったと思っていた。
武技を学んで、学を知り、少し大きくなった気でいた。
それはまやかしだった。
自分は相変わらずちっぽけなエルフだ。
口先ばかりで、何もできない。戦いだって、タケゾウに任せきり。
治療だって、料理だって、リクサーがなんとかしてくれるからどうにかなっている。
「強く……なりたい……」
枕をに握りしめる。
「強く……なりたいよ…………!!」
それは決意の言葉か。あるいは呪いの言葉か。
今はただ、虚しく響くだけであった。
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「……誰だてめェ」
そのころ玄関では一悶着おこっていた。
タケゾウが刀に手をかけている。リクサーも訝しげに睨みつけている。
彼らの視線の先には、怪しい男がいた。
全身をローブで覆いつくし、顔、口元からうろこのついた肌が見える。
謎の男は、宿にはいるやいなや、ここにヒノワがいるかどうかを、いきなりたずねてきたのだという。
「私は旅のプラトン僧でございます。もう一度お訊ねするが、
ここにエルフリュレ王国王女、ヒノワ・ウェンチェスター様がおいででしょうか?」
「僧ってことは坊主か。……ヒノワは確かにここにいるが、今は会わせられねェよ……」
「ほぅ、それはなぜでございましょう?」
ずけずけと物怖じしない男に対し、タケゾウは少し苛立ちを覚えた。
「ヒノワ様は今、打ちのめされている……ということでしょうかな?」
「てめェ……」
「ま、待ってください! なんでそんなことを……。あなたはなにものですか!!?」
「森の賢者の知人にございます。賢者に、ヒノワ様になにかあったら後を頼む……と言われておりまして……」
「賢者の友じゃと!?」
声に釣られてタケゾウ達が振り返ると、そこに壁伝いにふらふらと歩くヒノワの姿があった。
「さようです。ヒノワ様」
ヒノワの姿を見た男は深々と頭を下げて、ローブをとった。
彼はリザードだった。赤い鱗肌。長く伸びた首、ぎらりととがった牙。
しかしそのたたずまいは獰猛さなど一切なく、落ち着いた雰囲気を纏ったものだった。
「け、賢者は! 賢者さまは生きておるのかえ!!? わしは……わしは……!!」
足のけがも先ほどの失意もどこいくか、飛び出したヒノワは男に掴みかかった。
「落ち着きなさいませ、ヒノワ様。順を追って説明いたしましょう」
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丸い机を囲んで、4人は座っていた。
「私の名はアトム。龍族の国ケスメートでプラトン僧をしておりました。
エルフリュレの森の賢者とは知古の仲でありまして、ヴァルカン公国の侵略の際に
賢者めからヒノワ様の後見を務めよ、と言われておりました」
「今まで何してたンだよ」
タケゾウは警戒を緩めずに言った。
アトムは慌てずに答える。
「本当なら、戦争の結果が定まった時に、私が姫を迎えてケスメートに落ち延びる予定でありましたが、
ヴァルカンに先手を打たれまして。こうして今おめおめと姿をさらす羽目になったのでございます。
いかに私と言えど、ヒノワ様がヴァルカン公国に囚われてしまった以上。
そうやすやすとお会いすることはできなかったのです」
「ヒノワさんと合流して、どうするつもりですか……?」
次に質問したのはリクサーだった。
「賢者がワケあって動けぬ今、ヒノワ様にはケスメートに向かっていただきたい。
そこで『こと』が終わるまで、おとなしくして頂きたいのです」
「『こと』……?」
ヒノワが言う。
「エルフリュレの再興です。賢者の手回しと私の口添えで、
ケスメートはエルフリュレの再興を手伝うことができます。
姫には王国再興のその日まで、安全に過ごしていただきたい」
びくり、とヒノワが肩を震わせた。
ケスメートは龍族の国である。龍族とは、アースヴァルド大陸最強最大の生物。
ヤシャであろうとなんであろうと、この大陸に彼らに比肩する存在はいないとされる。
それこそ、彼らに勝ちうるのは太古の『勇者』くらいのものであろう。
確かにケスメートならば、龍族の国ならば、ヒノワは安全に再興の日を迎えることができる。
「ヒノワ……」
「ヒノワさん……」
タケゾウが、リクサーが言った。
二人の視線の先のヒノワは、ばん! と机をたたいた。
「冗談じゃないわい!!」
タケゾウとリクサーが驚いた。それまで落ち着きのある態度だったアトムすら、少し驚いた。
「わしは今しがた強くなると決心したばっかりじゃ!! そのわしが引きこもって……、
ただ黙って人任せに王国を再興するじゃと!? わしは世界を知ったんじゃ!!
己の無力さを知ったんじゃ!! 人を救いたいと思ったんじゃ!! ほかでもないわしの力で!!
わしは旅を続けるぞ!! だれがなんといおうと!」
捲し立てるヒノワの剣幕に押されたのか、アトムはぽかんと口を開いた。
タケゾウは微笑し、リクサーは満足そうに笑みを浮かべた。
「そういうわけだ坊主。ヒノワはこのまま旅を続ける。何のたくらみがあったかは知らンが、残念だったな」
「ヒノワさんはかごの鳥ではないのです……。彼女自身の意見を尊重するべきだと思いますが……?」
アトムはふむ、ほぅ、ならば……とぶつぶつつぶやいていた。
そして顔をあげてヒノワを見ると、言った。
「ならば、私もお供いたしましょう。せめてヒノワ様の旅路を、見届けさせていただきたい」
それは賢者との約束があるからなのか、はたまた何かのたくらみがあるかからなのか、
アトムの目からはどちらとも読み取れない。
タケゾウはヒノワを見た。リクサーもまた、答えを求めてヒノワを見た。
「かまわぬ。わしらの旅についてくるがいい」
ヒノワは力強く言い放った。彼女のリーダーとしての素質が、少しずつだが開花し始めていた。




