第11話:恐るべき怪物、ヤシャ現る
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凄惨な光景が広がっていた。
ヒノワ達が港町にたどり着いたとき、街は地獄と化していた。焼き討ちされ砕かれた建物。そこかしこに広がる死体。死体。死体。
四肢がバラバラにされているものもあれば、首の骨をへし折られたもの。
服が破かれた女性が無残に転がっているのは。犯された後に殺され、そのまま投げ捨てられたのだろう。
ヒノワ達は顔をしかめた。タケゾウでさえ、その表情に嫌悪感を隠せなかった。
「ひどい……!」
「ど、どういうことでしょう……? ま、まだここまでは、ヤシャも侵攻していないはずなのに……」
「戦火のどさくさの火事場泥棒、ってわけでもあるまい。町一つ潰すのは規模が大きすぎるぜ」
三者三様に言葉を落とす。
ヒノワは叫んだ。
「だれかーっ! だれかおらぬかーっ!! 生きている者はーっ!! だれかーっ……!!」
答えは帰ってこなかった。
焼けた風が独特の異臭となり、ヒノワ達の頬をなでた。
「皆殺しか……」
呟きながら、タケゾウが刀に手をかけた。まだ、この港町を襲った何者かが潜んでいる可能性がある。
空いた手でリクサーとヒノワに慎重な動きをするよう促しながら、タケゾウは燐と殺気を放った。
しかし、ヒノワは駆けだした。
「おい! 待て! ヒノワ!!」
「まだ息がある者がおるかもしれぬ!! 急いで助けねばならん!!」
「待て……、ちっ。じゃじゃ馬が……!」
ヒノワを追いかける形で、彼らは街の中心へと駆けて行く。
おそらく広場だった場所に、ひときわ開けたそこで、ヒノワの足が止まった。
「…………!」
ヒノワは絶句した。
広場の中心には大樹があった。ヒノワの何十倍も大きく太く背を伸ばすそれは、
きっと焼け焦げる前は立派な樹だったのだろう。
そこに実っていたものは、あるいはまおいしい果実だったかもしれないし、大輪の花だったかもしれない。
しかし、今樹の枝先にぶら下がっている『モノ』は、数多の死体だった。
「う、うぐえっ……!」
ヒノワは思わず吐き出した。
追いついたタケゾウたちも、ヒノワから意識が飛んでしまうほどの衝撃だった。
リクサーがすぐさまヒノワに駆け寄り、薬草を溶かした水を差しだす。
タケゾウは慄くことなくその『実』に歩み寄り、まじまじと観察を始めた。
「も、もう大丈夫じゃ……ありがとうリクサー……」
「いいんですよ。横になってください、ヒノワ」
「おい」
互いに気遣う二人と違って、優しさのない声でタケゾウは言う。
「死体の状態からして、こいつらが吊るされたのはすぐ、だ」
何が言いたいか。二人は理解した。
「下手人はまだ、近くにいるぞ」
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近くにいる。その言葉通りだった。
助けて! と悲痛な叫びが飛んできたのだ。
命を振り絞った言葉にヒノワはにべもなく飛び出した。
タケゾウもリクサーも、今度は何も言わずに後に続いた。
「なにをしとるんじゃあああああ!!!!!」
広場から下ったすぐ先だった。
先ほどの大樹と比べると小ぶりだが、それでも十分な大きさを誇る樹の下。
怪物が、いた。
タケゾウより3回りは大きい巨躯。かのオークの首領ヴァルカンよりさらに大きい。
どす黒い肌。全身の筋肉ははちきれんばかりに太く、その節々から鋭利な刃物のようなものが
不自然に生え、並んでいる。
それはまるで全身刃物のような、とても自然界の存在とは思えぬ歪な生物たちが、いた。
そいつらは、吊るしていた。
そう、町の住人たちを、ニヤニヤ笑いながら、順々に吊るしていた。
憤るヒノワに目も向けず、自分たちの世界に没頭して、笑って、怪物たちは次々に樹に実をつけていく。
ヒノワはかつてない怒りを感じた。怒髪天を通り越して、頭の中が真っ白になった。
真っ白なヒノワの世界に、真っ赤なインクがぶちまけられる。
ヒノワは怒りのままに飛び出した。
まて! というリクサーとタケゾウの言葉など振り切って。
ずん。とヒノワの中で音がした。というより、感触だった。
足がもつれて、ヒノワは前のめりに転がった。勢いがよかったせいで、何度も転がった。
立ち上がろうとして、脚が熱いことに気付いた。
すっ、と意志に反して力が抜けていく感覚があった。
ヒノワが足に視線を落とした。
ヒノワの太ももに、巨大な金属の刃が突き刺さっていた。
「あ、ああああああ!! い、痛いっ……! うあああ!!?」
ヒノワは体を丸めて泣き叫んだ。痛い。痛い。痛い……!
うずくまるヒノワを影が覆う。涙目のヒノワが見上げると、怪物が刀のような腕を振り上げていた。
振り下ろされた腕は、しかし空を切った。
間一髪、タケゾウがヒノワを乱暴につかんで背後に放り投げたのだ。
「あ、あ……! ああ……?」
もはや言葉も発せられない状態のヒノワを、タケゾウは怒鳴りつけた。
「バカが! 本当にてめぇはバカだ! 敵のど真ン中に真っ向から突撃する奴がいるか!!」
「あ、あああ…………。うう……」
タケゾウは刀を抜いていた。
怪物を正眼に捉えて、一部の隙もなく身構えている。
「よかった。毒はないようです」
ヒノワの口に布を噛ませ、リクサーは一気に金属を引き抜いた。
ヒノワが激痛に顔をゆがめる、びくりと体が跳ねるが、リクサーは力で押さえつける。吹き出した血が地面を染めていく。ガキン、と金属が激しくぶつかる音がした。
前方では、戦いが始まっていた。
怪物の剛腕を、タケゾウはうまく避けていた。
というより、避けなければならなかった。
怪物の一振りは轟音となり、ヒノワやリクサーにもはっきり聞こえるほどであった。
タケゾウは打ち合わせて一合で理解した。タケゾウの――というより、どんな名刀であってもこんな剛腕では、まともに刃を合わせればこっちがへし折られるのは間違いない。
幸いなのは怪物の腕はあまりに大きく重いため、必然的に振りかぶった単純な動きしかできず、タケゾウにとっては避けるに難のない攻撃となっている事であった。
とはいえ、タケゾウだからこそ難なく避けられているのであって、
怪物の剣速はそれ自体が尋常ではないのだが。
怪物がタケゾウの首を横に凪ぐ。タケゾウはそれをかいくぐると、怪物の足元で前転し背後に回り込んだ。怪物が動きを追って体を回すと、そのままずる、とこけた。
タケゾウはすれ違いざま、怪物の足首を切断していた。バランスの取れなくなった怪物は自重に耐えきれず、崩れ落ちたのだった。
倒れ込む怪物はすぐさま立とうともがいたが、背中の鋭利な突起物が邪魔となって思うように立ち上がれず、タケゾウはその隙をついて怪物ののどに刀を突きたてた。
やっと一匹。
タケゾウはすぐさま残りの怪物に目を向けた。
「タケゾウさん!」
リクサーが叫んだ。
「だめです! ヤシャ族はそれじゃ死にません!!!」
タケゾウの背筋が凍りつく。
振り向きざまに、衝撃。かろうじて刀で受けたものの、タケゾウの体はヒノワ達の方へと大きく弾き飛ばされた。
「なんだ……とっ!?」
見事に着地したタケゾウが目を見張る。
立ち上がった怪物――ヤシャの首の傷が、筋肉がぐじゅぐじゅとうごめいてふさがっていく。出血ももう治っていた。
切断した足首が、周囲の地面を飲み込んで再生していく。
「なンだこいつら……!!」
「ヤシャは接触した他者、あるいは物質を取り込んでしまうんです!! そしていかなる傷もあっという間に治癒してしまいます!! 首を切り落として脳を破壊しないと死にません!!」
「おいおい……なンだそりゃあ……」
タケゾウが刀を構えるが、動揺が見て取れた。
その様子を見て、ヤシャの、タケゾウと事を構えているやつが、言った。
「おいおいおい、やるじゃあないかニンゲン。さすが勇者と同じ種族なだけはある! さすが『異界転生』させられただけはある!!」
「おほめにあずかり光栄だぜクソッタレ」
「だが、この程度で我らヤシャの妨げになるとは思えん! サイルめ。買い被り過ぎではないのか? なぁ!?」
ヤシャは体をうごめかせ、その背中からさらに二本の腕。
包丁のような研ぎの良さを見せる刃の腕を生やした。
「いよいよもってバケモンだな……」
「キエエエエエエーーーッ!!!」
そして突撃したヤシャは、デタラメに腕を振るった。
タケゾウは辛うじてそれを避けていく。しかし、先は二本、今度は四本。単純に倍になった数は、やはりタケゾウを追い詰めていく。
服をかすり、肌を裂き、そして血が飛んだ。
躱しきれなくなると、刀を使って力を逃がすように打ち払うも、やはり限界がある。
「くっ……!!」
「ホラホラホラァ!!!」
「タケゾウ!!」
ヒノワが短弓を構えた。まだ足の出血は収まっていないが、気にしている場合ではない。
それを、残る二対のヤシャが遮った。
「な、どけ! 貴様等から射抜くぞ!!」
「かまわんぞ嬢ちゃん。そんなもんじゃ俺たちは殺せねぇがな……」
「邪魔はさせんよ。これは『試し』、あのニンゲンの、な」
「試し……?」
剣戟の嵐の中、タケゾウの意は決した。
このまま防戦に努めても押し切られるは自明の理。
ならば多少傷を負ってでも攻め込むのみ。死中にこそ勝ありなり。
突きだされた腕をタケゾウは実を捩って紙一重で避け、体を前にねじ込んでいく。一歩。
振り下ろされた腕が髪を切り落とす。頬をかすめたそれは血を噴出させた。二歩。
横凪はらわれた腕を、下から刀で押し上げることによりかいくぐる。三歩。
そして、最後の腕がタケゾウの頬肉を横に切り裂くその一瞬。タケゾウは一気に踏み込んだ。
しなりを付けた一撃は、まずヤシャの足首を深く斬り、
体勢が崩れたヤシャの腹をその勢いのまま逆袈裟切りに打ち斬り上げる。
内臓と血を空にぶちまけながら、ヤシャの体が跳ねた。タケゾウはとんだ。
ヤシャが迎撃にと空を見上げると、目をしかめた。タケゾウの真上に太陽があった。
タケゾウは全身を使って、一気に刀を振り下ろした。
ヤシャの体が縦に真っ二つに割れた。
ヤシャが惚けたように、あ、と短い言葉を吐いたのち、タケゾウが最後の一振りをヤシャの頭に打ち付けて、
ヤシャの頭部は花開くように空に四散した。
「はあっ……はあっ……!」
タケゾウはどばっと息を吐いた。
無呼吸動作、乾坤一擲。会心の動きだった。
地面にぶちまけられたヤシャがピクリとも動かないのを見て、ようやく安堵を得る。
「はあっ……。次は、てめェらだ……」
体は重く息は荒いが、その眼、殺気に微塵の衰えなし。
残るヤシャ達はとくに驚くようなそぶりもなく、むしろ拍手をもってタケゾウの殺意を迎えた。
「素晴らしい……! 素晴らしいぞ……!!」
「それでこそ転生者だ!! これでこそ、我らにもやりがいが出たというもの……!!」
ヤシャたちはヒノワとリクサーをつかむと、タケゾウの方に投げた。
抵抗するまもなく転がるヒノワ達を、しかしタケゾウはつかむ余力はなかった。
ヤシャ達の足が地面に溶けていく。
「逃げるのか!!」
ヒノワが言った。
ヤシャたちは頭をふった。
「いやいやいや、それは違う。我々が『逃げる』のではなく、我々が『逃がして』いるのだ」
「……ッ!!」
ヒノワは言葉を詰まらせた。
滴る足が、思い出したように今更また痛み出した。
「この世界で我らの『敵』たりえるのは、『神龍オキナ』か、『皇帝ヴァルカン』か、『混沌の魔性アイガンゼスト』か、『全知の魔女』だけだと思っていた。だが、そこの転生者は合格だ! 我々の敵と認めよう。……それに反して、ヒノワ。ああヒノワ。敗戦の姫よ。キミでは敵たりえないのだ!!」
「それがどうした! わしは……わしは許さぬ!! お前らをゆるさぬ!!!!」
それは負け犬の遠吠えである。
わかっていながら、ヒノワはただ吠えることしかできなかった。
ヤシャが地に溶けて消えた後。
ヒノワは焼け落ちた町の中で、ただ泣き続けていた。




