第10話:カーテンコール
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「ぐぁっ!」
「ぎゃあっ!!」
タケゾウが剣を閃かせ、襲いかかったリザードたちは兜ごと斬り裂かれた。
月を覆い汚すように飛び散った血潮と、吹き上げられた脳髄が星々に照らされて煌いた。
タケゾウは振りかぶり体を縮こめたような体勢から鞘に手をかけ、上体を引き起こす際に強く土を踏み、跳ねあげたと同時に前方に投擲する。
数メル程先で小さめのリザード競り合っているヒノワの側頭部をすり抜けたそれは、リザードの額を的確に撃ち抜く。
「ちょっ! 危ないではないか!!」
「礼は良い」
タケゾウは目の前でふらつくリザードの体を蹴り飛ばし、次に飛びかかろうとした敵にぶつけた。
飛んできた死体を身体で受け止め、そのリザードが喰いしばった瞬間にタケゾウは横薙ぎに首を飛ばした。
味方の全滅を知った最後の一匹が慌てて逃げ出すが、ヒノワが放った弓の一撃に心臓を貫かれてあえなく絶命する。
「はぁ……はぁ……、今ので、さ、最後かのぅ……?」
「大丈夫ですか、ヒノワさん」
「大分マシになったンじゃねーか?」
くたくただと言わんばかりに腰を下ろしたヒノワに、返り血を拭きながらリクサーが駆け寄った。
肩で息をする二人に比べて、タケゾウは至って普通であった。
リクサーからもらった拭き布で血をぬぐうと、ヒノワは嫌悪感を露わにした。
それを見たタケゾウはふっ、と息をついた。
「まだ慣れねーか、血の臭いに」
「慣れてたまるか! わしはお前とは違うんじゃ、タケゾウめ! この悪鬼め!」
タケゾウはふんと鼻を鳴らして、死体をまさぐる為にヒノワから離れて行った。
「あやつめ、また……!」
「まぁまぁヒノワさん。僕たちの食料や医薬も無尽蔵ではないんですし、仕方ないですよ」
「しかしのぅ!」
「この世のモンを死人が持ってても仕方ねーだろ」
「……」
ヒノワがむすっと頬を膨らませると、背後から商人の一団が頭を下げに来た。
「あの……、助けて頂いて、本当にありがとうございます。貴方たちが通りかからなければ、どうなっていた事か……」
「おお、おぬしら! よかったのぉ、怪我はないかぇ?」
「はい! おかげさまで……」
そもそもこの戦いは、この商人の一団が今しがた野伏と化したリザードたちに襲われているのを、
ヒノワ達が林の通りを歩いていた時にたまたま見つけたことから引き起こされた。
タケゾウは放っておけと言ったが、ヒノワが有無を言わずに飛び出したため、後を追ったのだ。
「さすがに、場所を確保したらもう寝るぞ。寝不足は体を壊すからな」
「おぬしがまともな事を言うと、ちと不気味に聞こえるのぉ……」
「どういう意味だ、コラ」
「あはは、言えてますね!」
「リクサー、てめェまで……!」
さっさと立ち去ろうとしたヒノワ達を、商人の一団が呼びとめた。
「あのぅ、申し訳ないのですが……、あなたたちのお名前を教えてください」
「わしか? わしはヒナワじゃ!」
ヒナワ、とは。この旅に出る際にボルバに貰った偽名であった。
わざわざ偽名を使うのは、仮にも、仮にも一国の姫君がこんなに堂々と戦火巻き起こる大陸で旅をするのだ。
偽名の一つでも名乗らなければ何が起こるかわからないというヴァルカン公側の配慮からだった。
タケゾウやリクサーは「もう少しひねれよ」と思ったが、口には出さなかった。
「ヒナワ様。貴方たちはこれから、北の最果てに向かわれるそうですね」
「そうじゃ。魔女の大地とやらに赴かねばならん。そこにわしを待っている者がいるそうなのじゃ」
「北の大地に行くには、船に乗らねばなりません。しかし今の時期、船を出してくれる人はいないでしょう」
「む? そうなのか!? こまったのぅ……」
そこで、と商人は手慣れた様子でサラサラと手紙をしたため、ヒノワに渡した。
「この手紙を、港の一番偉い人に見せて下さい。きっと、片道分だけは船を出してくれるはずです」
「本当か! おおっ! やったぞタケゾウ! どーじゃ見たか! いいことはするもんじゃろう!!?」
はいはいと頭を掻くタケゾウと、捲し立てるヒノワ。
それがほほえましくて、リクサーはふふっと笑った。
「お二人……なんだか兄妹みたいですね」
「「それはない!」」
即答された。
1.
翌日。商人の一団と別れたヒノワ達は、北の港に向かってひたすら歩いていた。
船のあては手に入れたこと。あとはとにかく港街にたどり着くことが当面の目標である。
「北の――地続きでつながる分には、最北に位置する港町は、どんな町なんじゃ?」
ヒノワとリクサーは、さんさんと照らす日よけに深緑のフードに加え、
大概血と汗と泥で汚れてしまった服を着替えるために、商人の一団から買い揃えた服を着ていた。
今のヒノワの格好は動きの邪魔にならぬように短く切りそろえた髪に、それとは別に女の子としてのおしゃれと、一つ三つ編みを垂らしていた。
動きやすいように短パンで、薄い空色の半袖の上から意味深な模様のついた、深緑のフードをかぶっている。
腰には短剣を三本挿し、背中には弓と矢の代えを布にくるんで背負っていた。
リクサーは膝までスリットの入った長ズボンに、肉食獣の毛皮を細かに手入れし編み込んだ腰巻を撒いて、
そこに三つ二段のポケット突きのベルトを巻いていた。もちろん中身はすべて薬草薬品の類である。
フードは基本的にヒノワと同じものだが、サイズはやはり一回り大きかった。
タケゾウだけはこの服のままがいいと駄々をこね、『キモノ』と呼ぶらしい変わらぬ格好に、
無精ひげとぼさぼさの髪のままである。
折れた剣の代わりを買わないかとヒノワが打診したが、
タケゾウは数本の針と投げるようの短剣は購入したものの、主武器となるようなものには一切手を付けなかった。
ヒノワの問いに、リクサーはくっと険しい表情で答えた。
「最北の地は、聖戦の舞台です。……正確には、聖戦の最後の戦いが行われた場所で、今では観光名所の一つとなっています」
「何処の国が管理しておるんじゃ?」
「ケスメート……龍族の国です」
変な話じゃの、とヒノワは思った。
龍族の国、ケスメートは大陸中央最南端に位置し、唯一魔女の大地へ行ける中央最北とは正反対の場所だ。
「よほど大事な場所なのかのぉ?」
「龍族の中には、聖戦の時から生き続けている者もそれなりにいると聞きますし、彼らにとっては、ひときわ思い出の深い場所なんじゃないですかね?」
「…………」
「そっか。……それで、どうしたんじゃタケゾウ?」
「んあ?」
タケゾウは上の空であったらしく、生返事だった。
ヒノワはどうも調子が狂う思いだった。列車の野伏りの言伝――傷の話をしたときからタケゾウはずっとこんな感じであった。
先日のような戦闘の時はまるでいつもの調子になるのだが、それ以外の時はまるでフヌけてしまったとでも言うのか、ぼーっと考え事をしている時間が長い。
「やはり、異界転生者のサムライのことか……、そのだれぞは、タケゾウの知っている男なのかぇ?」
「……俺の話だ。悪いがこればっかりは、な……」
「別におぬしとそのサムライの因縁に首突っ込む気はないがの、何かあるんならちゃんと相談せぇよ?」
一瞬呆れたような驚いた様な顔を見せて、続いてはっ、とし。
最後にはふん、とタケゾウはそっぽを向いた。
照れているのか、とヒノワはくすくすと笑った。
「そろそろ着きますよ」
地図と前方を見比べるリクサーが言うと、ヒノワとタケゾウも追って先を見た。
そして、異変に気付いた。
「黒煙――!」
「鉄火の臭いだ! いぞげヒノワ!!」
「もう走っとる!!」
丘一つ越えた向こう。地図上で港町を示すそこから、もくもくと黒煙が数本昇っていた。
カーテンコール、了




