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青春物語、あるいはラブコメ。

あたしのG線上のアリア

作者: 燈夜

 ギイコギイコ。


 あたしはバイオリンを弾いてみせる。

 ギッギッギ。

 半拍遅れ。溜め。


 ──注意を引き付けるために使われる技法だ。また、独特のリズム感が出るな。小節の頭に音が無いために「お?」と思わせる効果が狙えるぜ──。


「って、おい! 聞いてるのかよシュン!」

「あ、悪い」

「悪いじゃねぇよ! あたしが手伝ってやってるんだ。それを聞かないなんていい度胸だなシュン!」

「ごめんよ。ジュース奢るから……そんな問題じゃねぇよ!」

「良いかシュン、早く曲を仕上げなきゃいけないんだろ? お前があたしに『手伝ってくれ』って頭下げてきたんだよな!?」

「そうだけど」

「だぁあああああああ! ざっけんな!!」

「悪い、悪い、本当に悪かった!」

「そ・う・か・よ!?」

「ピーチで良いか?」

「レモンスカッシュで」

「はいです」


 シュンのやつは逃げるように部室から転がり出る。

 今頃は自販機に向けて一生懸命に走っている頃だろう。

 全く、いつまでも世話の焼ける。

 いつもこうだ。


 あいつ、あたしをけしかける癖に自分はいつもノホホンとしている。

 その余裕が気に食わない。

 余裕なんて無い癖に、部活一の下手っぴの癖にこれだ。

 さっさと作曲終わらせてアイツの分の楽器の練習もさせなきゃいけないのに。

 こんなので学園祭に間に合うのかよ。


 幸い部長には秘策があるとかで、それなりに安心はしているが……。


 ああ、イライラする。

 こんなと時にはあれだ。バイオリンを弾くに限る。

 G線上のアリア。あれが良い。

 本当はアンサンブルが良いのだけれど……。


 あたしはG線に手をかける。

 そして弦を引き絞る。

 音が流れる。

 二音目が流れた。

 すかさずエレキギターが一本入る。

 アイツの嫁のレスポールだ。良く仕込まれた音色。

 あたしが何を弾くのか瞬時に察したようで、それに合わせるこの技量。

 透き通った色があたしの心を安心させる。恋敵というのに。この上手さ。

 どうにも憎めない。

 あたしは演奏を続ける。澄ました顔、澄ました顔。よし、演技できたはずだ。


 そしてエレキギターの二本目が乗った。

 ストラトキャスター。G線上のアリアには似合わない弾んだアレンジ。

 だが、悪くない。これまた上手い。

 そしてそのアレンジに合わせて、すかさずレスポールも音色を変化させ絡めてくる。


 ちょっと遅れてシンセが入る。ベースラインだ。

 酷くつたないけれど仕方が無い。アイツはブランクがあったからな。

 とはいえ、充分及第点だ。


 ひと時を楽しむセッション。

 夏の日差しを残した秋の匂いがそこにある。


 ◇


「ジュース買ってきた!」


 突き出された右手。

 そんな時、部室の扉が開いた。すかさずシュンが飛び込んでくる。


「はぁ? あたしのだけかよ。みんなの分は?」

「ゑ?」

「聴いただろ、無料でセッションが聴けると思うなよ!? 全員分買って来るんだよ!」

「んな、無茶苦茶な」

「お前らも休憩したいよな?」


「ぎゃはは! そうだし! で、コーラ!」

「ふぇ? わたしジュースもらえるの? 紅茶が良いよう」

「自分はグレープジュースが良い」

 

「だ、そうだ。行って来いシュン!」


「相変わらず酷ぇ女……」

「何か言ったか?」

「いや、何も」

「だよな! あはは!!」


 溜息が聞こえたような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 部室入り口の戸がもういとど開き、力なく閉まる。


 よしよし、帰ってきたら休憩だな。

 んで、ジュース飲んで一息ついたらシュンのケツを蹴飛ばして、もう一度作曲作業を再開させる、と。

 でも、一言ぐらいお礼を言ってもいいかもな。

『美味かったぜ』『ありがとう』『お前も気が利くな』……うーん、どれも月並み。

 まー、良いか!

 どうせシュンだし。

 後でどうにでもなる!


 最近あたしに入れ込んでるからな、アイツ! あはは!!


 これはG線上のアリア。独唱曲。

 あたし色に染めてやるよ。

 ……何もかもな! うん、それが良い。

 うまくいくと良いな!


 シュンのやる気、どうすると出るだろう。


『助かる』


 そうだ、これが良い。さりげなく感謝する。ちょっと微笑んでみせる。

 するとアイツはきっと照れくさそうに微笑むんだ。

 きっとそう!

 嫌な顔してパシリに行かせても、あたしが優しい言葉をかければアイツは……。


 おっと、扉が開いた。

 シュンだ。

 両手にはジュースを抱えている。

 よしよし。


「ほらよ! これで良いんだろ!? ジュース買って……」

「助かるシュン。ありがとな!」


 膨れっ面のシュンの顔が一瞬で緩んでくれて──。


「ゑ?」

「だから助かる。シュン様様だな! あはは!」

「何が『あはは!』だ、笑って済ませるなよなお前!?」

「はいはい、言ってろよ」

「んったく!」


 と、シュンは口では言うものの。

 ほら見ろ。

 その頬に朱がさしている。それにあたしから視線を逸らしてる。

 全く。

 ホント昔からこういうところ変わらない。

 可愛いやつ。

 そして、いつまでも手の掛かるやつ!


「休憩しようぜ、みんな!」


 あたしはバイオリンを下ろした。

 シュンをあたし色に染める独唱曲。悪くない。

 レモンスカッシュに口をつけながら、あたしはふと──そんなことを思った。

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