タマゴが繋いだ奇跡
サークルの夏合宿のお題「たまご」で書いたものです。
とある村に一人のハンターがいた。彼は早くに両親を亡くしており、親類もいないため、物心ついた頃には家族と呼べるような存在が無かった。彼の両親は生前、優秀なハンターとして有名だったこともあって彼もその才能を受け継いでいた。おかげで幸い生活に困ることは無かったが、どんなにお金があっても名前が知られていても心のどこかには寂しさが宿っていた。
ある日のこと、洞穴の奥深くで眠りについていたと伝えられるドラゴンが目を覚まし、近くにある森林に姿を現しているらしいという情報が村中に広がってきた。この村は遠い昔ドラゴンの攻撃によって全焼の危機に遭ったことがあったため、村人たちはドラゴンを恐れており、何とかして村への侵攻を阻止したいと願っていた。そこで彼に白羽の矢が立った。村の中で腕の立つハンターは彼しかいないこともあってか、こういう事態が起こると真っ先に指名される。それなりの対価は与えられるけれども、どうにも都合よく扱き使われているような気がしてならなかった。とはいえ住んでいる村にドラゴンが来て暴れるというのは彼としても避けたいことなので、目的地である森林へ向かった。
戦いはいつもより苦戦した。心の中のもやもやが晴れなくて集中力に欠けている。彼の様子には相手も気づいており、戦闘を中断して話しかけてきた。
「もうやめにしないか。私にはお前と戦う理由など無い。……全く、あの村を襲った同族のせいでおちおち散歩もできん。私はお前に殺されたことにしておいてくれ。帰って寝る」
彼が突然の事態に何もできずにいると、ドラゴンが羽ばたきながらこちらの方を見て一言つけ加えた。「何かあればいつでも私の洞穴に来い。歓迎するぞ」――彼は洞穴の方へ飛び去って行くドラゴンをただ茫然と見つめることしかできなかった。
彼が村に戻り、危険が消え去ったことを伝えると村中はたちまち安心感に包まれた。彼はドラゴンを退けた英雄として崇められ、数々の金品を報酬として受け取った。自宅に帰ってそれらを整理しているとその中の一つに異様な物体が混じっていることに気が付いた。青く光る……これはタマゴ?もぞもぞ音を立てて動いているので食べる方のではなく何かしらの生き物のタマゴであるらしい。しかしこんなタマゴ見たこともない。一体何が生まれてくるというのだろうか。今までずっと淡々と日々を過ごしてきた彼にとって久しぶりに興味を引くようなことが起こった。
何日か経って仕事から帰ってくると暖炉の上に置いてあったタマゴから突然青白い光が発生した。ついに孵化の瞬間が来たのだ。彼はごくりと唾を飲んだ。
「これは……」
タマゴから生まれたのは小さなドラゴンだった。つぶらな瞳がとてもかわいらしく、彼の心を弓矢のごとく射抜いたのだが、すぐに不安に襲われた。彼はずっと一人で過ごしてきた。人間はおろか他の生物と一緒に生活したことなんて一度も無い。それにこの村の人々はドラゴンをひどく恐れ、敵視している。今はまだ小さくてかわいいけどそのうち成長してあの時対峙したドラゴンのような巨体になり、言い伝えと同様に村全体を破壊するかもしれない。だからと言ってその辺に放り出すわけにもいかない。導き出される結論はただ一つ、
「こいつとこの村を出る」
実際いい機会だったのかもしれない。あの日以来何かにつけて物事を頼まれることが増え、プライベートで出歩いているだけでも村人たちが彼につきまとってきて心の休まる暇も無い。あのドラゴンはおちおち散歩もできないと嘆いていたが、彼もまさに同じ状態だった。しかし、村を出たはいいがこれからどこへ行けばいいのだろう。自分一人ではこの生物を上手く育てられる自信が無い。その時、彼は思い出した。「何かあればいつでも私の洞穴に来い。歓迎するぞ」という言葉を。今がまさにその時だ。彼の心から一切の迷いが消え、ただひたすら洞穴を目指して進んでいった。
洞穴に着くとすぐにあの時のドラゴンが彼を出迎えてくれた。彼がタマゴから生まれた竜のことを説明するとドラゴンは快く養育の手伝いを承諾した。
「今からこいつの両親はお前と私だ。私たち三人はこれから家族になるのだ」
「家族……」
彼の心は一瞬にして晴れた。今まで孤独だった者同士がタマゴを通して一つになったのだ。彼はドラゴンに抱きつき、涙を流した。ドラゴンは何も言わず、彼の頭を優しく撫でた。
今、彼は幼竜と共にドラゴンの背に乗って空の旅をしている。彼ら三人が外に出ても安心できるような新天地を探して——。
たまご、と言われて思いついたのがこれなあたり私の脳内にはファンタジーランドが広がっているようです。私もドラゴンと家族になりたいです。