第一章:勇者たちの初陣2話孤独な夜と二人の希望
「ねぇーあんた~うちで遊んでかない? あんたなら顔も良いし
可愛がってあげるわよ~」
頬に白い柔らかそうな手のひらを乗せて、二階の窓越しから綺麗な女の
人がこちらに笑みを浮かべている。
「すみません……この辺に安い宿はありませんか?」
暗闇から逃れるように俺の足は光を求めて進んでいた。
結果、娼婦街に迷い込んでしまったようだ。
先ほどから道端に並ぶ娼婦たちや、がらの悪い男たちと何度もすれ違っている。
娼婦たちは綺麗な召し物を着飾っているが、中にはボロボロの服で商売している
者たちもいた。頭上にいるのは前者のほうだ。
女は残念そうに不満丸出しで頬を膨らませる。
「なんだい---お金の無い殿方かい顔は良いのに残念ね。
うーん、街の外側に行ったら良いんじゃない? 比較的安い
宿が沢山ひしめき合ってるはずよ」
街の外側か、もう少し情報がほしいな。
そもそもここがどの辺なのか全く見当がつかない。
「なるほど、ちなみにここは街のどのあたりなんですか?」
「ここかい? ここは街の南にある娼婦街さまっすぐこの道を
進めば、二三軒くらいなら宿があると思うわ。でも空き室が
あるかどうかはわからないわよ?」
「そうですか。ありがとうございます」
「まぁー気をつけてお行きよ。この辺りは街の中心と比べると
不逞の輩が闊歩してるからねーあんたみたいな優男いいカモだからさ」
つまり治安はそれほどよくないと言いたいわけか。
確かにナイフ一つ持っていない今の俺には少々危険な場所かもしれないな。
「カモですか……気をつけます」
娼婦街の女の言うとおり道を進んでいくと、フラグを踏んだかのようにして
男三人が暗がりから現れた。でかいの小さいの細いの大中小トリオの登場だ。
腕をポキポキ鳴らし、気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「なぁー小僧、その袋に入ってる物をくれないかな~僕らすごく困ってるんだよね~」
「そうそう、ホント~息子が倒れてお金がいるんだよね~」
「だからさぁー金よこせ!」
どこの世界にもこんな連中はいるもんだなぁー。
おとなしく金を渡せば痛い目には合わないだろうが
今の俺に金を失うという選択肢は考えられない。
俺はまっすぐ正面突破を試みる。一番動きがトロそうな
大柄の男に向けて突進した。男は一瞬驚きながらも
すぐに腕を振るってくる。
「逃がすかよ~!」
男の拳を紙一重で交す。
高校時代はこんな喧嘩は日常茶飯事だった。
俺には霊が見える。それが原因で喧嘩やイジメが横行した。
何度もやっているうちに喧嘩慣れしてしまい大概の事には対処できた。
だからこそ、現在俺は冷静でいられた。
おれは男の攻撃を見きわめ、僅かに背を低くして男の腕をかいくぐる。
「くそぉー」
男の声が背後から聞こえるが振り返る事なく、俺は狭い路地を走り抜けた。
10分ほど駆けると、男たちの姿はなくなった。
「ふぅー久々に走ったな」
大学に入ってからは喧嘩をしなくなった。
そのせいか体力が大分低下しているようだ。
息を切らせながら俺はゆっくりと宿を目指して進んでいく。
「この辺りだよなぁー」
街を覆っている巨大な外壁がさらに大きく見えた。
大分外側に近づいたのだろう。周囲をちらほら探っていると
宿らしき看板が目に入る。
「お、宿だ」
看板の先には暖かなランプの明かりが照らされている。
「あのすみません~」
扉を開き、中へ入ってみる。
中にはウエイターのようなタキシードをきた男がカウンターのような
場所に佇んでいた。
「いらっしゃい」
髪の無い中年のオヤジだ。
俺は金貨一枚を取り出し、カウンターに置いた。
「すみませんが一晩止めていただけませんか?」
髪の無いオヤジは困ったように言う。
「すまないねぇーもう空き室が無いんだよ」
「そ、そうですか……」
俺はカウンターに置いた金貨を手に取ってポーチに収めた。
他な店をあたってみるか。他にも宿らしい看板が何軒か見えたし。
数時間後------街の公園噴水前。
「クソがー!何が勇者の召喚シーズンだぁー!地方から勇者目当てに
旅人が集まって宿はその客で大賑わい。安い宿は全部押さえられ、
残ったのは超高額宿泊所のみ、通常の宿は銀貨5枚程度で宿泊できるらしいのに
その宿ときたら金貨3枚要求するときた、そんな店泊まれるかよ!」
事前の情報収集で金貨がどれぐらいの価値なのか理解していた。
この世界には銅貨、銀貨、金貨が存在し、銀貨1枚は銅貨10枚分に匹敵し
金貨は銀貨100枚分に匹敵する。安宿に止まり続ければ三年は住む場所には困らない
ことになる。だからこそこんな場所で金を使うわけにはいかないのだ。
「くそー止まる場所が無いのは痛すぎる。この寒空のした野宿か……
野宿なのか……あぁー今頃信の奴は城で豪遊してるんだろうな~
骨付きの肉とか、魚とか沢山食べてるんだろうな~」
よくよく考えれば俺は今日何も食べていなかった。
同時に腹の虫が唸る。
「ぁあー腹減った……」
街を見渡すが宿らしい場所しか見当たらない。
どうやら飲食店は夜には店をたたむようだ。
もしは今いる場所は宿が集中し、飲食店は街の中央のほうが多いのかもしれない。
しかし、光が少ないせいか、空を見上げれば無数の星々が連なり
巨大な白い月が遥か天空からこちらを眺めている。
「異世界か……」
星はどの世界でも同じように輝いているんだな。
「どうか私の家族をお助けください」
「う、またお前かよ……なんか気配を感じると思ったら
さてはずっとついてきてたな?」
俺の視界を突然黒い影が覆った。
半日前にその影とは出会っている。
この世界に召喚されて、誤って牢獄に投獄された時だ。
それは幽霊。やせ細った中年の男の幽霊だ。
「勇者様は幽霊と会話のできるのでしょう? ならば
どうか私の……」
「なんで俺が助けなくちゃならないんだ?」
「どうか……娘を助けて下さい。私の愛しい家族をどうか……
私は死んで始めて気付いたのです。私のかつて愛したあの女性が
あんな苦しい生活をそして私の娘を生んでいた事を……」
だからなんで俺が幽霊の頼みごとを聞かないと行けないんだ。
しかも話の内容からして明らかに金銭がらみだ。
こいつ、俺の金を利用しようとしてるのか。
「だからなんで俺が」
「私は死ぬ前はそれなりに大きな屋敷で暮らしているのです。
あらぬ疑いをかけられ、私は投獄されあの牢で死を迎えたのです」
「いやだから俺はそんな話聴くつもりは……」
だから俺の話を聞けって、俺はお前を助ける気なんて。
「私の一族には隠し財産がありまして……それを伝える前に私は死に」
「いや、だから俺は……って隠し財産?」
「はい、莫大な隠し財産をとある場所に隠してあるのです」
「それマジな話ですか?」
「嘘は申しません」
しばらく話した結果、この幽霊はかなり有力な貴族だったようだ。
話のよると隠し財産はその住んでいた屋敷に隠されているのだとか。
財宝の八割を娘達に渡してくれれば残りの二割を報酬としてくれるらしい。
一時間後、貴族街の一隅。
腐敗の進んだ大きな屋敷の中を俺は進んでいた。
そして大きな扉の前で足を止める。
「この部屋だ」
薄い青色姿の霊はそう言って扉の先へ消えていく。
「埃臭いし、蜘蛛の巣だって大量に張ってるし……本当にひどい場所だ」
俺は文句をいいながら、部屋の中へ入る。
部屋には手付かずのベットやテーブルが置かれている。
その中で、幽霊は壁にはられた大きな似顔絵の前に浮かんでいた。
「それか?」
「この似顔絵は私の曽祖父の物でして、曽祖父は各地に眠る古代の遺産に
とても興味を持っていて様々な物を収集していたのです。無論財宝や
呪われた宝石のたぐいも多く集めていました。最初はそれらの財宝は
屋敷の地下に保管していたのですが、流石に量が多くなりすぎて別の場所に
隠すことになったのです。そこで手にしたのがこの不思議な絵でした。
正確には指定された空間と空間をつなげる魔法が付与された古の道具。
その場所がどこに存在しているのかはわかりません。しかし人もなく
天変地異も怒らない。だからこそ曽祖父はそこに財産を隠したのです」
「すごい絵なんだな」
「はい、この絵を私の娘や愛する人に渡して欲しいのです」
「それは良いが、本当に違う場所につながってるのか?」
「気になるのなら自分の目で見てみてください」
お言葉に甘えて見させてもらうとしよう。
おれは恐る恐る絵に手を触れてみる。
すると、手は絵の中に入り込み、まるで水面のようにユラユラと絵が波を打つ。
「マジで入れそうだぞこれ」
続いて頭を絵の中に突っ込んでみる。
絵の中には体育館ほどの広いスペースが広がり、古めかしい祭壇のような者が見えた。同時に数多くの金銀財宝が目に留まる。
「うはぁーマジで隠し財産じゃん……かなり貯めこんだみたいだな~」
ピラミット上に段々となっている祭壇の上には絵や金貨石像や宝石などが無造作に
置かれていた。見る限り出口らしい出口もなく、完全に封鎖された空間に思えた。
確かにここなら誰にも見つかりそうにない。
「なぁー本当に20%もわけてくれるのか?」
「もちろんです。装飾品なら何でも持って行ってください。宝石なども持ち帰って
構いません。しかし銀貨や金貨などは娘に……」
宝石も金に変えればかなりの額になるだろう。やはりいい話だ。
幽霊にしては珍しく幸運を運んでくれて来たようだ。
「わかった。じゃー早速この絵を持ってお前の言う家族に会いに行くか」
「ありがとうございます」
それから幽霊の案内の元、幽霊の家族のいる場所に向かった。
1時間ほど歩くと、そこはみえてきた。
町外れの小さな本当に小さな小屋のような場所にその二人は住んでいた。
中からは微かにランプ光が見える。俺は窓越しからその二人の様子を伺った。
一人はかなり可愛い黄金色をした16歳くらいの少女だった。
もうひとりも気品があり、どこか優しげな黄金色の髪の女性だった。
「じゃー俺はお前の親戚で、お前からこの遺産を渡すように言われていたと
説明すれば良いんだな? それに俺にも20%ほどの遺産をもらう権利があると
主張すればいいわけだ」
「その通りです」
「わかった」
俺はその家の扉を開き、そして二人の女性に幽霊と話し合って決めた
作戦を実行した。
それからしばらくして、二人は泣きだしたり、困惑したり、本当に
忙しい時間が続いて、ようやく絵の事を説明することができた。
そして絵の中に入り、俺は約束の品々を頂くことに成功したのだ。
何度も頭を下げて感謝する二人に見送られながら俺は彼女たちの住む家から
出て行った。するとすぐにあの霊が俺の前に現れる。
「本当にありがとう。これで私も思い残すことなくこの世をされる
本当に……本当にありがとう」
「あぁ、じゃーな。おっさん」
「なんだかとても気持ちが良い……あぁ、これが召されるということか……」
そう言って幽霊は黄金色に輝きを放ち、天高くへ登って行った。
おれはその光景をほっとするような表情を眺める。
「ふぅーいろいろあったが、なにわともあれタダ働きではなかった」
ポーチの中には指輪や宝石が多く押し込められるような形入っている。
持ち出せたのは手軽な物ばかりで、それでも売ればそれなりの額になるだろう。
これなら高級宿屋に泊まってもお釣りが来るかもしれない。
俺はそう思い、高級宿屋がひしめく宿屋通りに向かって足を進めた。
…………
………
一時間後、夜の10時ぐらいだろうか。
今俺は再びあの噴水のあった公園で座り込んでいた。
「くそ……高級宿屋ですら満員とは……一体どうなってるんだ」
深い溜息と共に野宿という選択肢が脳裏をよぎった。
「マジよかよ……今日は野宿……なのか」
俺はかなり落ち込んだ表情で足元に視線を落とした。
全身に脱力感がにじみだし、溜息ばかりでる。
さらにまた、妙なものが目に飛び込んできた。
骨だけの魚が空中をゆらゆらと三匹泳いでいるのだ。
その骨、骨魚は俺の周りに群がっている。
「うぁ、なんだこいつら」
すると、俺の座っている噴水の逆方向から声が上がる。
「霊界大陸に住まうボーンフィッシュ。負のエネルギーが大好物」
その声の主はゆっくりとこちらに近づき、一礼した。
ゴスロリチックな白と黒のスカートに耳を隠すほどの紫色の髪をした
高校生くらいの少女。手には杖が握られ、耳には宝石のイヤリングのような
物をつけている。胸元には水晶のような無色透明な結晶が紐で結ばれ垂れ下がっていた。
「この世界にはこんなものまでいるのか」
「普通は見えない」
少女はゆっくりとした口調で言った。
「ど言うこと?」
「ボーンフィッシュは霊界大陸の生き物。さっき貴方が助けた
霊体と同じ。だから普通の人には見えない」
そう少女は首を左右に降った。
「まじかよ……幽霊ってことか」
「幽霊?」
なんで俺こんな事話してるんだ。
思わず言葉を返したけど、一体何者なんだこの子。
幽霊という言葉に少女は反応した。
「えっと……死んだ人がぼんやりと見えたりした時
その人の事を幽霊って呼ぶんだけど」
「幽霊……なんだかいい響き。気にった……」
少しうれしそうな表情を浮かべる。
かなり変わった子だ。
「ところで君はなんで俺が幽霊を助けたって知ってるんだ?」
「ずっと見てた。幽霊見える人間この世界あまりいない」
「見てたって……いつから」
「この噴水の場所であの幽霊と話始めた頃から」
「最初からか……全然気が付かなかった」
「私の魔法」
「魔法?」
「うん、これ使った」
少女はそう言うと、杖をトンっと地面に向けて突いた。
すると足元に紫色の光が走り、円を作ると少女を包み込んでいく。
数秒後、光は少女の中へと消えていった。
「見ていて」
そういうと少女は数歩後ろ下がった。
「あれ、消えた」
少女が後ろへ数歩下がったと思うと少女は跡形もなく視界から消えてしまう。
「これが私の得意な魔法……名前はシャードネイル。自らを闇に隠し認識させない
魔法」
足音と共に再び少女の姿は見えるようになった。
「すご……」
少女は少し恥ずかしそうに頬を描いた。
「私の魔法、あまり理解されない。褒められる事少ない。だから少しうれしい
ありがとう」
「魔法ってやっぱすごいんだなー」
笑っているのか何かを我慢しているのかどちらかわからない表情を少女は浮かべる。
「私はお前気にった。私と同じ世界が見える人なかなかいない。理解してくれる人
なかなかいない。だからお前が良ければ友達になってくれ」
出会って数分で友達って、すごい子だな。
俺は内心そんなことを思いながらも二言返事で了承した。
「そうか、ありがとう。とこでお前、名前は何だ」
「俺? 俺は春文。石田春文だ」
「ハルフミか……私はエルリス・エリス」
「エリスか、いい名前だな」
「下の名前を呼ばれたのは久々だ……」
「呼んじゃ悪かったか?」
「いや……嬉しい」
子猫のように可愛らしく少女は笑った。
「そっか」
少女はもぞもぞとしながら続ける。
「ハルフミは今日泊まるところ無いのだろう?」
「聞いてたか……まぁーなんとかなるよ野宿でもなんでもすれば」
「野宿寒い、簡単に人死ぬ。だから良ければ家に……」
女の子が何言っちゃてんの、男を家にあげるって事はそれはかなりの
リスクを背負うということだぞ。まぁー俺はそんなことしないが、世の
男どもは獣が多い。軽はずみにそんなことは言うものでは無い。
俺は紳士的にそれを断ろうとするが。
「兄様も喜ぶ多分……」
「お兄さんいるのか」
兄がいるということはこれはセーフだよな。
これなら言葉に甘えて泊まることができる。
「うん。優しい兄さんいる。だから家に泊まるといい」
「いいの?」
「問題ない」
「じゃ……」
なんとか野宿は回避できそうだ。
これもあの霊が運んできた幸運か。
俺はそんなことを思いながら彼女の家へと向かうことになった