第4話、ファーストキスの思い出
「はあ〜、疲れたな〜」
客間の畳の上にカバンを置くと、その場に座り込んだ。
結局、あれから目的の電停まで。
僕は、姉さんを抱き止めていたのである。
時間的には、それ程かかって無いはずだけど。
何だか、とても長く感じられた。
・・・
「姉さん、胸を撫でられると、くすぐたいよ」
電車の中で、余りにもくすぐたかったので、思わずそう言った途端。
「ご、ごめんなさい!」
姉さんは、慌てながら上を向き、真っ赤な顔で謝る。
「ごめんなさい……、ま〜くんの触り心地が余りにも良かけん。
思わず撫でてしもうたと……」
そして、小さな声で、俯きながら言った。
・・・
そんな事があり、目的の電停から降りた後。
歩きながら、伯父さんの家に向かう途中でも。
「……」
「……」
二人とも、お互い黙っていた。
僕は腕の中にあった、姉さんの柔らかな感触を。
姉さんは思わず、僕の胸を撫でていた事を。
お互い、そんな事を思っていたので、自然に無口になっていた。
そんな気まずい雰囲気のせいで、暑い気温に注意が向かない程だった。
そして、二人は無口のまま、伯父さんの家へと向かった。
*********
今、僕は伯父さんの家に着いた所だ。
伯父さんの家は、熊本城が見える市内でも古い家が多い地区にある。
古い家と言っても、ボロでは無く。
城下町らしい、品の有る古い家が多いのだ。
僕達は電停を降りると、そこから裏通りを奥へ十数分程歩いた。
そして伯父さんの家に着くと、玄関で伯母さんに出迎えられた。
「あらあら、しばらく見ん[見ない]内に大きゅうなって〜」
伯母さんは、僕を見やいなや。
僕の両頬を掴み自分の目の前に近づけた。
姉さんに似た、目尻が少し垂れた。
穏やかで、整った顔が目の前に見える。
僕は、そんな伯母さんを見て。
“ああ、姉さんは母親似なんだなあ”と思ってしまった。
所で、伯父さんの姿が見えなかったので聞いてみると。
本来は休みなのだが、工場でトラブルが有ったらしく。
急遽、出社したそうである。
・・・
僕が、客間でエアコンの前で涼みつつ。
TVを見ながら、今までの事を思い起こしていると。
突然、障子の向こうから。
気配と共に、姉さんの声が聞こえた。
「……ま〜くん、入って良か?」
「良いよ〜」
姉さんがそう言うので、僕は返事をした。
声の様子からすると。
まだ、よそよそしい部分があるが。
どうやら、さっきの事は落ち着いた様だ。
姉さんが部屋に入って来ると。
手に何かを持っているのが見える。
「ま〜くん、これ食べてみん?」
「ん、何に〜? 姉さん」
「ま〜くんに、アイス持って来たけん」
姉さんは、両手にブラックモン◯ランを持っていた。
そうそう、このアイスは九州が本場だった。
最近は、向こうでも存在は知られる様にはなったが。
売っている所は、殆ど無いんだよなあ。
僕は、姉さんからブラッ◯モンブランを受けとると。
袋を破いて、食べ始める。
*********
姉さんも隣に座り、アイスを食べて始める。
姉さんは、女の子座りで、僕と一緒にTVを見ている。
「ねえ、ま〜くん、この映画。見たこと無か?」
「うん、確かに見たことがあるね」
TVでは、映画が流れていた。
この映画、どこかで見たことがあるなあ。
しかも、姉さんと一緒に。
「確か、姉さんと一緒に見た事が・・・」
「そう、ま〜くんと・・・、あっ!」
「どうしたの?」
「……あん時ん映画ばい」
「いつの?」
「ま〜くんとキスした時ん……」
「あっ!」
僕は、姉さんの言葉で思い出した。
この映画は、姉さんとキスした時の映画だった……。
そう、僕のファーストキスは、姉さんなのである。
*********
……あれは、僕が幼稚園くらいの頃に、ここに来た時の事だ。
たまたま、誰も居ない所で二人きりでテレビを見ていると。
確か何かの映画だったのかもしれないが、画面にキスシーンが流れていた。
それを見た、僕が。
「ねえ、お姉ちゃん、あれ何してるの?」
TVとかで、時々見るのだが、なぜか母さんたちには聞き辛かったので。
姉さんに、聞いてみることにしたのだ。
「ん、ま〜くん、あれはチュウたい?」
「チュウ?」
「そう、好きなもんと好きなもん同士が、する事たい」
「じゃあ、僕、お姉ちゃんとチュウする」
「えっ」
「僕、お姉ちゃんの事、大好きだから」
「でもね、これは……」
「お姉ちゃん、僕の事嫌い?」
「はあ、しょうが無かね。
それじゃあ、ま〜くんとチュウするけん〜」
「うん!」
僕が嬉しそうな返事をすると。
徐々に姉さんの顔が近づき……。
……そして、そのままキスをしたのである。
・・・
「(カーーー!)」
僕は、その時の事を思い出して。
顔から火が出るほど熱くなる。
そうだった、キスの意味も分からない、マセせた僕が。
優しい姉さんに、キスをおねだりしたのだ。
「……」
姉さんの方を見ると。
姉さんもその時の事を思い出したのか。
顔を真っ赤にさせていた。
そして、客間の空間に。
また、あの気まずい雰囲気が復活したのであった。
熊本北部では食べますが。
市内でブ◯ックモンブランを、食べるかどうか知らないので。
あくまで想像です。