第21話、阿蘇へ行く(後)
そうやって、牛を観察した後。
僕達は、草原の先へと進んで行った。
草原の先に進み、後ろを振り返る。
向こうには、やって来て道路と。
その近くで、小さな人影がポツポツと見える
姉さんもそれを確認してから。
普通の音量で話し出した。
「ここなら、大丈夫のごたるね」
どうやら、何か話したい事があるみたいだ。
だから、話をしても大丈夫な、こんな所まで来た様である。
「……ねえ、ま〜くん。
昨日、一緒にお風呂入ろうって言うた時。
ま〜くんやったら良かって、本気で思おとっとたよ」
「えっ!」
「ま〜くんがこっちん来る前から。
ま〜くんと会うとば、楽しみにしとったとよ。
可愛か、ま〜くんと一緒に居る[居る]と、いっつも楽しかけん」
「……」
「でも、久しぶりに見た、ま〜くんは。
凄く良か男ん子になっとったけん、ビックリしたとたいね」
「そんな……、僕は大した事は無いよ」
「ううん、余りにも格好良〜[良く]なっとたけん、ドキドキしたとばってんが。
会うと、昔と変わりんなか、ま〜くんやったけん安心したと」
姉さんがそう言うと、僕の胸に飛び込んできた。
僕は反射的に、姉さんを抱きとめる。
「昨日、濡れた時、ま〜くんが私ば温めよったよね。
あん時、直に感じよる、ま〜くんの感触と体温ば感じよったら。
今まで、胸でモヤモヤしよった[してた]物の正体が分かったとよ」
「……何だったの?」
「それはね、私は、ま〜くんと恋人として一緒に居たかと。
今までは、仲が良か可愛か従弟として、一緒に居たかと思おとったけど。
ま〜くんば駅で見た時から、一人の男の子としてしか、見れんごつなってしもうたと。
せやけど、今まで従弟としてしか見とらんかったから、気付くのに時間が掛かってしもうたとやけど」
「……」
「だけん、あん時、ま〜くんだったら、どぎゃんなっても良かって思たと。
そぎゃんしたら、もう、ま〜くんと従姉弟以上の関係になれるけんて」
「でも、僕は姉さんを傷つけたくなかったから……」
「そうだよね、ま〜くんは優しかけん、私に乱暴か事ばせんて思おとった。
だけんがら、ま〜くんになら、何ばされても良かって思ったと」
「……姉さん」
「ねえ、ま〜くん、私はま〜くんが好き。
従弟としてじゃのうて、一人の男の子としてま〜くんの事が好きたい。
ねえ、ま〜くんは、私の事ばどう思〜とっと[思っているの]?」
・・・
姉さんが顔を上げ、潤んだ瞳で僕を見詰めている。
その不安に揺れる、表情を見ながら。
僕は、今までの事を思い起こす。
「(確かに僕も、姉さんを、可愛がってくれる従姉のお姉ちゃんと思っていたけど。
久しぶりにあった姉さんは、とても綺麗になっていた。)」
「(そして、くっ付いて来るたび感じる。
姉さんの良い匂いと柔らかな体に、否応なしに姉さんが女の子だと認識させられたが。
同時に、軽くて細い体に、大事に扱わないといけない存在だと、思ってしまう)」
「(久しぶりに会って、僅かだけど。
僕も、姉さんといつまでも一緒に居たいと思っていたし。
この腕にある、柔らかな感触が無い事を考えられない)」
「(そうだ! 僕は姉さんの、この感触を手放したくは無いのだ!)」
頭の中で、今までの事を整理して。
僕も姉さんと、同じ様な答えになったのに満足すると。
「姉さん、姉さんを駅で見た時。
始め、誰か分からない位に、姉さんが綺麗なっていた。
だけど僕も、会うと昔と変わらない、姉さんだったから安心したんだよ」
「えっ?」
「姉さんは良く、僕の隣に居たけど。
いつだって僕は、姉さんを女の子だとイヤでも認識させられたし。
姉さんの、柔らかい感触にドキドキしていたけど、同時に安心もしていた。
それに、華奢な体に触れていると、大事にしないといけない存在だとも思った」
「だから僕も、姉さんと一緒に居たいと思ったし。
この腕にある、存在を離したくない」
「あぁ……」
僕がそう言って、姉さんを強く抱きしめると。
姉さんが小さな声を洩らした。
「……じゃあ、ま〜くん」
「僕も、姉さんが好きだよ」
「……嬉しかぁ」
姉さんがそう言って、僕の胸に顔を埋める。
僕も姉さんの、頭を優しく撫でた。
・・・
遠くを見ると変わらずに、道路の所で人が小さく見える。
だから、僕たちが何を話し、何をしているのか詳しくは分からないだろう。
一旦、遠くを見た後、次に姉さんを見た。
姉さんは、僕の胸に顔を埋めていたので、表情は見えないが。
とても満足な様である。
僕も変わらず、姉さんの頭を撫で続けた。
そうして、しばらくの間。
夏の日差しが降り注ぐ草原で、ヒンヤリとした風に身を晒しながら。
僕達は、抱擁を続けていたのであった。