第15話、繁華街に行く
翌日の朝。
目が覚めると、姉さんの姿が無かった。
最初、夢でも見ていたのかと思ったが。
しかし、僕の横に人一人のスペースが開いていたので。
昨夜の事が、夢では無かったのは間違いない。
そんな事を考えつつ、布団から起き。
それから顔を洗い、食堂の方に向かう。
食堂に行くと、姉さんが既に、食卓に着いていた。
台所の方では、伯母さんが、ちょうど何かを作っていた所だ。
「ま〜くん、今日はパンやけん食べんね」
姉さんが手招きしながら、ウインクして合図する。
どうやら、納豆が苦手な僕の事を気遣ってくれたみたいだ。
「母さんには、私が食べたかって言うたけん。
あの事は、何も言っとらんよ」
席に着くと、小声で僕にそう言った。
納豆の事は、伯母さんには黙っているみたいだ。
「ほら、出来たけん食べんね〜」
その直後、伯母さんが、目玉焼きにサラダを持ってきた。
伯母さんも席に着くと、僕達は朝食を食べ始めた。
ちなみに、伯父さんの姿が見えないのは。
工場のトラブルがまだ続いていたので、朝早くから休日出勤しているからである。
「何で、休みやとん、朝早よ〜[朝早く]出らんといかんとかね」
伯父さんは昨日、居間で、その事で愚痴っていたのだった。
*********
「ねえ、ま〜くん。
今日は、市内の方さん行こうか」
「市内?」
「うん、下通、上通とか、新市街の方にね」
「要するに、繁華街に行くんだね」
朝食を終えた所で、姉さんが急に言った。
「うん、今日も父さんが仕事があるけん。
ま〜くん|ば、どこさんでん連れて行かれんけん。
また私と、外さん行かん?」
「姉さん、良いの?
どこかに遊びに行く予定とか無いの?」
「別に良かよ。
盆の間は、ま〜くんと一緒に居る予定やから」
と、姉さんが、にこやかに言う。
それで、今日も二人で外に行く事になった。
その間じゅう、近くで伯母さんが。
妙にニコニコしながら、僕たちを見ていたのだった。
*********
(カタンカタン)
「もう着くけん、降りようか」
「うん」
二人で、市電に乗り移動していた。
あれから準備をして、伯父さん家を出たのだが。
姉さんが準備に手間取り、大分遅くなったのである。
今日の姉さんの姿は、ゆったりとした、大きめの白いプリントTシャツに。
白地に細く黒い線だけど、目が細かいので黒っぽく見える。
チェック柄キュロットと。
足元は、素足にグレーぽいベルトで、底が高めのサンダルだった。
目的の、通町筋の電停に着き、まず僕が先の降りた。
先に降りて、一応、姉さんをエスコートしないと。
乗ってきたのが古い型の電車なので、車両の床が高く。
降りるとき、車両のステップを踏み外さない様にである。
「きゃっ!」
「危ない!」
そう思った途端、姉さんがステップを踏み外した。
僕は咄嗟に姉さんを受け止める。
(とん!)
「(か、軽い……)」
姉さんを胸に受け止めたが、その予想以上の軽さに、少しだけ驚く。
姉さんの軽さは、もう分かっているつもりだったが。
それでも、改めて認識してしまう。
「ねえ、ま〜くん……、早う[早く]降ろして欲しか……」
「あっ、ごめん、ごめん」
僕が、姉さんの軽さを、噛み締めていたら。
気付かないまま、姉さんを持ち上げて、抱えた状態になっていた。
それに対し、姉さんが頬を赤くさせながら。
恥ずかしそうに、降ろしてと言ってきたのである。
僕は姉さんの声に気付き、慌てて姉さんを降ろした。
*********
道の真ん中にある電停なので、電停の左右に横断歩道があり
まだ信号が赤なので、横断歩道の前で立ち止まっていた。
道に沿った向う側には、熊本城が綺麗に見えていた。
ここは、熊本城の近くにあるだけで無く。
道が、熊本城に向かって伸びているため、城が綺麗に見えるのである。
僕は、向こうに見える城を見ながら。
少しでも、心を落ち着かせていた。
姉さんも、先ほどの事があるのか。
頬を赤らめた状態で俯いて、立ち止まっていたのである。
・・・
そして、”とおりやんせ”の音楽に合わせ信号が青になる。
「……ゆ〜くん、手え繋ごう……」
「えっ?」
姉さんが、青になったのと同時に。
手をおずおずとしながらも、差し出してきた。
姉さんが遠慮がちにこちらを向きながら、誘ってきたので。
僕は最初、理解出来なかったが。
すぐに、姉さんのご要望が分かったので、その手を握る。
姉さんの手は、何回か握っているが。
柔らかく感触の良い手は、いくら握ってもまるで飽きない。
僕が手を握ったら、姉さんが俯いていた顔を上げ。
安心したように、微笑んだ。
こうして僕達は、手を繋ぎながら。
横断歩道を、渡って行ったのである。
(※通町の写真は、Wikipediaからの転載です)
Wikipedia通町筋の項。
https://ja.wikipedia.org/wiki/通町筋
Wikipedia通町筋停留所の項
https://ja.wikipedia.org/wiki/通町筋停留場
通町筋電停からの熊本城の風景は。
TVとかのカットで、熊本の代表みたいに出るので。
写真を見たら、”ああ!”と思うかもしれませんね。