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その双子、笑わぬ光と笑う闇  作者: 桜香&水月
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目。

夢を見ていた。

白い翼で、大空をはばたいている夢。

僕、櫻崎桜香(さくらざきおうか)は満月を背に、森の中にぽつんと建っている大きな屋敷を見下ろし、ぴたりと空中で停止した。

周りは木ばかりで、確かな道すらない。あれでは最初から知っている人でなければ、地上からは見つけられないだろう。

ふと顔を右に向ける。

そこには見慣れた黄金色の月とは別に、小さめの真っ赤な月が浮かんでいた。

視線を戻すと、やはり中世風の屋敷は、違和感と威圧感を放ちながらそこにたたずんでいた。

ここはどこだろう。

「桜香、朝だぞ起きろ」

どこからともなく声がする。

確かこの声は……。

声の主を探して振り返ろうとしたそのとき、翼がぱっと光の欠片になって消え、僕は落ちた。

夢だとわかっていたので慌てはしなかった。落ちながら冷静に、足を月から地面に向ける。

予想通り、地面に激突する前にふっと身体に重力が戻り、足がつくかつかないかのところでふわふわと浮いていた。

どこからか、懐かしいような、聞き覚えのある子供の声がする。

目の前を四、五歳の赤と青の髪をした女の子が通っていった。

赤い髪の子は優しい目で、青い髪の子を。

青い髪の子は無邪気な目で、赤い髪の子を。

まるで天使のように、楽しそうに走りまわっている。

「おーい、いい加減に起きろー」

また声が聞こえたが、無視して走りまわる女の子たちをしばらく見つめていると、思い出したかのように唐突に、胸にずきんと痛みがはしった。黒の左の目は何事も無く女の子たちを見据えているのに、自分の真紅の右の目からは、涙がこぼれる。

そっと拭ってみると、それは涙なんかではなかった。もっと赤い、何か。

なぜか、懐かしさを覚えた。

「おーい!遅刻すんぞって、桜香!」

何も聞こえないふりで、拭った手についた、その暖かくて気持ちの晴れるような赤いモノを見つめる。

「桜香ってば〜……ったく」

……まったくうるさい。さっきからなんだ。

心地のよい夢を邪魔されたくなくて、だんだんといらついてくる。

「うるさいな〜もぅ……くー……」

またどこかから別の声がする。

これは多分自分の声だ。じょじょに周りの景色が暗くなる。

女の子たちはその暗闇に吸い込まれ、声も聞こえなくなった。

「ゴラァ!起きろ桜香ァ!五十嵐さんに叱られんぞ!!」

地面が消え、さらに目の前の屋敷が下からばらばらと崩れていく。自分も足から壊れていく。

「う〜……」

次に見た光景は、いつもの天井だった。

そこに描かれた小学生たちの落描きを見て、ふぅ、と小さくため息を吐く。

妙にリアルな夢だった。前からよく夢をみるほうではあったけれど、今回の夢は特に記憶に残った。

「……夢か」

そのせいか、普段は無言かうなりながら起き上がるのに、今日はそう呟いていた。

「うん?」

夢で聞いた声と同じ、ルームメイトの水月の声が下から聞こえる。

「いや、なんでもない」

適当に取り繕って、身体を起こす。

……夢、なんだよな。あれは。

僕にしては珍しく、一度完結させた話を自分で蒸し返す。

そうせざるを得ないくらい、僕はなぜか、あの夢が遠ざかってしまった事に寂しさを覚えていた。

なんでだろう……あ、たぶん翼が消えて、落ちたからだ。

僕がよくみるのはやっぱり大空を飛びまわる夢で、毎回毎回違うシチュエーションだ。

その中でも特に、僕は落ちたときの無重力感がだいすきだった。

あ〜、やっぱり飛ぶのは楽しい。

そろそろ学校の準備を始めないと水月の催促が始まりそうだったので、枕に手をついて、はしごを掴もうと手を伸ばす。

「ん?」

違和感だ。枕が湿っている。

「なんだ?」

「いや、なんでもない」

水月にはおもわずそう答えたが、なんでもなくはない。

真っ白だった枕が、真っ赤に染まっていた。

夢でもそうしたように、右目を拭ってみる。

まさか、と思いながら見ると、パジャマの袖も枕と同じように、赤く染まった。

そんなこと、あるのか?それはまるで……。

「血の、涙……?」

そう。まさに、今自分が口にした言葉通り。

涙のように自然に流れてくる。違いといったら、なぜ流れているのかがわからないということと、流している感覚がないということ。

「なんか言った?」

僕の声がきこえていたようで、パジャマから学校の制服に着替えた水月が声をかけてくる。僕は呆然と袖と枕を見つめながら、言葉を返した。

「水月、なんか、やばいかも」

「はぁ?」

「来て、見てみろ」

朝の忙しい準備の時間にそう言われ、いらついた様子で水月がはしごを登って来る。

「ったくなんだよ……うわぁ!?」

登り終えて僕の顔と枕を見た瞬間の水月の反応は、見ものだった。あわあわと手を右往左往させる。

「おまっ、それ、血……!?」

「あ、やっぱり?」

「あ、やっぱり?じゃねぇよ!!右目、あ、赤い方の目から、血……!」

「なんでだろ、止まんない」

目から血を流したのは初めての経験なのでよくわからないが、今のところはまだ止まる気配はない。

でもきっと、そんなに心配しなくてもいい。

……なんで自分は、そんなことを思った?

「……その、病院、行くか?」

珍しく心配そうな目で、水月がそんなことを言ってきた。

大食いでしかも超甘党という、まさに食べ物のことしか考えてなさそうな水月がそんな目をしていると思うとものすごくからかいたくなる。

しかし、どうやら心の底から気にしているようなので、僕はふざけないで首を振る。

「いや……いい。いらない心配されたくない」

……そうは言ったが、本当は少し違う理由だった。

なんとなく、病院には行ってはいけない気がするのだ。

この施設に来てから一度も行ったことがなくて抵抗があるからかもしれないけれど、それとも少し違う気がする。

とにかく、説明はできないけれど、病院には行きたくない。

僕の発言で水月がさらに表情を険しくしたので、ため息をの吐いて言ってやる。

「大丈夫。たぶん、寝てる間に目の近く引っ掻いたり打ったりしたんだよ。目は見えてるし、なんともないから」

本当にら納得したのかはわからないが、水月はこくんとうなずいた。

「なら、いいけど」

「誰にも言うなよ?」

「……ん」

「よし。んじゃ降りて。洗ってくるから」

「わかった」

ベッドから降りて、とりあえずと右目にティッシュを押し付ける。

血は止まっていた。はあ、と息を吐く。

ふと水月に聞く。

「お前は、なんともない?」

「うん」

「そっか」

少し安心した。絶対言ってやんないけど。

こっそり水道に行って、顔や髪についた血を洗い流す。

べたついて時間がかかると思っていたが、少しも乾いていなかったので、さらさらと水と一緒に流れていった。

部屋に戻り、制服を着てから、髪を縛ろうと大きな鏡の前に座る。

ここでまた、異変に気が付く。

「……おかしい」

「ん、しょっと。目から血が出てる時点で十分おかしいけど……どうした?」

教科書を乱暴にカバンに押し込み、僕の呟きに水月が顔を上げて聞いてきた。

「目が、またおかしい……赤から紫になってる……」

「は……はぁ?」

僕の右目は確かに生まれつき、ついさっき洗い流した血のように真っ赤だったはずだ。

それだけでも十分おかしかったはずなのに……鏡に映っている僕の右目は、漫画やアニメぐらいでしか見た事がない、赤と青の絵の具を混ぜたような紫色になっていた。

水月も慌てて鏡を覗き込み、目を見張る。

「む……紫だ……なん、で……?」

「ここまできたら、左目も確認しとくか」

僕はそう言って、眼帯を隠すために長く伸ばしていた前髪を掻き分け、何を見ても驚かない覚悟で、左目がいつも通りの黒目であることを確認した。

しかし、頭の隅でなんとなく思い描いていた、非現実的な現実を目の当たりにした。

「左目……赤い、な……」

水月が今まで見た事がないくらい真面目な顔で言ってくれた。

僕はゆっくり状況を飲み込み、そしてさらりと言った。

「だな。ふーしぎー」

「それだけかよ!!もっとこう、関心を持つというか驚けよ!!」

いつも通り、僕に突っ込みを入れる水月。

うん。日常だ。

「とりあえず眼帯は一つしかないし、そもそも両目は隠せんな。右目だけでも隠しとくか」

そうまとめて、僕はいつも通り、右目を覆って頭の後ろで紐をしばり、眼帯をつける。

僕の目が赤い、ということはクラス、いや二年生の全員が知っているのだ。極力人を避けてきた僕だ、今日この左目を見られたって、「ずっとそうだった」と言えば怪しまれない。

そのとき、水月のお腹がぐるるるっと鳴った。

じとっと見ると、えへへと笑って頭の後ろをかく水月。

「まあいろいろ驚くことはあるけど……とりあえず飯食お?」

あれだけ心配していたのにさすがだな水月よ。この大食い女め、バーカバーカ。

「……バーカ」

「あぁ!?」

「すまん、口がすべった」

自分でも思うぐらいわざとらしく口元を手で覆い、さっと目をそらす。

「てめぇぜってーわざとだろ」

「いや、自分に正直なもんで」

「なお悪いからな!?」

あ〜うるさいうるさい。聞こえない聞こえない〜。

「飯食うんだろ?、さっさと行くぞ」

「チッ、流しやがった……!」

とにかく準備を済ませ、いつものように玄関に放り投げて食堂に向かう。

確か今日の朝食は……朱蓮の好きな物、か。

「にっく、にっく、ぎゅーどんー」

水月がご機嫌で呟いて食堂に入る。

朝から牛丼とかありえないだろ……中村さんも必死に説得したが、朱蓮と数名は頑として譲らず、他は生姜焼きと米となった。ま、僕の朝食たちはほとんど水月の腹に入るけどね。

僕が現れた瞬間、今まで騒がしかった食堂がしん、と静まった。

その視線は誰がどう見ても、この僕に注がれていた。

「……何」

恐らく、というか確実に目を見てだと思うが、僕は変わらず無表情でみんなに声をかける。

「お……桜香、その目!どうしたの!?」

白斗が目をぱちくりさせて聞いてきた。すでに席に着いた水月に続いて指定席に座り、さくっと答える。

「なんか、なってた」

「へ〜、急に左目まで赤くなっちまうとか、変だなーお前」

頭の後ろで手を組み、牛丼太郎こと朱蓮が言ってくる。

この反応はいくら僕でも驚くぞ。ほぼ無反応とか神経図太いにもほどがあるだろ。

しかし、僕は怯まず皮肉で即答する。

「僕からすれば朱蓮のほうが変だよ。全体的に」

「何ぃ!?」

さらに朱蓮は何か言おうとしたが、黒斗が無視して聞いてきた。

「隠さなくて大丈夫?ていうか、学校行くの?」

体調には特に問題ないし、僕が望んでこえなったわけじゃない。隠そうとも思わなかった。

「行く。どこも悪くない」

僕はあくまでそう言い張る。

学校休むとか、絶対病院まで引きずられるじゃないか。それを察せない馬鹿じゃないぞ、僕は。

白斗がため息を吐く。

「もう……じゃあ今日一日学校に行って、もし体調が悪くなったり目が痛くなったりしたら病院ね?」

「……ん」

行くとは言ってないぞ。断じて言ってないからな。

「すごーいお姉ちゃん!目の色変えられるの!?」

「ここなちゃん、つ、机に上っちゃダメ……!」

「うおー!赤!主人公の色だぞ桜香姉ちゃん!!」

「廉太、降りて。うるさい」

うん、小学二年生は何が起きてもやっぱり騒がしい。みらも困ってんぞ阿呆二人組。

すると、中村さんの救いの声が聞こえてきた。

「ご飯できたよ〜」

「「はーい」」

先ほどまでの騒がしさはどこへやら、全員が返事をして、席を立つ。

この瞬間のみらの救われた顔、いつ見てもお疲れ様、って声かけたくなる。

「牛丼だお前らぁ!牛丼は好きかぁああ!!」

「「好きだいええええい!!」」

朱蓮のふりに応え、ここな、廉太、そして水月が歓声を上げる。

中学二年生だろお前。いや、朱蓮も含めお前ら。

精神年齢が小学二年生と同じという悲しい同級生を冷めた目で見ていたが、ふとこれも日常的な光景だということを思い出す。

僕も白斗と同じようにひとつ、ため息を吐いた。

「はあ、クソガキが増えた」

「「ああん!?」」

「ん?ああいや、僕の口が正直なだけだ」

「「なお悪いっつーの!!」」

綺麗に声を重ねてクソガキもとい朱蓮と水月が言ってきたが、僕は両手で耳を塞いでわざとらしく「あーあー、聞こえない聞こえなーい」と言ってやる。

全員が席に着き、いただきますをする。

「けけっ、ざまあねぇぜ朱蓮の奴!」

食べ始めた途端に、瑠玖斗がニヤニヤ悪徳商人のような笑みを浮かべて朱蓮に言う。

「あんだと野郎ぉカレー信者よぉ……!」

「なんだやんのか牛丼信者さぁん……?」

二人が立ち上がってガンを飛ばし合い、小奈美と心は自分の兄の態度に嘆くようにため息を吐く。

「喧嘩するほど仲がいいってやつだね」

「うんうん」

佳以と結が和みながら呟く。

「どっちも異常信者だろ。そんなことどうでもいいから、朱蓮、瑠玖斗、朝から喧嘩すんな」

「そうだよ二人とも。こっちの迷惑も考えてよ」

黒斗、白斗にそう言われ、二人は「チッ!」と大きく舌打ちして座る。

いつものような茶番を繰り広げれば、みんなはもう僕の目なんて気にしてなかった。

たまに気になったのは、白斗と黒斗の意味有りげなアイコンタクトと、僕への、珱蓮の心配そうな眼差しだけだった。

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