「始まりの朝」
「さーみんな、ご飯できたから持ってってねー」
調理室から顔を出して、例の中村さんがにこにこ笑顔でみんなに声をかける。
「早い者順だよー。好きなの選んでさっさと食いなー」
続いて顔を出したのは、中村さんと同じく、職員の五十嵐さんだ。さっき私たちを起こした声の主である。こちらは中村さんのような優しいお姉さんという性格ではないが、面倒見のいい姉貴肌で、子供たちからの人気も高い。もちろん中村さんも三時じゃなくてもお菓子とかくれるし、ほんわか優しいからみんな好きだけど。
「「はーい!!」」
「「ういーッス」」
二人の声に応え、全員がガタガタと一斉に立ち上がる。
「いてッ」
突然、璃玖斗が声をあげた。ちょっとやんちゃしてる部類に入る、高校二男子。左耳には、トランプのスペードの形をしたピアスが黒く光っている。最近休みの日には髪の一部を金や赤に染めたりして遊んでいる。桜香と遊びにでかけるときにやってもらうこともあるのだが、学校の宿題や勉強、準備などよりも、断然手際がよかった。しかも仕上がり超キレイ。
話を戻すが、どうやら璃玖斗の弟の拓也が、足を踏んでしまったようだ。
「あ、ごめん」
涼しい顔で軽く謝って、そのまま調理室に向かう拓也。兄の足を「ダンッ」と音がするぐらい踏みつけておいて悪びれもせずにしらばっくれるその態度。相変わらず図太い神経をしているものだ。拍手を送りたくなる。
「何で拍手してんの」
「あ。気にすんな」
桜香に指摘されて、自分が本当に拍手を送っていた事に気付いた。いやー、無意識って怖いわ。
「てめェわざとだろ」
「わざとじゃないよー」
「嘘吐けィコラ」
後ろから目を吊り上げて威嚇する璃玖斗と、それをまったく無視して歩き続ける拓也。これはいつもの光景だ。小学生組はたまにからかうが、私を含めそれ以上の年齢の者は無視。頭の中では笑っているのだが。主に大人気なく騒ぎすぎる璃玖斗を。
「まったく。あなたたちはたった一日、朝だけでも静かにしていられないんですか」
「こればっかりは心も、小奈美お姉ちゃんに同感だな~」
全員が朝ご飯を持って自分の席に着いた頃、まだ拓也にブツブツ文句を言う璃玖斗に、妹組の小奈美と心が言う。璃玖斗、拓也、小奈美、心は、四兄弟だ。璃玖斗と小奈美が双子の長男、長女で、次男が拓也、そして末っ子の次女、心となっている。この兄弟は私達がここに来るよりずっと前からいたらしいが、詳しくは聞いたことがない。
不満をぶちまけたあとも小奈美は、黒ぶち眼鏡をくいっと押さえて、はぁ、とため息をついて首を振った。約一年間一緒に過ごしてはいるが、いまだに璃玖斗と双子だなんて信じられない。
まあ、これも日常的な会話なので、これ以上は言わないでおく。
「なんか、ザ・和食だな」
隣に座っていた同級生の朱蓮が、四兄弟を完全に無視して、自分の前に置いた、鮭の塩焼きにお味噌汁、そして白米という、まさに日本の朝食!という感じのメニューを見て言ってくる。私は鮭をつまみながら答える。
「当然。今日は私の好きなもんだし」
「昨日は桜香の好きなものだったからね。明日は朱蓮だね」
爽やかな笑顔で、桜香の隣に座っている珱蓮が弟に言う。この孤児院はどうも双子が多く、珱蓮と朱蓮もそれだ。
「やったぜ、絶対牛丼な!」
「いや、朝からそれはきついかな」
「いくら肉好きでもそれだけはマジありえない」
珱蓮とそのとなりの拓也が、ご飯を口に運びながら素早く突っ込んだ。私はお味噌汁を飲み干すべくお椀を口元に当てる。
うーん、私もお肉好きだし、別に構わないけどな……。馬鹿にされそうだから言わないけど。
「えー!俺も牛丼がいーいー!」
離れた席から、小二のアホ代表、廉太が顔を出して怒鳴る。
「あ、私も私もー!」
廉太の向かいのここなも賛同。
「おお!?そうだよなお前たち!!牛丼最高だもんな!!」
「「おー!」」
やっと賛成してくれる者が現れて嬉しかったのか、朱蓮が呼びかけると、廉太とここなは拳を突き上げた。
「こ、ここなちゃん、ご飯粒飛んでるよ……!」
ここなの隣にいたみらは、慌てて食卓の中心に置いてあるティッシュに手を伸ばす。
「廉太もここなもうるさい。静かに食べて」
やけに物静かな、騒ぐ二人と一つしか学年が違わないはずの涼が、少し鬱陶しそうに言った。が、二人はまったく聞いていないで、なぜか「牛丼!牛丼!」と連呼しはじめた。
それを見て、入り口に近い席に座っていた、こちらも双子の白斗、黒斗が冷静に止めに入る。
「ここな、女の子がそんなふうに箸振り回しちゃダメ」
「廉太は普通に汚いよ。片付けるの中村さんや五十嵐さんなんだから」
「「はーい」」
二人が大人しくなって座るのを見て、朱蓮がからかうように言った。
「さっすが先パーイ、一瞬で従うねー」
キッとそちらを睨み、綺麗に声を重ねて言う二人。
「「お前のせいだろッ!」」
「すんませーん」
反省の色、なし。
先輩といっても一つ学年が違うだけだし、ずっと同じところで暮らしていれば、こんな態度になるのもいたしかたないのだろう。
真ん中あたりに座っている、やはり同級生の佳衣と結衣は、口出しをせずクスクスと笑っていた。この二人は、ここでは白斗黒斗兄弟と共に珍しい部類に入る、極普通の中学生。というか、人間。友達は少ないほうらしいけど、クラスでも定位置をキープしている。
「ん」
今までのやりとりを苦笑いで見ていた私に、桜香が一切手付かずの朝食を渡してきた。私は大袈裟に首を振って、おいおい、と呆れた口調で言う。
「さすがに米くらい食えよな」
「……食ったじゃん」
「いや、確かに煎餅は米でできてるよ?でも根本的に、朝食として間違ってない?」
桜香は極端な少食で、毎朝食べきれなかった分を、こっそり私に渡してくる。今日はたまたまあった、昨日のおやつだった煎餅を食べて腹を満たしたらしい。逆に、私は大食いなほうなので、まあ、拒む理由はないので貰っておく。
まったく、桜香の煎餅好きも呆れたものだ。三度の飯よりお煎餅ってか。そんなんだから身長伸びないんだぞ。
なんてことは、綺麗なアッパーカットを決められることになるので言わないでおく。
「あ、俺にもちょっと分けて」
朱蓮が、桜香のご飯茶碗を見てねだってきた。
「えー、しょうがないな。はい」
私はまた呆れ顔で言ってやり、箸の持つほうを使って分けてやった。すると、朱蓮が不満丸見えの顔で眉をよせた。
「どう考えても少なすぎんだろ大食い女。おい」
なに、せっかく奮発して十円玉サイズの固まりを分けてやったのに。ムッときたので、鼻を鳴らして言ってやった。
「はっ。異常な牛丼信者よか普通に大食いのほうが断然ましだっつーの。ご飯のアンケ欄全てに牛丼って、もう狂ってるとしか思えねぇ」
「なんで!?」
児童の意見を一番に聞いてくれるここは、日曜日に、一週間分の食事の献立のアンケートをとる。私は毎回適当に好きな物を、なるべくかぶらないように書いているのだが、朱蓮は毎回毎回、牛丼一択だった。
よく挫けないものだ、一度も選ばれたことがないのに。
「ぶっ……くく……げほっ」
璃玖斗が思いっきり吹き出してむせた。隣の小奈美がさっと身を引く。私はティッシュに手をのばす璃玖斗を冷ややかに見て、さらに言った。
「お前笑ってる場合じゃねぇぞカレー信者。朝からカレーって。しかも激辛プラス唐辛子五本丸々?頭大丈夫ですかって」
すると、案の上即カレーの弁護に走る璃玖斗。
「いや!カレーのほうが断然ましだろ!」
「いやいや!牛丼のこと悪く言えねぇじゃん!てかカレーとかマジありえねぇだろ!しかも激辛!?小学生いんのに!?」
「いやいやいや!牛丼とかガチで腹にくるじゃん!すぐお腹一杯になるし!」
「いやいやいやいや!カレーのほうがくるだろ!喉にも胃にも!!」
だんだん「いや」が増えてる。無意識ならマジ笑える。はは。
くだらない高校二年生と中学二年生の好きな物アピールに本気で呆れる私。ヒートアップしていく朱蓮は私にご飯をねだっていたのも忘れているようで、思い出さないうちに腹におさめた。桜香は初めから興味を一切示さずに、机の上に腕を組んで寝ていた。珱蓮はいつも通り、苦笑いしながら弟と璃玖斗を見て、そして止めずに、ゆっくりとご飯を平らげた。