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短編

オオシラヌイソウ

作者: 今眠居

なんとなく、物語の登場人物から"人格"を取り除いた物語が書いてみたいと思って書いた実験作品です。もし気に入って頂ければ嬉しい限りです。

 オオシラヌイソウは劣性植物である。

 他の草花の芽生えた所に、後から生えることは適わない。元々生えていた場所すら一度奪われてしまうと、劣性であるが故に二度と生えることは出来ない。オオシラヌイソウは季節が巡るうちに、群生地を追いやられていった。

 かつてオオシラヌイソウが一面を被っていた大地は、いつしか種々様々な草花に占領された。オオシラヌイソウは場所を奪われるがまま徐々に僻地へと追いやられていく。そして長い年月の後、他の植物が生えようともしない崖の中腹にある長細い割れ目の中に、数茎が生えるばかりとなった。

 粘土質の土壌と湿り気を帯びた空気が滞留するその場所は、どんな植物にとっても劣悪極まりない環境ではあったが、オオシラヌイソウは根付いた。枯れているのではないかと思えるほどの弱々しい根を長く伸ばし、決して十分とはいえない養分を掻き集めた。天井の割れ目からは夕方の僅かな時間、陽光が降り注ぐ。オオシラヌイソウはその下に寄り添うように生えつづけた。

 ある日、雨が降った。豪雨である。その勢いは衰える事を知らず、何日も降り続いた。オオシラヌイソウの生える場所は普段から薄暗い。そこに雨天が重なると、ほとんど真っ暗闇になった。陽光が降ってくるはずの割れ目からは、水しか入って来ない。

 土壌は流入してくる雨水の勢いに耐え切れず、脆弱なオオシラヌイソウの根を引きちぎりながら流されていった。低いところに生えていたオオシラヌイソウは水の中へ倒れると、二度と姿を現さなかった。

 さらに追い打ちをかけるように病気が蔓延した。狭いところ故に一度病気が発生すると次々に伝染してしまう。葉は醜く爛れ、一茎、また一茎と枯れていく。ただでさえ少ないオオシラヌイソウは、その数を急激に減らしていった。

 病気にかかったオオシラヌイソウが全て枯れると、残されたオオシラヌイソウはたった一茎となってしまった。病気にならず、根もしっかりと張っていたが、その一茎の命運も最早そう長くはない。降り続いた雨は、割れ目に土砂を流し込み、ついには蓋をしてしまったのである。それから間もなく雨は止んだが、オオシラヌイソウの元に陽光が届くことは無くなってしまった。

 土砂には、これまで根を伸ばしてきた粘土質の土壌にはない豊富な栄養があったが、太陽の光が無ければ、いかな植物であれ満足に成長する事は出来ない。真っ暗闇の中、オオシラヌイソウはただ壊死していくのを待つのみとなってしまった。

 この地上に残ったオオシラヌイソウは、その一茎だけである。それが枯れてしまえば絶滅してしまう。しかしその一茎さえも風前の灯火である。葉はゆっくりと活力を失い、次第に自重に耐えきれなくなり頭を垂れていく。

 一条の光が差したのは、その時である。まず最初に天井の土が乾いて剥がれ落ち、穴が空いた。針のような小さな穴から目映いばかりの光が差し込む。だが変化はそこで留まらなかった。その穴は加速的に広がっていき、亀裂となって広がる。その頃になるとオオシラヌイソウが最初に根付いた頃よりも明るくなっている。だが亀裂となった穴はさらに広がり、ついには壁ごと脱落してしまった。

 するとオオシラヌイソウの前に赤茶けた広大な大地が姿を見せた。草の根一つない土地である。長い間降り続いた雨は土壌の表面を浸食し、雑多な草花を何処かへと流し去ってしまっていた。

 差し込んだばかりの陽光によって、頭を垂れていたオオシラヌイソウは徐々に活力を取り戻していく。絶滅の縁にあった最後の一茎は、一度は枯れかけたものの死んではいなかった。そして足りないものは補われ、増えるのに十分な生命力が残っている。

 オオシラヌイソウは劣性植物である。だが今、目の前にはそれを邪魔する何者もありはしなかった。

※この作品はフィクションであり、登場する植物の名称はすべて架空のものです

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― 新着の感想 ―
[良い点] これは丁寧に言葉を選び書かれた作品だな、と感じました。 生命力の高い植物には、なにかと人を感動させるエネルギーがありますね。 [一言] さて、この劣性植物と揶揄されているオオシラヌイソウ。…
2013/01/13 15:11 退会済み
管理
[一言] 作中で一茎と数えていましたが、何か意図があるのでしょうか?普段自分が一株、二株と数えているので気になりました。
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