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波の綾~ごちゃまぜ世界~  作者: 江戸ノ野良
ブロンドの価値と変装
9/22

***

 それから、金髪に固執するディーナと、とにかく地味に変装させてほしい貴志の言い争いは、小一時間続いた。海音が鏡に映る自分の髪を無視しようとするのにも疲れてきた頃、ディーナがしぶしぶ言った。


 「わかったわ。髪は染めないけど、路線は変えるわよ。地味路線ね」


 それを聞いて貴志と海音は同時にほっとため息をついた。


 それからも、なかなかに大変だった。髪の色は絶対に変えないというディーナの条件が変えられないと、地味な上に金髪が残ることになり、大した変装にならなかったからだ。あらゆる種類のメガネや、服装、帽子などを試したものの、こんなことではプロの目は誤魔化せないとディーナは嘆いた。


 「メガネとか、下手な覆面とかはよくないの。顔を隠してると怪しいし、取られたら終わりでしょ」


 ディーナがそんな風にぼやく度に、貴志は髪を染めろと言い続けたので、一向に解決策は見つからなかった。海音も貴志と同じく、ディーナが折れることを望むばかりだ。


 悶々とした空気の中、ディーナが不意に明るい顔で振り返った。部屋の中は酷い状態だ。海音は派手な髪で椅子に座ったまま、虚ろな眼でぐるぐると椅子を回していて、貴志は最早海音の物を探すのも諦めて、自分でいろんなメガネをかけて遊んでいた。ミーガンだけが、部屋中から良さそうなアイテムを見つけてくるという大変な作業を続けていたが、そそっかしくて棚を倒してばかりいたので、周りにはたくさんの物が散乱している。


 「決めた」


 急にディーナがきっぱりと言ったので、貴志はぞっとした顔でディーナを見た。持っていた黒縁の大きなメガネが、軽い音を立てて床に落ちる。ミーガンは自分が散々落としたり蹴飛ばしたりした物のことは棚に上げて、貴志を非難するような目で見ながらメガネをワゴンに戻した。


 ディーナが本当に奇抜なファッションを諦めたのかどうか、海音も含めて全員が疑っていたが、ディーナは至って真面目に言った。


 「子どもに変装しましょ。この子、背は低くないけど痩せてるし、貴志と一緒にいるにもまだ子供の方が言い訳もしやすいわ」


 貴志は意外そうにその意見を聞き、一瞬検討した後、いい案だと思ったらしく頷いた。


 すぐさま子どもっぽくするためのものを集めて来ようとしていたミーガンが思案顔で言った。


 「ツインテールにする? 子どもっぽいし、可愛いわよ」


 海音は、ミーガンはそそっかしいことを除けば気が利くし、優秀な助手だと一目置いていたのだが、その意見にはとても賛成出来なかった。納得して安堵しかけていた貴志も、怪訝そうな目でミーガンを見る。貴志と海音にとってはうれしいことに、ディーナはそれをバッサリと切り捨てた。


 「そこまで小さな子供に見せるのは無理。肩に付くかつかないくらいの長さにすると子どもっぽくなるし、体型の出ない服でも着れば、十二歳くらいには見えるわ」


 ミーガンは納得して、広い部屋の中をディーナの指定した服を取りに消えた。


 それからはあっという間だった。海音はしゃれっ気のない無造作な髪形になり、スモックのような形の膝丈の黒いジャンパースカートと、首元の狭い、可愛らしいピンクのいちごのTシャツに、赤に白いロゴのだぼっとしたパーカーという出で立ちになった。鏡に映った姿は、確かにまだ「子ども」という感じで、元々の写真より4、5才は若く見える。全体を見た感じでは、海音を探しているとしたら、目には入らないであろう違いは出ていた。


 海音は自分の年齢はよくわかっていたので、子どもっぽい服装が少し恥ずかしかった。しかし、生まれ育った日本で見慣れたような服だったことにはほっとした。ここにはとても馴染めそうにない服がたくさん置いてあったので、てっきり、異世界的な服を着るのだと思っていたのだ。しかし、よく考えてみれば、貴志も全身の金属品を除けば、少しいかついだけの普通の服装だったので、海音が想像したほど、この場所と日本に違いはないのかもしれないと気づき、複雑な気分になった。


 「確かにガキっぽいけど、顔はまんまじゃねーか」


 貴志が海音を観察しながら大げさに眉を潜めて言った。ディーナも、満足には一歩至らないような顔をしている。顔に全く手を加えていないことが原因だと、誰もが分かっていたが、ディーナは困ったように言った。


 「でも顔隠したら怪しいじゃないの」


 ディーナはそう言いながらも、メガネは帽子を沢山並べて吟味している。


 「これでいーよ」


 貴志はそう言いながら透明なレンズのゴーグルを手に取った。貴志は海音を手招きして、それを付ける。それは、いかにも日本では見ないような物だったので、海音は興味を持ってしげしげと眺めた。


 それは、スキーのゴーグルとスノーケルのゴーグルの中間のような感じで、側面までガードしながらも軽そうで、耳に掛ける形のゴーグルだ。また、顔に合うように多少は曲がっているものの、ほとんどただの長方形で、それが近未来の物のような独特の雰囲気を放っている。眉毛の上から鼻の上までの、ほぼ顔の半分を、大きな長方形のレンズが占めた。光の加減によっていろんな色を反射する銀色のフレームと、光をよく反射するレンズのおかげで、かなり顔が見えにくくなっているが、透明なレンズなので隠している感じは全くなく、かなり条件に合っていると言えた。


 「それ、砂埃が凄いところで掛けるものよ。変に思われない?」


 ディーナはそう言いながらも、そのゴーグルがかなりいいと思っていることは明白だった。


 「故郷からこっちに来るとき、そういうとこを通って買ったことにすりゃあいいだろ」


 貴志は得意げに言った。


 「故郷?」


 海音が聞くと、貴志は鏡越しに海音を見ながらすらすらと言った。


 「お前は俺の姉貴の隠し子だ。夫のガキじゃねえってことは髪の色でバレバレだから、生まれてすぐに人に預けられたが、不慮の事故で身よりがなくなって、俺に押し付けられた」


 ゴーグルで少しはしゃいでいた海音の顔が曇った。無表情に立ち尽くしている海音を余所に、事情を知らないディーナが「そうなの?」と聞く。


 「そういう設定なの」


 貴志はあっけらかんと言った。ディーナも大体の事情を呑み込んだようで、頷いている。


 「お前の名前は、今から鳶崎シナ。俺の家族のことを知ってる人間はほとんどいないから、そんなもんで大丈夫だろ」


 貴志は自信満々で、満足げに海音を見た。海音は貴志と眼を合わせないようにしながら、頷いた。


 貴志がここまで一度も海音の名前を呼ばなかったのはそういうわけだったのだ。ここで、海音という名前は隠し、海音は追われている志田海音ではなく、貴志の親戚の鳶崎シナになる。海音は、そのことをぼんやりと考えた。そもそも、海音という名前で育った日本とは、まったく別の土地にいるのだ。ここに来たときの海音の心境で言えば、姿とともに名前を変えるのはかえって都合がよかった。


 考えに耽って虚ろになっていた顔が落ち込んでいるように見えたのか、貴志は海音の顔を見て瞬く間に自信を無くし、ディーナとミーガンの顔を、助けを求めるようにちらちらと見ながら言った。


 「名前変えんのは、さすがにダメか?」


 海音は我に返って驚いて首を横に振った。しかし、貴志は海音が名前を変えることに抵抗があると思いこんでしまい、すっかり困った顔だ。またミーガンとディーナに目を走らせたが、働き者のミーガンは海音の着替えを袋に詰めていて見向きもしないし、ディーナは貴志を面白がって見ていて、助けてくれそうにない。


 「シナって俺の曾ばあちゃんの名前なんだよ。すっげえ運が良くて、長生きしたし、縁起がいいと思ってさ」


 貴志は言い訳するように言った。本当に親族の名前なら説得力があるという言葉は、喉の先まで出かかったが言わなかった。


 海音は大丈夫というようにうなずいたが、貴志はまだ何か腑に落ちないような顔だ。そのとき、ディーナが海音の耳に星の形のイヤリングをしながら聞いた。


 「そのエンギって何なの?」


 貴志は海音を探るように見ながら適当な口調で答えた。


 「宗教的なことだ。名前をもらったら、運のおこぼれを預かれるかもなってこと」


 ディーナがふうんと頷いていると、着替えを全部用意し終えたミーガンが、薄い布で出来た袋をいくつか抱えて貴志の横に置いた。貴志がそれを両手いっぱいに持つと、ディーナが先に立って服の間を来た道を辿って、出口まで送ってくれた。


 「じゃあね、シナ。ばれそうだったら他の方法考えるから、いつでも来てね」


 別れ際、ディーナはにこやかに言った。貴志は先に行って外に出ている。

海音はとシナいう名前を噛みしめた。ここに来てから既に、日本で暮らしていた海音とは違う自分がいる。それをシナと呼んでも、きっと悪いことはない。


 海音はおずおずとディーナに頭を下げ、慌てて貴志を追いかけた。


 海音は随分長い間ディーナの店にいたと思っていたが、外に出てみると空はまだ明るかった。


 出るときに思い出して入口の方を振り返り、トウモロコシの看板を眺めながら、貴志に聞きたいいろいろなことについて考えていた。この妙な町に付いてや、ディーナの店について。ディーナについても謎がたくさんある。また、こうして無事に変装したにしろ、恐ろしい組織に捕まらないためにどういった対策をするのかなども大きな疑問だ。しかし、海音は小さな疑問を持つにも、この場所に関する認識が足りなかった。貴志の言った「ごちゃまぜ」という言葉だけでは、何もわからないに等しい。最低限の知識がなければ、心配ですら満足には出来なかった。


 だから海音は、全てを貴志に任せているしかない。海音は半ば諦めたような、それでいてそれなりに楽しめるような、「ダメで元々」精神で、貴志にこの身一つを預け、この場所での生活を始めるのだった。

 

より良い作品を作りたいと思いますので、ご意見ご感想をよろしくお願いいたします。

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