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波の綾~ごちゃまぜ世界~  作者: 江戸ノ野良
厄介な子どもと面倒な追手
22/22

***


 三人は沈黙したままだったので、部屋の中は静かだった。だから、外からその音が近づいて来たとき、シナはすぐに聞きつけ、なんの音なのかもわかった。勝手口のドアが開き、その姿が見えたときにはすでに確信していたので、驚きもしなかった。


 貴志のあの全身に身に着けているものたちの音が、聞こえて来ていたのだった。


 「よお、無事に戻ってきてたか」


 シナは無表情に貴志を眺め、貴志が無事で、元気そうに変わらぬ姿で戻ってきたことを確認した。貴志がしたことを考えると、ただ返してもらえるはずはないと思う。しかし、間違いなく無事らしい。


 「平気だったよ。貴志は何してたんだ?」


 アジが朗らかに声を掛けると、貴志は中に入ってきながら明らかに焦った表情をした。シナは水落の辺りが落ち着かなくなるのを感じる。貴志の顔を見て悟った。やはり言い訳は用意していないのだ。


 シナがはらはらして貴志の顔を見ていると、答えないことをアジが不審に思う前に、貴志はアキを見つけて素っ頓狂な声を上げた。


 「お前っ、ここで何してんだ」


 アジはその反応に驚いて、目を丸くして貴志とアキを交互に見た。当のアキは、すました顔で貴志を見つめ返している。アキは何も言わないようなので、アジが不満げな口調で説明した。


 「こいつ、情報館の人に追われててオレが助けてやったの。態度悪いからむかつくけど」


 それを聞いた貴志は酷く顔を歪めてアキを睨んだ。


 「メリアナに俺が怒られるだろ。なんでここにいんだよ」


 シナは子ども相手になんて勝手なことを言うのかと少し呆れる。


 アキは反抗的な目つきで貴志を睨み返した。


 「じょうはつって最低な人種だから関わらないんだ」


 「どこでそんな言葉覚えたんだよ。ガキの癖に」


 貴志は呆れたように言ったが、ませたことを言うアキに少し興味を持ったようだった。アキはむくれてそっぽを向く。その様子は実に可愛らしいのが、中身を知る者としてはなんとも滑稽だ。


 それはそれとして、シナは「じょうはつ」という言葉の意味が分からず、「蒸発」なのかどうなのだろうかと悶々とした。そんなシナを貴志がじとっとした嫌な眼で見る。そして大げさに溜息をついた。


 「海賊船から苦労して帰ってきたのに、誰も労ってくんねえの?」


 シナは揺れる瞳で貴志を見つめ返したが、何も言えなかった。目の前にいる貴志は、安心出来て親切でおかしな、シナが見てきた貴志そのものだが、貴志は本当はどんな人なのか、信じてもいいのか。シナを護ってくれていることはわかっているが、それは仕事上のことかもしれない。物騒なことだって、きっと嫌いではないのだ。


 何も言わないシナを、貴志が不審そうに見つめたので、空気を読んだアジが乱暴に言った。


 「だって無事だろ」


 貴志はシナから目を離し、心外だという顔をした。


 「一番お気に入りのナイフ取り上げられたんだぞ」


 アジが下らないと思っていることは顔に出ていた。貴志は更に悲観的な顔をして哀れっぽく言う。


 「船入るとき取り上げたもんは普通帰るとき返すだろ。ありえないわ」


 「それさあ、貴志が返してもらうの忘れただけじゃん」


 アジが呆れて指摘すると、貴志は痛い所を突かれたような顔でアジを睨んだ。


 二人はまるで大人と子供の差を感じさせない程仲が良さそうだったが、その場にいるアキとシナが黙りこくっているので、場の空気は一向に和まない。そして、アジとふざけながらも貴志は何故シナが自分の無事を喜んでくれないのかと拗ねていた。


 しかしそこは貴志も大人だ。子ども三人を前にして、自分のことばかりを考えているわけではなかった。三人と共に腰を下ろし、アキに問う。


 「俺はもうシナと帰るつもりだけど。お前、これからどうすんだ?」


 その口調は優しいくらいだったが、アキは答えなかった。仕方なく、貴志はアジに訊く。


 「情報館の奴ら、なんか言ってなかったか?」


 「黙ってついてこいとか言ってただけだよ。むしろ、そいつが暴言吐いてた」


 アジが非難めいた目でアキを見ながら答えると、貴志は短く笑った。


 「情報館でも派手にやったらしいけど、ほんとに大したガキだな」


 アキは褒められているのか貶されているのか分からず、きょとんとしている。


 「面白いから味方してえところだけど、メリアナには逆らえねえし。悪いけど俺はシナと帰る」


 貴志はこれで話は終わったとばかりに立ちあがり、すぐさま帰ろうとした。勝手口のドアを開けて外に出ようとして、シナがまだ座ったままだということに気が付く。


 シナは貴志を見てもいなかった。アキとアジを見て、何か言いたいことを我慢しているような、悩んでいるような表情をしている。


 「シナ? 帰るぞ」


 貴志は当惑し、気遣わしげに眉を潜めてシナの顔色を伺った。


 シナは黙ったままうつむいた。


 なんだか納得がいかないんだ。事情はよくわからないが、貴志を頼ってきたアキ。メリアナのことは関係しているのでシナも状況は十分に分かっている。それでも、アキはこんなに小さな子供なのだ。


 貴志に助けてもらえないのだと悟ったアキの表情も硬くなっている。


 ふてぶてしくて、口が悪くて、魔法使いだとか言われていても、やはり頼りなくて幼い。そんなアキを、一人で放り出してしまうのか。それともアジに押し付けて帰るのか。


 アキを見ていてずっと感じていたことだったが、追われているという立場が自分と重なって、誰にも守ってもらえないアキが可哀そうになってしまった。それに、自分の事情を理由に、平気でアキを見捨てようとしている貴志の非情さが嫌だった。


 同時に、貴志はやはり仕事のために自分を匿っているのではないかという考えが浮かび、背筋が寒くなる。


 「どうした?」


 貴志は神妙な顔になってシナの顔を覗きこんだ。アキもアジも、シナを見つめている。


 シナは恥ずかしかった。アキを見捨てて欲しくないというのが、どうしようもない身勝手だということはわかっていたので、貴志に頼むことは出来ない。また、自分が助けられるわけでもない。仕方のないことだ。なのにどうしても納得が出来ない。


 シナは自分がまた泣きそうになっていることに気が付いて驚いた。それと同時に、貴志とアジが奇

妙な者でも見るような眼で自分を見ていることにも気が付く。涙は浮かべていないのに、何故そんな眼で見るのだろうかと、不思議に思い、シナは冷静になって二人を見つめ返した。


 すると、二人は止めていた息を吐いたかのように見え、貴志が慌てたように言ったのだ。


 「わかった。アキのことはどうにかすっから。一緒に連れてく。な?」


 シナはきょとんとした。アキの助けになって欲しいと口に出した覚えはない。何故気持ちが貴志に伝わったのかわからなかった。


 アキも、何故急に方針が変わったのか理解できない様子だ。


 「それから、お前。俺に頼るんならいうこと聞けよ。面倒事をこれ以上増やすな」


 貴志はアキにくぎを刺したが、アキがそれを真面目に聞いたのかは定かではない。ただ、満足げににやりと笑った。


 貴志は今度こそすぐに勝手口から出て行き、アキは椅子から降りてそれに続いた。


 シナは、アジに何か言わなくてはと思ったが、なんと言っていいかわからない。迷っていると、アジが「またな」とぶっきらぼうに言ったので、自然と「ありがとう」と呟き、慌てて家を出た。


 貴志とアキに追いついたシナは、また貴志の背中を見ていた。頼りにしていたし、今だってそうだ。何故貴志が考えを変えたのかは腑に落ちないものの、アキを助けてくれると聞いて、シナは少しだけ貴志を見直していた。少なくとも、疑心暗鬼になることもないと、落ち着いて考えられるくらいには。


 「海賊の人たち、大丈夫だった?」


 シナは遠慮がちに訊いた。アキとならんで貴志を追う形になっていたから、貴志の表情は見えない。


 「やっとそれ訊くのかよ。心配なんてしてねえのかと思ったわ」


 貴志は拗ねてたように、半ば嬉しそうに言った。


 シナは「心配していた」と言えるかと考えると、そうでもないような、複雑な気持ちがあったので、何も言わなかった。


 「取引した。お前のことは俺に任せるってよ。その代わりいろいろ面倒だけどな」


 貴志は歩きながら「あーもう」と濁った声を出して、空を仰いた。


 シナは、取引という言葉が後ろ暗く思えてならなかったので、素直に喜べない。喜んでいないのは、貴志も同じのようだった。


 「風呂入りてえ……シナもシャワーくらい浴びたいだろ? とにかく帰ろう」


 貴志は何となく投げやりな口調で言った。


 アキをどうするのかちゃんと考えているのだろうかと、シナは訝る。しかし、シャワーを浴びて着替えたいのも確かだ。シナは「うん」と言っておとなしくついていくのだった。


 漁師町を抜けると、サラの店のある道に出た。もう少し先の左手には、シナがつい昨日流れついた浜があるが、松林で見えない。


 サラに会ったのがもう随分昔のことに思え、シナは寂しくなった。お店に出入りするわけには行かないことはわかっているが、いつ会えるのだろう。心身ともに凍え、酷い状況にいた自分に、、あんなに親切にしてくれたサラが恋しかった。


 貴志とシナは歩いているとき余り言葉を交わさないが、意外にも道中アキが高い声で盛んにしゃべった。


 「貴志に家にシャワーあるの? よかった。ぼく、シャワーないとだめなんだ」


 アキは上機嫌だった。貴志に匿ってもらえると思って安心しているのだろう。実際貴志がどうするつもりなのかは、シナにもわからない。


 アキがしゃべっていることで、シナにとってはいいことがあった。アキはいろんなことをよく知っていたので、情報を得て、ここでの常識を少しは理解することが出来た。ある意味では常識など存在しないとわかるばかりだったが。


 貴志は、やはり関わることに気が進まないのか、異常な生意気さを見せるとはいえ、まだ幼い子供であるアキに対して容赦がなかった。アキは短い脚を必死に動かして、貴志の顔を覗きこもうと見上げていたが、貴志はアキに合わせてゆっくり歩くこともしない。


 「ガキのくせに贅沢言うな。下が工場だから設備を借りてるだけなんだかんな。海臨丸通りには多いから余所へいけよ」


 アキはその手の言葉は鮮やかに無視をした。


 「ぼくも着替えたいなー。服持ってないんだ。ずっと着てるのすごくきもちわるい」


 「俺はお前に服なんか買ってやらねえぞ。メリアナ怒らせるための決定的な証拠になっちまう」


 「貴志ってなんでシナといるの? そういう趣味なの?」


 シナはアキの知識の多さというか、ひねくれ方には舌を巻いた。どうやって育ったらそんなことになるのかと、母親に関する話も聞いたあと余計に可哀そうになる。いろんなことが規格外なこの場所の人間である貴志も、アキの言動にはたびたび驚いていた。


 「お前、そんなことやたらと言うもんじゃねーぞ。ったく、どこで覚えてくんだよ」


 アキの我儘や爆弾発言は続いたが、シナは二人の会話にはほとんど参加しなかった。話をしたくないというわけではないが、アキがあまりにぺらぺらとしゃべるので、聞きなれない単語や知らないことがあると、とても会話には入れなかったのだ。

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