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波の綾~ごちゃまぜ世界~  作者: 江戸ノ野良
魔女の店と海賊船
19/22

*****

 その次の一瞬、動きがなかったのは海音と貴志だけだった。階段の下に集まっていた海賊たちは、あっという間に走って散り、アミは海賊の一人が持ってきた武器を慣れた様子で身に付けた。マックスは海音の横を走り抜け、船室の更に上に建っている、甲板の上では一番高い見張り台に立った。


 海音は「通り魔」と聞いて、凶悪な犯罪組織を想像した。海賊たちが武装し、警戒している様子を見ても、そうとしか思えない。しかし、貴志はのんきに望遠鏡を取り出して海に向けていた。


 その船は肉眼で十分に確認できるところにいた。浜がある方角からこちらに近づいてくる。鉄の塊が武装しているかのような物々しいその船は、エンジンを搭載しているらしく、エンジン音を響かせていた。海賊船の方がはるかに大きいが、木製の帆船なので、戦闘能力では向こうの方が勝っているように見えた。


 通り魔の船がどんどん近づいてくると、貴志がやっと危機感に目覚めたらしく、「シナ」と大声で海音を呼んだ。意外にも誰にも阻まれなかった海音が駆け寄ると、貴志は海音を促して階段を降りた。甲板では、海賊たちが迎撃の準備をしているように見える。


 「お前は隠しといた方がいい気がする」


 船尾に向かって甲板を走りながら、貴志は何とも頼りない、真剣さに掛けた言い方をした。


 船尾の方は、海音が今いる甲板の一部を切り取ったような形で、一層下の甲板が見えていた。貴志は、勝手にそこに下りていく。そこには、ずらりと並んだ無数の大砲の用意をしている海賊が沢山いた。


 「おい、何勝手に入って……」


 一番近くの海賊が言いかけたが、それを無視し、貴志は甲板を突っ切って船室へと続く扉を勝手知ったように開け、海音を押し込んで自分も中に入った。


 しかし、その廊下には、貴志と海音が何者なのかを知らない連中がいた。その連中にとっては、二人は無断で船の中まで押し入った侵入者でしかない。彼らは一瞬、部外者の姿に驚いたようだったが、すぐに捕えようと海音に手を伸ばす。


 見たところ、武器を向けてくる者はいなかったが、海音は震えあがった。一人が海音の腕を掴むと、海音は思わず恐怖を湛えた灰色の眼で貴志を見た。貴志はその視線を一瞬だけ目の端に捉えたが、それと同時に何かを男たちの向こうに投げた。


 派手な爆発音がして、海賊たちは大慌てで音のした方にすっとんで行く。その場にいたのはほんの数人だけだったので、海音の腕を掴んでいた男も、迷わず腕を離してそちらに加勢した。この船が木製だからだろう。逃げる場所のない船の中では、小さな火すらも命取りとなる。


 海音は腕を解放されてほっとしたというよりは、貴志の物騒な行動に驚き、唖然とした。貴志は海音の背中を押して歩かせ、海賊たちがいなくなった廊下を進んだ。しかし、海音は足がもつれて上手く歩けない。そのうちに、貴志が投げたものの処理を終えたのか、海賊が戻ってきて、二人を見つけてしまった。


 海賊は先ほどよりも怒りに燃えていて恐ろしかったので、海音は慌てて来た道を戻ろうとしたが、貴志が海音のいるところの少し先にある扉を開き、海音の肩を掴んで押し込んだ。


 「このやろ……」


 海賊は船室にまで侵入しようとしている二人を見て益々怒ったが、貴志は危うい所で滑り込んで扉を閉める。不運なことに、扉についている鍵はこちら側が外になっていて、使えない。うち開きの扉を、貴志は足で抑えた。


 「てめえ、どっから入ってきやがった」


 海賊は怒ってドアを開けようとしたが、貴志はかろうじて扉を抑えた。海賊がレバータイプのドアノブさえ回してしまえば、あとは純粋に力比べだ。貴志の方が力が強いようには見えなかったので、海音は不安だった。心臓が早鐘のように打つ。


 貴志は足で扉を抑えながら、ジャケットのどこかから引き金の付いた棒状のものを取り出した。そして、ロックを解除すると、引き金を引いた。


 海音は息の詰まったような気分で、銅像のように立ち尽くしてそれを見ていたが、その棒の先端から、バーナーのように勢いよく炎が噴きだしたときには、思わず一歩下がった。


 貴志は噴射口から細く噴き出すその炎を、ドアノブに当てた。向こう側にいる海賊は、初めは貴志が何をしているのか気づいていなかった。船の中は静かではないので、炎を発する道具からの微かな音は聞こえていないらしい。しかし、そのまましばらくドアノブを掴んで開けようとしているうちに、「おい、何しやがった」と微かに恐れを含んだような声が聞こえた。


 金属製のドアノブが熱されて、触れない程熱くなってきたのだ。


 ドアノブを使わなければ扉は開かないので、貴志は力を抜き、肩を落として息を吐いた。炎は、ドアノブに当てたままだ。


 海賊が扉を開けることが出来なくなったので、海音はやっと冷静になっていた。そうして考えてみると、貴志が何故、好戦的ではなかった海賊を怒らせてまで船内に侵入したのか理解出来なかった。


 その理由を聞こうと口を開くと、何か言う前に貴志が振り返って言った。


 「これやって。俺はやることあっから」 


 海音は、言われるがままに棒を受けとり、ドアノブに当て続けた。ドアの向こうでは、海賊たちがどうやって扉を開けたものかと議論している。海音は、ここで貴志に質問したら声が聞こえてしまうかもしれないと気づき、危ういところだったと冷や汗が出る思いだった。そして、自分たちが居るこの空間はなんなのだろうと見回した。


 船室内には何もなく、奥行きはごく普通にあるが、幅が扉と同じ程しかない。窓はなく、天井に間接照明があるようで、そこからの微かな明かりが廊下のように細長い空間を照らしていた。突き当たりの壁は金属で出来ていて、重そうなレバーが付いている。


 目を逸らしているうちに、炎をドアノブから逸らしそうになり、海音は慌てて注意した。ドアノブが付いている金属部分以外に炎を当てれば、木製の扉を燃やしかねない。


 海音がちらちらと炎に気をつけながらも見ていると、貴志がそのレバーを掴んで回した。そして外側に向かって壁を倒すと、明るい光が入って来た。そこが船の外だと気づき、海音は驚いた。ここから脱出できるようになっていたのだ。貴志は手近な船室に逃げ込んだのだと海音は思っていたが、そうではなく、このことを知っていたらしい。海賊たちは身内以外を船室に入れそうも無かったので、貴志が知っているのは妙だった。


 海音は、脱出できるのだと思って勝手にドアノブに当てていた火を止め、貴志の横に立った。しかし、外の様子を見て、簡単には行かないと知った。


 岩を削って造られたかのように見える堤防と船の間には、2メートル以上の距離がある。堤防の手前には十分歩けそうな幅があったが、そこに飛び移るのは無理だ。


 海音は、海賊たちが追って来ないか気がかりで仕方なく、扉を振り返ったが、海賊たちは何か道具でも取りに行ったのか、いなくなっているようだった。それでも、海音は焦っていたが、貴志は至って落ち着いている。


 貴志はポケットの奥深くから、鎖のついたメダルを取り出した。海音は見たことがない文字や記号が刻まれている。貴志はそれの長い鎖を手に、メダルを海に沈めた。


 「それ、なに?」


 海音が訊くと、貴志は海賊の耳を気にしてか、扉を一瞥してから言った。


 「漁師が使う連絡手段。海水に浸かると危険を知らせて、位置が分かるようになってる」


 「魔法なの?」


 海音は率直な感想を述べた。魔法という言葉が、ここではどのように使われているのかも知らないので、半分冗談だ。しかし、貴志は至って真面目な質問であると受け取ったようで、ぶっきらぼうに答えた。


 「いや魔術かな。俺は知らねえ」


 貴志は詳しくないようだったので、海音はそれ以上追及するのはやめておいたが、ここには魔法と魔術が存在するらしいということはわかった。そのことについて考えてみようとは思ったものの、それほど重要な情報では無さそうだと思う。貴志は、当たり前のように使うものの原理をまったくわかっていないようだったからだ。


 しかし、魔術の効果は確かにあったらしい。5分も経たないうちに、一人の少年が、梯子を担いてやってきた。痩せていて日に焼けている、12歳くらいに見える男の子だ。


 「何してんだよ。こんなとこで」


 少年は、子どもらしい目を丸くして貴志を見て、掠れた声でいいながらも梯子を広げてかけてくれた。貴志はそれの強度を確認したあと、ひょいひょいと渡る。


 「悪いな。俺の可愛い姪っ子が悪い海賊に誘拐されたから、助けに行ったんだよ。かっこいいだろ」


 調子よく言う貴志を、少年は胡散臭そうな目で見た。嘘だと思っているのは明白で、かっこいいなんてとんでもないと、その黒い目が物語っていた。


 海音は、海の上の梯子を渡るのは怖かったが、いつ海賊が戻ってきて扉を開けるかと、そちらの方が怖かったので梯子を渡った。


 「こんな近くでメダル使った奴いないよ」


 少年は言いながら梯子を回収し、来た道を戻ろうとした。それを、「ダメだ。ちょっと待て」と貴志が慌てて引き留める。


 「なんだよ」


 少年が顔をしかめて貴志を見ると、貴志は何故か笑みを浮かべながら言った。


 「今出てったら、お前が俺達逃がしたってばれるぞ」


 少年は目を見開いて貴志を見て、大げさな溜息を吐いた。


 「嘘だろ。オレ、漁師なんだから、海賊に目つけられたくねえ……」


 しかし、貴志は含みのある笑みを浮かべたまま、何も言わない。すると、少年は海音の存在に初めて気が付いたかのように、海音をじっと見て訊いた。


 「こいつ、誰?」


 海音は子どもに見えるように変装しているから、少年より背が高いとはいえ、上手く行けば少年と同い年くらいに見えているはずだ。


 貴志は「ああ、シナだ。俺の姪っ子」と答えたあと、海音に「こいつはアジだ」と紹介した。


 海音は、子どもに扮しているものの、本物の子どもにどう接したらいいのか分からなかったので、硬い笑みを少し浮かべたあとは、困ったように黙っていた。アジは、暫くは興味を持ったように海音を見ていたが、すぐに貴志に向きなおる。


 「オレ、どうやって家帰ればいいんだよ」


 貴志は非難めいた目で見られて何故か、アジを睨み返した。その様子がおかしくて、海音は状況を忘れて楽しい気分になるところだった。海音よりよっぽど、貴志の方が子どもっぽく振る舞うのが得意そうだったからだ。


 「そう言えば、通り魔呼んだの、お前らか?」


 突然、思い出したように貴志は言った。アジは貴志を睨みつけたまま頷く。


 「通り魔ってなに?」


 あまり人前で無常識を晒してはいけないと思ったのだが、相手が子どもだったので油断して、海音は訊いた。すると、アジが海音を見て言う。


 「そんなことも知らねえの? 交通管理の派侍のことだよ」


 アジは知らないことを不思議に思ったというよりは、自分が教えることで得意になっているようだ。海音は、わかったようなわからないような微妙な顔で「へえ」と言った。貴志が付け足すように言う。


 「お前らの漁港に勝手に船止めたから。呼んだんだろ」


 アジは威張ったような顔で頷いた。すると、貴志は嬉しそうにニヤニヤしながら言った。


 「けどあいつら、素直にどきゃしねえだろうな。全ての海は自分らのもんだと思ってっから」


 しかし、そのとき丁度よく、騒がしかった頭上から、透き通った声が拡大されて響いた。


 「アミヴィア・ロアは海の民に迷惑をかけるつもりはない。すぐ移動の上、謝罪に向かわせる」


 3人はしばし黙ってその言葉を聞いた。アミヴィア・ロア本人の声だ。決然としたその言葉は、威厳と気品にあふれている。海音は、アミヴィア・ロアの二面性には驚いた。今聞こえた言葉だけを聞けば、統率力のある立派な女船長だと思っただろう。


 感心している海音と、満足気にニヤニヤしているアジを余所に、貴志は船を睨みつけて険しい表情をした。


 「おいおい、退くのかよ。俺達、逃げる暇も隠れる場所もないっつーのに」


 それを聞いて、海音は気が付いた。船が出ればこの場所は丸見えだし、海賊たちにすぐに見つかってしまうだろう。そこでまた、先ほどと同じ疑問が頭を過った。危険を冒してまで逃げなくとも、海賊たちは手荒なことはせず、話が分かりそうな雰囲気だった。一部とは顔なじみのようだったのに、何故逃げ出すような真似をしたのだろうか。


 「おいアジ、お前がシナ連れて逃げてくんねえか」


 貴志が真剣な口調でアジに言った。アジはそれを聞いて眉間に皺を寄せる。


 「なんで?」


 アジは疑問を持つのももっともだ。シナ(海音)と一緒に逃げれば、アジが逃がしたことが分かるのは間違いないし、海賊たちの目当ては海音なのだから、貴志がおとりになったり、身代わりになったりも出来ない。


 「俺は海賊船に戻って話つける。通り魔の奴らはシナを知らねえから、遊んでたふりでもして戻れ」


 海音は、どうせ交渉するのなら、なんのために苦労して海音を逃がすのか理解できなかった。アジは、そもそもシナが誰なのかも、貴志とシナが何故海賊船から逃亡する羽目になったのかも知らないので、わけがわからない顔をしている。


 「通り魔にシナが海賊船と関わるのを見られるわけには行かねえんだ。事情はともかく頼む」


 貴志が珍しく真面目に頼むと、アジは使命感に燃えたような目で、力強く頷いた。海音は、それを聞いてもわけがわからないままだった。少々頼りないと思っていた貴志は、海音が思っていたよりもずっとたくさんのことを考えて行動しているようだ。海音は貴志の目を見つめながら混乱して突っ立っていたが、その手をアジが引いて言った。


 「行くぞ、一旦船から離れてから、帰った方がいいだろ」


 そして、子どもながらに力強く海音を引っ張っていく。


 「シナに朝飯食わしてやってくれ」


 貴志は思い出したようにアジに言うと、アジが置いて行った梯子をかけ、船の中に戻って行った。


 海賊たちは気に入っているのでもっと登場させたかったのですが、キックのお話の方で書こうと思います。

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