転生の日
自室で俺は、状況を整理することにした。
逃げるにせよ戦うにせよ、考えておいて損はない。
敵を知り己を知れば、っていうやつだ。
始まりは――俺がこの世界に転生した、あの日。
よりにもよって『王都襲撃事件』その日だった。
「ッ痛ぁー!」
頭が割れるような痛みで、俺はその場にしゃがみ込んだ。
次の瞬間、痛みがすっと引く。
そして気づく。見慣れない路地裏。石畳。湿った空気。
……あれ? さっきまで自室でマホロバやってなかったか?
ドン、と大気を叩く爆発音。
遠くでまたひとつ、さらにもうひとつ。
悲鳴。怒号。走る足音。
「……どっかで見た光景だな」
無意識についたセリフで、脳が追いつく。
「これ、マホロバのオープニングじゃねぇか……」
その瞬間、背中に冷たい汗がどっと出た。
理解したくない現実を、理解してしまったからだ。
このままここにいたら死ぬ。
『王都襲撃事件』。
王都正門付近のバザーが魔族に襲撃され、大爆発。
混乱に乗じて魔物が流れ込む。
王都軍が正面対応に吸われる――その隙に、王城近くで園遊会中の王族が、別働隊に狙われる。
で、最悪なことに。
園遊会の会場は、この路地の先だ。
「初日からイベント盛りすぎだろ。運営、バランス調整しろ」
……いや、文句言ってる場合じゃない。走れ、俺。
さっさとここから離れないとやばい。
それにしても、なんでゲーム転生なんてベタ(?)なことになってしまったんだ。
しかしマホロバに転生したのは、結構ありかもしれん。
恋愛フラグちゃんと立てていけば、ゲームのキャラたちとキャッキャウフフできるかもしれん。
「……って、だから今は生存優先だっつーの。まずは命、次にフラグだ」
兵隊たちは騒ぎのあった正面のほうに流れていく。ここ数十年なかった魔族との争いだ、そりゃ指揮系統も混乱するだろう。
その隙が命取りになる。園遊会のほうは最小限の兵で固めているようだ。
このままここにいたら巻き込まれてしまう。
どうにか安全にはならないといけない。その時、貴族の少女とその連れのお爺さんが目に入った。このままだとその子も巻き添えになると思い、いつもは出さない余計な親切心を出してしまった。
「そこのお二人、悪いことは言わんからここから離れたほうがいいぞ」
「どなたですかな?」
少女を背後に隠し、執事のようなじいさんが返答した。
「誰ということはないけど、この辺は戦場になるんで今のうちに逃げた方がいいよ。なんだったら一緒に行きます?」
「どういう意味ですかな?」
うっ流石に怪しかったな。どうしようか。
「うーん……勘だけど、正面に釣って“こっち”が本命な気がするんですよね。
王都の形状を考えると正面からの作戦行動って、消耗ばかり大きくてコスパ悪いから…」
「そなた名前はなんと言うのじゃ」
偉そうな子供だな。
「友人たちからはコーメイと呼ばれております」
「コーメイとやら、それでは共に逃げようか」
「エイテ様、流石にこんな怪しいものを…」
「不測の事態じゃ、こんな怪しいやつを野放しにもできまい。姉君の救援に向かわせたレイアに合図を出して、タイミング見てこちらに戻るよう伝えるのじゃ。
それに、この混乱で一番危ないのは、正しい情報が埋もれることじゃ」
「承知いたしました」
小声で何か喋ってるけど、あんまりいい雰囲気ではないな。
「あのー特に揉めてるようでしたら、私も早くここから逃げたいんでお暇しますね」
「いやコーメイとか言ったな我らと一緒に行こうではないか」
その時、金切音が鳴り響いた。魔族が出現する時の音だ。メインストリートの方から聞こえる。
「早く逃げましょう!」
じいさんはハンゾーという名前だと言っていた。そんなキャラゲームでは聞いたことない。
モブも何人もいたからしょうがないんだが、どっかで見たことあるような気がするんだよなぁ。
ハンゾーに連れられて近くの拠点とやらに入ることになった。その辺に拠点がすぐあるなんて、綺麗な格好している女の子だと思ったけど、やっぱりどっかの貴族なんだろうな。
あたりを兵が走り回る音が聞こえる。
魔族に対処するには走っていく方向がまちまちだな。まるで何かを探しているかのような…
外の兵が騒がしい。
「第八はまだ見つからねーのか!」
「おいッ誰かに聞かれたらどうする。口を動かす前によく探せ」
第八……第八王女、王位継承戦候補だがオープニング前のこの王都襲撃事件で命を落とす、ゲーム本編には登場しないキャラだ。巻き込まれて死んだのかと思っていたけど、どうやらちゃんと狙われて殺されていたみたいね。
俺がそんなことを考えていたら、お嬢様が隅で青い顔をしていた。ハンゾーは怒りで赤くなっている。
「あのつかぬ事をお伺いいたしますが、そちらのお嬢様、王位継承戦候補者様ではありませんよね…?」
「(エイテ様、お控えください…)」
「よい。ハンゾー。隠してもしょうがなかろう。
わしの名前はエイテ、王位継承戦第八候補者じゃ」
いや待て。第八って、死ぬやつだろ、そんでさっき俺助けちゃってるし…
「コーメイ殿、先ほどはご助言誠に助かった。改めて礼を言おう」
「えーと、あのお構いなく、このまま私はここでお暇させていただこうかと…」
「コーメイ殿、先ほどの外の声聞こえておったじゃろ、このままでは我々は袋のネズミとなり殺される可能性が高い。ハンゾーも戦えるが多勢に無勢じゃろう」
「あのー、お暇させて…」
「改めてお願いいたす。先ほどのような神算にて、この場の脱出法をご教示いただきたい。
そして分かっているおられるとは思うが、このタイミングで離れるというなら、我らも心苦しいが、そなたを始末しなければならん。
逃げるなら止める。だが協力するなら礼は尽くす。単純な話じゃろ?」
ですよねー。わかるわかる。
「とはいえ私も、ここにきて日が浅く今自分がどこにいるのかも怪しいレベルでして…」
「ハンゾー」
「はっ」
ハンゾーがどこから引っ張り出したのか、王都の地図を引っ張り出してくる。
ゲームの地図と全く同じだ。
本当にゲーム世界に来ちゃったんだなあと場違いな感想が浮かんでくる。
「それとレイアという配下の騎士が小隊を率いて、正門のほうにいる姉上の救援に向かったのじゃ
向こうが片付けばこちらに戻る手はずとなっておる」
「レイア様というのは、燃えるような赤髪の”氷剣”と言われる騎士様でしょうか」
レイアはゲーム最強格のキャラで、冷静沈着冷酷無比の戦いぶりから氷剣と呼ばれる騎士だ。
ゲームでは第四王女(この子の姉)の勢力にいたはずだが、エイテが死んだことで移籍したのだろうか。
「”氷剣”という名には聞き覚えがないの。レイアは”炎剣”と呼ばれておる。
だが、燃えるような赤髪というのはその通りなのじゃ」
ゲームと仕様が違うこともあるんだろうか、だが、なんにせよ援軍の当てがあるというのは良い。
「…このあたりに下水道への出入り口がないですか?下水を抜ければレイア様との合流まで安全にすすめるかと」
地図を指さして伝える。ゲームであれば大丈夫なはずだ。
「ハンゾーどうじゃ?」
「確かに一番分のよさそうな作戦です。」
「とはいえ今すぐ外にいるあの一団をどうにかしなくちゃいけませんが」
「あの程度でしたら私にお任せください」
いうやいなやハンゾーの姿が消える。
「ハンゾーが言うなら大丈夫じゃ」
「戻りました」
外には意識を失った兵が倒れている。
「は?」
詳しく見たくはないが、全員足むいてはいけない方向に曲がっている気がする。
「身分が分かるものは持っておりませんでしたな。時間があれば拷問するのですが」
「とりあえず下水道まで進みましょう」
ハンゾーが強すぎる件、執事とか言ってたがどう考えても忍者だこいつ。
忍者で思い出すことがあった、マホロバ終盤の強ボスに復讐鬼という忍者が登場する。
そいつは、夜な夜な王位継承戦候補を暗殺していくんだ。捕まえるのも大変だし、実際のバトルでもめちゃ強くて苦労した。
おそらく、ハンゾーが第8が殺されたことに気づき、犯人が分からないまま暴走した姿ってことなんだろう。
かなりぞっとしたものの、まあ今は同じ陣営にいるんだしいいかと、思考を切り替える。
ゲームと違ってさすがに下水は臭いかと思ったが、あまり臭いがしない。
下水層にスライムがいて汚物はすべて消化されているかららしいが、こっちの世界のほうが衛生状態はいいのかもしれん。
下水は特に問題はなく抜けられそうだ。
そう気を抜いていると、上の方で兵の足音が聞こえ、全員が無言で息を止めた。
それにしても第8王女を助けてしまったのはうかつだった。
このままだと難関ルートに入っちゃいそうだし、逃げたいんだけど、ハンゾーから逃げられる気がしないしな。
とりあえず、ゲームで最推しだったレイアの姿を見てから考えようと気持ちを切り替えて下水を抜け、地上に戻る。
光が見えてきたところで、正門のほうの本体からはぐれたのか、魔物の群れと遭遇してしまった。
さすがのハンゾーも姫を守りながら戦うには敵の数が多い。
どうすかと思っていると、”氷剣”レイアいやこの世界では”炎剣”レイアが突撃してきた。
「姫様ーーーー!!!ご無事ですかー!!」
魔物が爆ぜている。
いや、剣をふるうたびにその剣圧で、魔物がその形を維持できなくなっているんだ。
作中最強というかもはや人外だろこれ。
「今私が来たからには何もかもお任せください!!!」
うーんブンブンしている尻尾が幻視される。実家で飼ってたちょっとおバカなゴールデンレトリバーを思い出す。
「姫様、姫様、姫様ー!」
「分かった分かった落ち着くのじゃレイア」
うーんこいつが、ゲームで氷剣となっていたのは、姫が死んで心を閉ざしたせいなんじゃないかな。
だったら現状は、ハイパーパワーを持ったアホ犬……
「伝令!第四殿下達が避難した施設に、賊集団の襲撃が――!」
アホ犬ことレイアの部下が息を切らせて走ってきている。
さっきまでアホそうだったレイアの表情が、どこかゲームで見たものと近くなっていた。
なんかやっぱり俺のせいで、イベントが狂っているような気がしていた。




