俺の身体は、どうやら普通ではないらしい
いつからだろうか。
俺はここで戦い続けている。
襲ってくる敵と戦い、倒し、進み続ける。
何故戦っているのだろう。
ここは何処なのだろう。
どこに向かっているのだろう。
気がついた時にはここに居て、先へ進みながら戦い続けている。
俺はその様子を、いつからだろうか。
ただただぼーっと眺めていた。
ここは不思議な場所だ。
階段を上ると、今までとは違う景色が出迎えてくれる。
ただの洞窟だったり、森だったり、巨大な岩が転がる荒野だったり。
そしてまた階段を上ると、そこは空のない洞窟だったり。
おそらくここはダンジョンと呼ばれる所なんじゃないだろうか。
朧気に思い出せる記憶の中から、こういう場所が普通ではない事はわかる。
普通は空があり、大地が広がり。朝は太陽が上り、夜には沈む。夜には月が上り、朝に沈む。
階段を上って大地が広がるならば、そこから更に階段を上ると空に近付くはずなのだ。
階段を上った先が空のない洞窟になっていたりしない、はずだ。
襲ってくる敵と戦いながら、何処かへと進み続ける自分の姿を、ただただぼーっと眺め続ける日々。
俺の身体は、どうやら普通ではないらしい。
ガシャン、ガシャンと足音を響かせながら進み続けるソレは、全身を鎧で覆っていた。
中身は無い。これが普通じゃない事は俺でもわかる。
鎧は人間が着るものだ。
だがこの鎧は人間が着ているわけではない。
中身は無いが、動いている。
僅かに思い出せる記憶によると、リビングアーマーというやつだろう。
つまり、俺はリビングアーマーらしい。
なんでだ?
俺は…地球人?だったはずだ。
よく分からないが、リビングアーマーはゲームに出てくるもの…だったはずだ。
つまりここはゲームの中なのか?
だが周りを見渡す限り、俺の僅かに思い出せる記憶がここはゲームではないと告げている。
今も出てきた人間のような姿の緑色の敵…記憶によるとゴブリンっぽい奴を切り伏せ、俺の身体はガシャンガシャンと歩み続ける。
かなり曖昧な記憶だが、俺も元々は人間だったはずだ。
ここがダンジョンだとしたら、俺は冒険者だったのか?
他にも冒険者とかいるんだろうか。
人間にあったらどうしよう。
果たして仲良くできるだろうか。
リビングアーマーは魔物の一種だったはずだ。
つまり…問答無用で戦闘になるんじゃないか?
鎧に中身が無いことは、正面から見ると一発でバレてしまうし。
ヘルムの顔に当たる部分がかっぽりと空いているのだ。
中世ヨーロッパ的なかっこいい鎧と兜ではない。
中世ヨーロッパが何かはよく思い出せないが、違うことだけは分かる。
それに俺の身体のはずなのに、勝手に動いてるしな。
人間に出会っても多分、勝手に戦闘を始めるんじゃなかろうか。
ちなみに俺はこの鎧の周りを俯瞰したような視点で、自分の鎧ごと周りを見ている。
俺としてはこの鎧は俺の身体だという妙な確信があるんだが、もしかしたらこの鎧に取り付いているだけの幽霊という可能性もある。
まあ何にしても、この鎧が動くのに合わせて勝手に視線も動くし、俺には眺めていること以外にどうすることもできないんだが。
この鎧は延々と歩き続けて見つけた階段を上り続けているが、未だに出口は見えてこない。
もう随分長い間進み続けている気がする。
戦闘風景にはもう完全に飽きてしまった。
おかしな地形や動植物を見たり景色を眺めたりしながら、ただただぼーっと眺め続ける日々。
唯一の楽しみは、たまに宝箱が出ることだ。
この鎧は宝箱を見つけると必ず立ち止まり、開けて中身を確かめてくれる。
鎧のクセに開ける前に罠までちゃんと解除して。
意外と手先が器用な鎧なのだ。
宝箱の中身は…まぁ、今回も大したものじゃなかった。
傷を治す低級のポーションだと直感でわかる。
なぜ分かるのかは不明だが、間違いはないだろう。
それにしてもポーションなんてゲームの中にしか無かった気がするから、ここはやはりゲームの中なんだろうか。
うーん?
ちなみに見つけたポーションは顔のところから鎧の中に放り込んでいる。
どうやら次元収納の機能がついているらしいのだ。無駄に高性能なんじゃないだろうか。
それともこのゲームでは次元収納はみんな使えるのだろうか。
それにしても。
今まで眺めてきた限り、ポーション以外の物を鎧の中に入れたことは無かったと思う。
まぁ宝箱から大したものが出てきた記憶もないけど。
投げるのに丁度良さそうなナイフや包帯、金属の小ぶりのインゴットとか。
いい物としては何かしらの弱い補助魔法が掛かってる指輪などの装備品とか。
綺麗な宝石類が出ることもある。
こぶし大の透明度の高いルビーが出た時は、それはもうテンションが上がったものだ。
が、ポーション以外はそのまま放置。
キラキラしてて綺麗だなー、記念に持ち帰るべきだとか思ったりもしたが、この鎧は気にも止めてくれなかった。
まったく。
俺の持っている次元収納はポーション限定なんだろうか。
それともポーション集めがこの鎧の趣味とか?
鎧が傷付いてもポーションじゃ直せないだろうに。
謎だ。
とはいえ鎧と剣にはなんと、傷付いても勝手に直る能力が付いている。
例えポーションで鎧の傷も直せたとしても使う機会は無いだろうな。
これもリビングアーマーとしての能力なんだろうか。
おっ、宝箱発見!早速罠を解除してっと。
今度のお宝は…ボウガンか!矢もセットしてあるな。
これならわざわざ敵に近付いて切りかからなくてもいい。戦闘がずっと楽になるはずだ。
が、いつもの如くスルー。
俺の身体は虚しくもくるりと踵を返し、また先へ先へと進んで行くのだった。
一体どのくらい進んだのだろうか。
意識がはっきりしてから階層を50階進んだ所までは数えていたものの、それ以降は面倒になり数えるのを辞めた。
最初の頃は階層を上がる度に海や森、洞窟に遺跡のような場所など実に様々な世界が広がるためとても楽しく眺めていたが、もうある程度出揃ったのか、どこも『似たような景色をこの前見たな』という感想にしかならない。
これが自分であちらこちらを動き回れるなら楽しめるんだろうが…いかんせんこの身体は俺の意思などお構い無しに勝手に進んでいく。
正直言って見ているだけのこの状態に飽きてしまった。
いつまで進み続けるのか。
この身体はどこを目指しているのか。
目的がさっぱり分からない。
いや、ポーションを集めている事だけはわかっているが。
今もまた宝箱の罠を器用に解除して開き、出てきたポーションを顔から身体の中に投げ入れている。
投げ入れるばかりで取り出す所を見たことは無いが、何となく取り出せることは理解できるのだから不思議だ。
ああ、暇だな…
今日も階段を上り、次の階層へと進む。
俺の意思では動いてくれず勝手に動くこの身体は、今日もせっせと歩みを進め、上へ上へと階段を進む。
さて、次の階層は…っと。
おお、久々の火山か…
この身体に中身があったなら相当暑いんだろうなぁ…なんて思いながら、マグマが流れるすう横をガシャンガシャンと足音を立てて歩いていく身体を見つめていたところ、突然身体が歩を止め戦闘態勢に入った。
視線が急に上方へと向き、敵の姿を捉える。
どうやら空からワイバーンが襲いかかってきたらしい。
直前に、なんか上の方がふわふわ〜っとした違和感あるなと感じたのだが、それが敵が近付いてきた感覚だったらしい。
もしかしたら索敵系の魔法の一種なのだろうか。
思えば今までも視界に見えていないうちから戦闘態勢に入っていたし、俺が気付かなかっただけでこの身体は常時魔法を展開していたのかもしれないな。
なんて考察をしている間にも身体はワイバーンの放った火球の魔法を避け、こちらからも魔法を放っている。
岩の礫を発射する、さしずめストーンキャノンと言ったところだろうか。
この身体は敵が地面にいる場合は剣で戦うが、敵が空中や水中にいる場合などは魔法を使って戦うのだ。
最初に魔法を見た時には、正直驚きと感動でいっぱいだった。
だって、あの魔法だ。
朧気にしか覚えていないが、前世?ではアニメや漫画の中にしかなかった存在…だったと思う。それを目の前で、自分の身体が使っているんだ。感動するなという方が酷だろう。
惜しむらくは、自分で好きなように使えない事か。
この身体は俺の意思では全く動いてくれないのだから…
そんなことを考えている間にも何度かワイバーンの火球と俺の身体からのストーンキャノンの応酬が続き、遂にワイバーンの翼に穴を開けることに成功。
バランスを崩したワイバーンはマグマの海に真っ逆さまだ。
戦闘終了。俺の身体よ、お疲れ様。




