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芳子の決断

1948年3月25日

「金壁輝、出ろ」

未明、芳子の牢獄の扉が開かれる。

(やっと来たか。)

芳子にこの世に未練などなかった。清朝復活の夢が途絶えた今生きる意味などないのだ。むしろ向こうの世界で両親と再会できる事を心待ちにしていた。

看守に連れられ芳子は刑場へと向かう。

看守の1人が目隠しをする。芳子は拒み看守を払いのけるが耳元で囁やかれた。

「銃は空砲です。銃声が聞こえたら倒れて下さい。」

芳子は耳を疑った。死んで両親と再会するという唯一の望みも絶たれたのだ。

まっすぐ睨みつけた銃から響く銃声と白い煙。訳も分からないままその場に倒れ込み目を閉じる。

体は担架で運ばれ車に乗せられる。どこに連れて行かれるのか?

「金壁輝、もう目を開けていいですよ。」

目を開けると軍服の男がいた。

「初めまして、貴女をこれから毛沢東様閣下の元へお連れします。」

「毛沢東だと?」

芳子はその名前を聞いて表情をムッとさせる。それは芳子を捕らえ死刑にしようとした国民党の指導者だ。

その毛沢東が芳子に何の用があるだろうか?

「閣下は貴女に新しい名前と戸籍を与え貴女を党の諜報員、そして彼の愛人として生きてほしとおっしゃってます。」

芳子は気が付いたら軍人を殴り車から飛び降りていた。



昭和23年 松本

「一生誰かに利用されるだけだと思ったら体が自然に動いていた。大陸には僕の居場所はない。そう分かって僕は偽装した旅券で日本に来た。」 

麻里子は軍服のポケットから旅券を取り出す。あやかが旅券を受け取る。中を開くと「梶原麻里子」と名前が書かれていた。

「この名前で僕は新しい人生を歩む事にした。だけど」

芳子は麻里子として都内にアパートを借り女性として仕事を探し始めた。

「たけど僕はなんとか都内の料亭で仕事を見つけたが軍にいた頃のかつての上官がやってきた。僕の事は黙っててくれると言ったが翌日僕の噂を聞いたマスコミが店に殺到してね。結局は店を辞めざるを得なくて少女時代に育った松本に帰って来たって訳さ。」

松本の川島家に戻ったが養父は既に他界。養母も芳子が戻って来てすぐ息を引き取った。

「僕は天涯孤独になった。だけど僕は完全に人間不信になった僕は誰とも関わりなくなくて清王朝の宝とか売って細々と生活していたんだ。」

「そこに私とジョセフィーヌが来たって訳ですね。」

「そうだ。」

麻里子はジョセフィーヌを抱き上げ撫でるとあやかに渡す。

「これで分かっただろ?僕は過去の産物だ。関わってもろくな事ない。」

麻里子は起き上がると軍服の上着を羽織る。

「待って下さい。」

あやかが麻里子の袖を掴む。

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