第9話:討伐者、来たる。誤解のぶつかり合いと“さらなる拡大”
──辺境の風が騒がしい。
その日、朝靄の中から現れたのは、
百騎の銀甲冑が率いる王国討伐騎士団。先頭には、赤いマントを翻す男──カーレン・ストラウス。
その姿は、見る者すべてに「英雄」の印象を与えた。
「私は、正義を執行する者……!」
一方、屋敷の裏庭では──
「……きたぁ……」
ゆかりが頭を抱えて座り込んでいた。
「ちゃうて……ほんま、ややこしいことになる前に終わらせたいだけやのに……!」
屋敷前の門に、カーレンが堂々と名乗りを上げる。
「我ら討伐騎士団は、国命を受けてこの地に参った!
ユカリ=カザミ殿、話が通じる者であれば、剣を交える前に対話を求める!」
その言葉に、ゆかりは飛び出した。
「話し合いなら、うちは大歓迎や!」
騎士団全体がざわめく。
「……ほう、“話し合い”などと……」
カーレンは、どこか悲しげに目を細めた。
「偽りの言葉で善人を欺き、軍団を築いた者が今さら“対話”などと……。
それこそ、“魔性の囁き”に他ならない」
「ちょ、ちゃうて! うちは何回も──」
「討伐開始ッ!」
「聞いてないッ!?」
カーレンの号令とともに、騎士たちが一斉に前進を始めた。
屋敷内でも、すでに軍団が迎撃体制を整えている。
「戦姫様、お言葉を!」
「戦姫様、今こそ指示を!」
「うち、何も言うてへんのに! あかん、こんなんしんど……」
その瞬間──
「“しんど……”!!」
全軍、爆発的に動いた。
「戦姫様の呪言、発動ッ!!」
「突撃だァアアアア!!」
「“しんどい”は“死線を超えて尚進め”の意!!」
「ちがうううううう!!」
兵士たちは士気マックスで駆け出し、
ラフィーナが魔導砲陣を展開し、後方支援の火力が唸りを上げる。
対するカーレン軍は規律は保っているが、想定外の突撃速度に動揺。
「なんという戦意……っ、まさか本当に洗脳されて……!?
ならば、彼女を直接討ち、皆を解放する!!」
「えええっ、なんでそっちの解釈やねん!?」
──戦況は一進一退。だが次第に、ゆかり軍が優勢に転じ始めた。
ラフィーナの砲撃がカーレンの副官隊を吹き飛ばし、
グレイの機動部隊が側面から切り込む。
「これは……まさか、正義が……劣勢に……?」
カーレンは剣を構え、ゆかりに向かって突進する。
「貴様を倒し、皆を救う!!」
「いやいや、来んなて!! 怖い怖い怖い!!」
そして──剣が振り下ろされた、その瞬間。
ドガァン!!
ゆかりの背後で爆音が鳴り、土煙とともにラフィーナの爆裂術が炸裂。
その衝撃で、両者とも地面に吹き飛ばされる。
……気づけば、騎士団は混乱し、完全に戦列を崩していた。
カーレンは泥の中から顔を出し、呆然と呟いた。
「……まさか、これほどまでとは……。
あの“呪いの一言”により、軍がここまでの力を発揮するとは……!」
「……違うんやけどな……ほんま、しんど……」
「しんど……! また発動するぞ! 撤退だッ!!」
──こうして、王国討伐騎士団は敗走した。
ゆかりは、勝利の代償として新たな誤解と伝説を得ることになった。
「“香風の戦姫”、ついに“王国の正義”をも跳ね返した」──
その噂は、翌日には全土に広がっていた。