第7話:観察者、来訪す。誤解か、それとも理解者か
──午後の陽射しが傾く頃。
屋敷の前に、ひとりの男が馬を引いて現れた。
白銀の縁の眼鏡、整った軍服、表情の乏しい顔。
それだけで兵士たちは、彼が“ただ者ではない”と気づいた。
「こちらが、香風の戦姫の屋敷か」
馬を預けた男──ロウ・ヴィスベルクは、何の躊躇もなく門を叩いた。
「どちら様ですか?」
出迎えたのは、グレイ。警戒を隠さずに問う。
「私は帝都学術局所属、ロウ・ヴィスベルク。戦姫ユカリ殿に、話があって来た」
「……戦姫様はご多忙です。内容によっては──」
「私は、彼女を“指揮者”とは思っていない。
むしろ、彼女の“真意”に興味がある」
その言葉に、グレイの目がわずかに細まった。
「……お通しします」
──応接室。
湯気の立つ茶器を前に、ゆかりはロウを見ていた。
彼は、他の誰とも違っていた。
讃えるでも、敬うでもなく。
ただ、まっすぐに見ていた。まるで“人間”として。
「……誰?」
「帝都学術局の者だ。今日はあなたに、二つの質問をしに来た」
「……うち、なんかしたかな」
「ひとつ目。あなたは、自ら軍団を作る意思があったか?」
「ない。ほんまに、ない。むしろ止めたいぐらいやったし……。
気づいたら、みんな勝手に動いとって、うちの言葉を“命令”とか“呪い”とか言い出して──」
「……では、ふたつ目」
ロウは、目を細めて言った。
「あなたは、“しんどいわぁ”で軍を勝たせた自覚は?」
「それもない! あれただの愚痴やし!」
ピシャリと言い切ったゆかりに、ロウは数秒、沈黙した。
そして──ふ、と笑った。
「……面白い」
「え?」
「君は“力”を持たない。ただ、“言葉”に偶然が乗っただけ。
だが、世界はそれを力と見なす」
「それって……つまり?」
「君が自覚しようとしまいと。
今の君は、国家を揺るがす“象徴”として動いているということだ」
その言葉に、ゆかりは押し黙った。
グレイやラフィーナとは違う。
この男は、誤解も崇拝もせず、ただ“事実”だけを並べてくる。
「だから私は、判断を保留する。君が敵か味方か、危険か無害か──
それは、これから確かめさせてもらう」
「うちに、確かめられることなんか……」
「ある。むしろ、君自身にしかない」
ロウは席を立つと、最後に一言だけ残した。
「──“誤解”は、偶然じゃない。繰り返されるなら、それは才能だ。
それを制御できないなら、君は英雄にも災厄にもなる。気をつけて」
そう言って、静かに去っていった。
ゆかりはしばらく黙っていたが、やがてぽつりと漏らす。
「……ああいう人、苦手やなぁ。
……けど、ちょっとだけ、“ちゃんと話せた”気がしたわ……」
いつもと違う。
賛美でも誤解でもない、ただの“対話”。
それは、ゆかりにとって初めての“理解の可能性”だった。
──だが、その一方で。
ロウが帝都に戻る前、密かに別の使者がゆかりの軍団に近づいていたことを、
彼女はまだ知らない──。