第6話:帝都に走る震撼と、新たなる影
──帝都、王宮。
「第三特務遊撃隊が……“五十の私兵”に敗れたと?」
その報告に、王室会議の空気が凍りついた。
沈黙を破ったのは、第一王子・クラウディオ。
「それは本当なのか? その“私兵”の指揮者とは……まさか」
「……はい。報告書によれば、“香風の君”と呼ばれる少女が指揮をとっていたと」
「“香風”……聞き覚えがあるな」
その名を聞き、クラウディオの目が細められる。
側に控える文官が耳打ちした。
「先日、侯爵家を追放されたミリアージュ嬢──
改め、“ユカリ=カザミ”のことかと」
「まさか、あの小娘が……?」
王族や貴族の間で、ざわめきが広がる。
だがその中で、ただ一人、冷静な男がいた。
「……妙だな」
それは、帝都学術局に籍を置く青年──
“観察者”として諜報と学術の両輪を担う、知将。
白髪混じりの髪と無表情な顔、そして一言一句の重みが特徴の青年だ。
「正規軍が、兵力で勝る相手に敗北した? 不可解だ。もっと別の要因がある」
「どういう意味だ、ロウ」
「兵力、装備、配置──すべて正確であると仮定した場合、
敗因は“指揮者の言語”に起因している可能性がある」
「言語……?」
「詳細な戦闘報告書によれば、“しんどいわぁ”という音声により全軍が突撃したという。
これは命令というより“呪言”に近い作用を持っていたと記録されている」
「ばかな……そんな言葉ひとつで軍が動くなど……!」
「それが“本当”なら──極めて危険だ。
彼女の声そのものが、“民を動かす力”を持っている可能性がある」
ざわ……と会議場が震えた。
「まさか、言語支配の適応者か……」
「旧文明の“律の魔女”……?」
ロウは静かに言葉を継いだ。
「私が直接、接触してみよう。彼女がただの誤解された令嬢なのか、
それとも……国家を揺るがす存在か。見極める必要がある」
──その頃、辺境の屋敷では。
「……なんか、背中がぞわぞわする」
ゆかりが茶をすすりながら、縁側でそう呟いた。
兵士たちは今日も真剣に“しんどいわぁ”の発声練習をしている。
「あぁ……なんやろ、この感覚。
誰かが、うちを“まともな目”で見とる気がするわ……」
ゆかりの予感は当たっていた。
誤解に踊らされ続けた彼女の前に、
“初めて真実を見抜く男”が、静かに歩み寄ろうとしていたのだった──。