第4話:物資は届き、誤解は育つ
──それは、まったくの偶然だった。
「さっぶ……。あかん、火ぃ絶やさんようにせんと……」
その独り言が、どれほどの誤解を生むかなど、ゆかりは想像もしていなかった。
寒風吹きすさぶ朝。
屋敷の裏庭で薪を集めながら、ゆかりは思わず本音をこぼした。
その声を、ちょうど物陰で“戦姫語”を記録していたラフィーナが聞き取ってしまう。
「火を絶やすな──つまりそれは、持続する魔力の象徴!? 命令だ! 緊急展開よ!!」
一時間後。
屋敷前に、物資と人員を満載した荷車が三台、次々と到着した。
「ゆかり様! ご命令の通り、備蓄を増強しました!」
「え……なにこれ?」
「昨晩の“火ぃ絶やさんように”とのお言葉により、
屋敷の防衛と生命維持に必要な全資源の再調達を急行しました!」
「ちゃうちゃうちゃう! それ、ただ寒いから焚き火の心配しただけやのに!」
「なるほど……“寒さ”という外敵に対する注意喚起だったのですね! 深い……」
「ちゃうて……!」
グレイが厳かに告げた。
「先の“冷えるさかい火ぃ絶やさんように”を、
防衛班は《補給線の継続的確保》という暗喩として解釈いたしました」
「いや、暗喩ちゃうやろ……ただの生活感の話やろ……」
混乱するゆかりをよそに、屋敷では新たな施設の建設が始まっていた。
温泉用の貯水タンク、調理場の拡張、果ては兵士の仮設寮の第二棟まで。
(どうして、こうなったんやろ……)
ぽつりと漏れたその声に、ラフィーナがぴょんと跳ねて反応した。
「出た! 今の“どうしてこうなったんやろ”もきっと呪言よ!」
「やめてぇぇぇぇぇ……!」
──その夜。
軍団内では、「香風の戦姫は、言葉で未来を操作する“語律の巫女”」という
新たな伝説が静かに、けれど急速に広まりはじめていた。
ゆかりは、屋敷の縁側でお茶をすすっていた。
「……明日は“静かにして”って言ってみよかなぁ。
そしたら、全部止まるかもしれへん……」
だが、明日の誤解は、さらにとんでもない方向へ転がっていくのだった。