第3話 :弟子入り志願、その理由は“精霊の言葉”らしい
その日の朝。
ゆかりは、屋敷の裏庭で花に水をやっていた。
水瓶の重さも、ようやく慣れてきた頃だった。
「……あぁ、なんや落ち着くなぁ。せやけど……」
裏庭には、すでに木材が積まれ、小さな倉庫の建設が始まっている。
訓練中の兵士たちの掛け声や、道具の音が聞こえてくるたびに、現実味が増していく。
「うちは、ほんまにここで暮らしていけるんやろか……」
──そのときだった。
「ごめんくださーい! どなたかいらっしゃいますかーっ!」
明るく響く声が屋敷に届いた。
対応に出たグレイが目を細める。
「どちら様でしょうか?」
門の前に立っていたのは、白衣姿の少女だった。
魔術師の印である金細工のバッジを胸につけ、腰には魔導書と杖。
銀色の髪と快活な目が印象的だった。
「私、ラフィーナっていいます! 王立魔術院で首席をしていました!」
「王立魔術院……!?」
「はい! でも、つまらなくなったのでやめてきました。
本当に学びたいことは、あそこでは学べない気がして」
ラフィーナは、グレイを押しのけてずかずかと屋敷に入ってきた。
「“香風の君”ってここにおられるんですよね? 絶対に話さなきゃいけないんです!」
ゆかりは、ちょうど居間から顔を出していた。
「え、えっと……なんでしょう?」
「やっぱり! あなたですね!」
ラフィーナはぴたりと立ち止まり、目を輝かせてゆかりを見つめた。
「“ほんま、かなんなぁ……”って言葉、あなたが言ったんですよね?」
「……え? ああ……そやけど、それが何か……」
「やっぱりだ! あの響き、間違いありません!」
「は?」
「私は精霊との波動解析を専門にしてるんです。あなたのその言葉、完全に“精霊語”です!」
「いやいや、ちゃうて。それ、うちがただ、ぼやいたんやけど……」
「“ぼやく”……それも古代語的な概念ですね。内なる声を吐き出す=精霊との交信……やっぱり!」
(あかん……また、話が飛んでる……)
「お願いです、弟子にしてください!」
「弟子ぃ!?」
「私、あの一言を聞いた瞬間、ずっと探していた“本物”に出会えたと思ったんです!
今までの魔術理論なんて吹き飛ぶくらい、あなたの言葉には力がある!」
「ないないない! うちはただ、言うてるだけで……!」
「“うち”? 今、“うち”って言いましたよね!?
それ、“自己と精霊の融合を示す単語”なんですか?」
「ちゃう。“うち”は“私”や。普通の一人称や!」
「なるほど……“私”という言葉に、“内在の精霊”の意味を込めて使ってるんですね……奥が深い!」
(この子、ほんまに聞く耳持たへんわ……)
それでもラフィーナは真剣な目で、ゆかりの前に膝をついた。
「どうか……あなたのそばで学ばせてください。もう一度、魔術を信じたいんです」
──そして、その夜。
ラフィーナは屋敷の片隅に「精霊語観測室」と称する小屋を作り始めた。
兵士たちは、その不思議な機器と魔術陣を“戦姫の意志を記録する神聖な儀式”と理解し、
ラフィーナは「香風の巫女」と呼ばれるようになる。
ゆかりは、庭でお茶を飲みながら静かに呟いた。
「……なんで“しんどい”言うただけで、歌にされてんねやろ……?」
軍団は、今日もゆかりの本音を“真理”と解釈しながら、着実に育っていくのだった。