最終話:それでも、生きててええ
──ヴァルト峡谷、混戦。
革命軍の急襲により、王都軍も戦姫軍も一時混乱。
だが、いち早く動いたのは、香風ゆかりだった。
「援護! 子供らと負傷者は後方へ!
せやけど、“怒り”だけで剣振るな! それが一番、自分を殺す!」
その言葉に、兵士たちは顔を上げた。
──剣を交える中、ゆかりは叫ぶ。
「うちは神やあらへん! 救える力も、癒せる力もない!」
「けどな! “生きてるだけでええ”って、言うたるくらいはできる!」
「だから、もう自分を責めるな!
誰かと比べて、“自分があかん”とか思うなや!」
──その叫びは、まるで戦場全体を包むように響いた。
革命軍の青年兵の手が止まった。
王都兵の剣が震えた。
戦姫軍の少女が、涙を流して地面に座り込んだ。
『……しんどい、って言うてええんやんな。
うちら、ずっとそれを誰かに許されたかっただけやんな……』
──そのとき、誰ともなく剣を置いた。
王都軍の一部が降伏。
革命軍の指揮系統が崩壊し、退却を始めた。
そして、香風ゆかりは剣を鞘に収め、
地面に膝をついて、静かに言った。
「──もう、ええやろ。なあ、うち、もう喋らんでもええか?」
誰もが黙った。
でも、誰かがそっと言った。
「……いいえ。
“生きてるだけでええ”って、もう一度、言うてくれませんか」
ゆかりは、少しだけ泣いて笑った。
「しゃあないなぁ。
ほな、もう一遍──言うたるわ」
──風が止み、火が消え、夜が明ける。
戦は終わった。
後日、帝国は「地方自治同盟」による緩やかな連邦制へ移行。
香風ゆかりは政治の表舞台から姿を消し、再び“香風の屋敷”に戻った。
“しんどい者の会”は、今や全国に拠点を持つ「言葉の診療所」となり、
香を使った“心の手紙”は、国を越えて広まった。
彼女の名前は、いまや神でも英雄でもない。
ただひとつの記憶として――
「“生きててええ”って、誰かが言うてくれたから、わたしはここにいる」
そう語る人の中に、確かに息づいていた。
──そして今日も、彼女は庭先で、
誰かの“しんどい”に、あったかいお茶を淹れている。
香風ゆかり。
“しんどいと言える時代”を、創った一人の少女の話は、ここで幕を閉じる。
― 完 ―
『追放令嬢ですが、京都弁がふいに出るたび誤解されて軍団ができました』を読んでくださった皆さまへ
はじめまして、あるいは、ここまでお付き合いくださった皆さま、本当にありがとうございます。
この物語は、たったひとつの思いつき──
「ふと漏れた京都弁が、なぜか誤解されて、伝説になってしまったら?」という発想から始まりました。
世の中には、“言葉のズレ”がとても多くあります。
伝えたつもりが伝わらなかったり、何気ない一言が、思わぬ力を持ってしまったり。
この物語の主人公・香風ゆかりもまた、そんな“ズレ”の中で、時に笑われ、時に祀られ、時に恐れられながらも、
それでも最後には、自分の言葉を、自分で選び取りました。
「生きててええ」
そんな一言が、誰かの明日を支えることもある。
それは奇跡ではなくて、ただの“人間の言葉”だからこそ、尊いものなのかもしれません。
そして、ゆかりが最後まで「神様」にならなかったように、
読者の皆さんも、自分の“しんどい”を責めないでいられる場所を、どこかで見つけてくだされば嬉しいです。
誤解で始まった物語が、誤解ではない“本音”にたどり着けたと信じて。
また別の場所で、あなたとお会いできますように。




