第23話:聖女審問会と沈黙の十字架
──帝都大聖堂、聖審問の間。
重く閉ざされた石造りの空間。
天井からはステンドグラスを透かした神光が差し込み、
中央には、ひとつの椅子が据えられていた。
「異端か、神か」
審問官が口にしたのは、ただそれだけ。
ゆかりは、その椅子に一人で座る。
列席するのは、聖女エレナ、帝都枢機卿団、各国代表。
傍聴席には、王家、民間代表、そして全国中継の魔術映像。
“世界が見ている”。
──審問の第一問。
「貴女は、自身が“神格”であると認識していましたか?」
「してへん。うちは“しんどい”ゆうただけや」
「では、その“言葉”によって人々を導いたことを、否定しますか?」
「否定はせぇへん。けど──“導いた”やなんて、そんな立派なもんやない」
「貴女の言葉が国境を越え、民族を癒し、宗教を揺るがした。
それでも、ただの“しんどい”と?」
「そうや。“生きるのがつらい”って言うのに、肩書きも奇跡も要らんやろ?」
──審問官は眉をひそめる。
エレナが静かに前へ出た。
「ならば、問います。
もし“貴女の言葉”で戦争が起きたら、どう責任を取るのですか?」
ゆかりは、少し目を伏せて答えた。
「責任は取られへん。うちは人や。
けど、その言葉を止めたら、救われへん人もおるやろ?」
「“神の言葉”は万能であれ。“人の言葉”は責任を負え」
エレナの声が、厳かに響いた。
「その矛盾こそが、“神格の危険”なのです!」
「ほな、あんたが望む“安全な言葉”ってなんや?
“誰も傷つかへん言葉”なんか、ほんまに存在すんのか?」
「──存在しません」
その答えは、エレナの口から出た。
会場がざわめく。
エレナはゆっくりと語った。
「存在しない。だから私は、神の器として“無”で在ろうとした。
けれどあなたは、“誰かの痛み”をそのまま語る。
その違いが、あなたを“危うい神”にしたのです」
ゆかりは小さく笑った。
「せやろな。でもな、エレナさん。
それでもうちは、あんたより──ちょびっと“人間の味方”やったんかもしれへんで」
──その言葉に、エレナは初めて、返す言葉を失った。
──そのとき、後ろの席から声が飛んだ。
「戦姫様は神やない!
けど、うちらに“しんどいって言ってええ”って教えてくれた、初めての大人や!」
「俺の弟は、戦姫様の言葉で自殺やめたんや! 誰がなんと言おうと、うちの神や!」
「そんなん、神やなくて“希望の言葉”やろ!」
──聖堂中に、ざわめきと涙の声があふれた。
審問官が叩く。
「静粛に!」
しかし、止まらない。
“誰かの声”ではなく、“みんなの声”が、
ゆかりの存在を“正解でも否定でもない場所”に押し上げていく。
エレナがふっと笑った。
「……やはり、貴女は“神”にはなれないのですね」
「そらそや。うちは“ただのしんどい女”や」
「──でも、その言葉で、どれだけの人が救われたか」
──判決は、下された。
「香風ゆかり、神格・異端いずれにも非ず。
すなわち、“人の言葉を語る、ただの者”なり」
──その夜、ゆかりは屋敷の縁側で、一人風を感じていた。
そこへ、ミリアムが小さな菓子を持ってくる。
「お疲れ様でした。これ、落雁。“神様にあげるやつ”ですけど、
……今日は、あなたに食べてほしくなって」
ゆかりは少し笑って言った。
「うち、もう神ちゃうからなぁ。……けど、食うわ。甘いのは、ええなぁ」
──そして、その夜。
帝都を離れたとある男が、深い森でつぶやいた。
「“人の言葉”が神を超えたか──
さあ、次は“人の兵”が、国を超える番やな」
その男の名は、“将軍ノワール=ヴァルト”。
次にゆかりの軍団が直面するのは──国家分裂と、
“戦姫の軍”による内戦だった。




