第20話:『戦姫神話』、そして新たなる誤解へ
──演説の翌日。帝都広場。
王都の壁という壁に、筆で書かれた紙が貼られていた。
『今日もしんどいけど、戦姫様がそう言うたし、生きててええんや』
『戦姫様の言葉で寝坊しました(職場には言わんといて)』
『わいも“しんどい信者”や。しんどい者の会、はじめました』
それは、冗談であり、祈りであり──信仰だった。
──その夜。王城の裏手。
黒服の貴族たちが集まっていた。
「……“香風の戦姫”の影響力、もはや宗教を超えたぞ」
「神格化が進めば、王家すら超え得る……“象徴元首”に仕立てるべきだ」
「彼女がただの“お人好し”であるうちに、我らが主導権を握る──」
──ゆかりの知らないところで、“戦姫元首計画”が動き始めていた。
──香風の屋敷。
屋敷の外では、人々が花や果物を手に集まり、
「しんどい詣で」と称して門の前で一礼していく。
ミリアムが慌てて走り込む。
「たいへんです!《しんどい者の会》なる団体が勝手に発足し、
“戦姫様の語録を朝に唱えると気が楽になる”とか言い出しました!」
「えぇ……そんな健康法みたいな信仰あってたまるかいな……」
さらにラフィーナが続ける。
「帝都西教区の教会が、“戦姫様は現代に現れた魂の導き手”と発表しました!
すでに国外でも“教義転換”が始まっている模様です!」
「……ちょっと待って、なんでうち、宗教改革の火種になってんの……?」
ゆかりは頭を抱え、倒れ込みながら呟く。
「誰か止めてぇや……うち、ただ“しんどい”言うただけやのに……」
──だが、そのとき。
屋敷の門が大きく開く音がした。
現れたのは、帝国宰相直属の外交官・セラ=ミルドレッド。
端整な顔立ちに冷徹な瞳、まさに「国の意志」を体現する女。
「“戦姫”ユカリ=カザミ殿。あなたに陛下からの親書がございます」
「え、うち国王から手紙もらうほど偉なったん……?」
セラは読み上げる。
『帝国として貴殿を“国家象徴元首候補”に指名したく、
本件に関する協議の場を設けたい』
「……象徴元首って、なに?」
グレイがすぐに補足する。
「国の憲政上の“象徴”、つまり名目上の君主──
つまり、女王になってください、という意味です」
「──はぁあああ!?!?!?」
──翌日、帝都では号外が配られた。
『戦姫、次期象徴元首か!? 王政の終焉、国教刷新の予兆』
『“神格としての元首”、王族に代わる国民統合の柱に?』
帝国中が、騒然とする。
──だがその裏で。
エレナは一人、聖堂の奥で祈っていた。
「……やはり、彼女は“神”ではありません」
「ゆえに、神格として扱われるほど──脆い」
「だからこそ、必要なのです。“決定的な証明”が」
「“人の希望”が“人であること”の限界を迎えたとき──
その歪みは、世界に牙を剥く」
──彼女の手には、一通の封書。
宛名は、《香風ゆかり》──差出人は、《父》と記されていた。
その手紙が、ゆかりの過去と、そして国家の均衡を揺るがす
“もう一つの誤解”を呼ぶことになる──




