第2話 :忠誠の誓い、それは京都弁ひとつから
辺境の小さな屋敷は、ひっそりとした丘の上にあった。
軋む木の扉、崩れかけた石垣、庭に咲く名も知らぬ花。
かつては貴族の離宮だったというが、今では使用人もいない廃邸である。
そこに、追放された元令嬢──綾小路ゆかりは、ただひとり、椅子に腰を下ろしていた。
「……静かやなぁ」
ふいに漏れる京都弁。
けれど、今は誰もそれを咎めない。誰に気を遣う必要もない。
それが、かえって少し寂しかった。
とはいえ、落ち込んでばかりもいられない。
明日からはこの屋敷を最低限、住めるようにしなければならない。
食材の在庫確認、水の確保、雨漏り箇所の修理……。
「ひとまず、掃除から始めよか」
そう思って立ち上がったところで。
──ガタン!
玄関の扉が勢いよく開いた。
誰かが入ってきた……?
「ゆかり様!」
堂々たる体躯をした銀髪の男が、膝をついて頭を垂れる。
深紅の軍服、鋼の如き気配。
その姿は、帝国軍でも名高き武将の威風を帯びていた。
「……え?」
「先日の“お言葉”、しかと賜りました。貴女の御意志、忠義をもってお支えいたします」
「ちょ、ちょっと待ってください……どなたですか?」
「……! あ、これは失礼いたしました。元帝国陸軍第一師団副将──グレイ=ストラトフォードと申します!」
その名を聞いて、ゆかりの顔がこわばる。
戦功十六、皇子の親衛隊にも名を連ねていた男……どうしてそんな人物が、ここに?
「まさか、あの一言が……いや、まさかとは思いましたが……」
「…………」
──いや、どう考えても勘違いである。
「待ってください、グレイ様。私、何か“お言葉”なんて……」
「“ほんま、かなんなぁ”と……あの《静奏の巫言》を、我らが戦姫の口から賜ったではありませんか」
「それ、ただの独り言です。しかも韓西、いえ、古都の方の方言で……!」
「……やはり《古都》の系譜を継がれる方だったのですね」
「話を聞いて……!」
しかし、グレイは勝手に話を進める。
「陛下は貴女を恐れたのでしょう。真なる力を隠すために追放という形にした……」
「せやから、違っ……」
「“せやから”……やはり、間違いない。あの響き……本物です」
ゆかりは顔を覆った。
これはもう、何を言っても止まらない気がする。
グレイはうやうやしく膝をつき、短剣を逆手に構える。
「この命、香風の君に捧げます。我が主──綾小路ゆかり様」
「香風って誰……って、うちかいな……」
静かな屋敷に、今日もまた誤解の風が吹く。
──数刻後。
屋敷の庭には、物資と人足を満載した荷車が3台、続けて到着した。
「指令に従い、戦姫様の拠点整備に参りました!」
「屋敷の防衛は、我らが厳重に行います!」
「水源確保も完了しました、報告いたします!」
ゆかりは、ただのほうけた顔で彼らを見つめていた。
「……いつの間に、こんな大事に……?」
それが、最強と謳われる“香風の軍団”の最初の一歩だった。