第19話 :希望を語らないと。沈黙に屈せぬ者として
──帝都・大劇場。
王国最大の広場を中継する、魔術映像中継装置の前には、世界中の視線が集まっていた。
観覧席には各国首脳、宗教代表、軍事司令官、学者、民衆──
そして、舞台の左右にはそれぞれ一人ずつ。
左手、聖女エレナ。
その姿はまるで天から降りた光の化身のよう。
右手、戦姫ユカリ=カザミ。
肩にマント、頬に不安げな色、でも目はまっすぐ前を向いている。
魔術放送が始まる。
司会役の神官が進行を告げた。
「本日、世界に問います──
“誰の言葉を希望とするか”。
語るは、神に選ばれし聖女。語るは、民に選ばれし戦姫。
どうか、その心に響く声をお聴きください」
──まず、エレナが一歩進んだ。
静かに手を合わせる。
「皆様。私は、神と契約し“無垢の器”として生まれました」
「私には苦しみも、悩みも、存在しません。だからこそ、
誰かの痛みを、汚れのないまま“救い”に変えることができます」
「どうか、私の手をとってください。
貴方の痛みを、涙を、言葉にできぬ苦しみを──全て、神の元へ捧げましょう」
その声は柔らかく、澄んでいて、何より美しかった。
観客席の多くが、その神々しさに息を呑んだ。
──だが、そのあと。
ゆかりは、ゆっくりと舞台の中央に出た。
深く息を吸い、軽く手を挙げた。
「……うち、神やない」
「うちは、ただの、しんどいをよぉ言う小娘や」
「皆なぁ、“しんどい”って言うたらあかんって思うやろ?
誰かが泣いてるとき、“そんな弱音吐いたら恥や”って──
けどな、それって、めちゃくちゃしんどいことやねん」
「誰かに頼ること、泣くこと、逃げること。
それ、全部“生きとる”って証拠や。
うちは、そこにしか希望なんてないって、思うてる」
会場が静まりかえる。
魔術映像の向こう側──
異国の農村でも、港町の茶屋でも、王都の地下街でも──
人々が、息をするように、ゆかりの言葉に耳を傾けた。
「うちは、あんたらに“救い”なんてあげられへん。
けどな、“あんたがしんどい”って言うとき、
“うちもしんどいわ”って、言うことくらいはできる」
「それが、うちの“言葉”や。
完璧やないけど、嘘やない──うちは、それでええと思うてる」
──沈黙。
そして──
どこかの席から、ひとつ、拍手が鳴った。
それはやがて波紋のように広がっていき、
ゆっくりと、全会場に満ちていった。
“完璧な救済”ではなく、“不完全な共感”を──
それが、多くの者にとって、真実だった。
──エレナは一言も発さず、ただその様子を見ていた。
やがて、舞台を後にしようとしたそのとき。
「……あなたの言葉は、神に届きません。
けれど──人の心には、きっと届いたのでしょう」
「……うちは、別に神に言うてへん。生きとるあんたらに言うてんねん」
エレナは振り返らず、静かに歩み去っていった。
──翌朝。
王国の広場には、誰かが書いた言葉が貼り出されていた。
『今日は、しんどいって言ってええ日や。
明日は、ちょっとだけマシやとええな。──ユカリ』
世界は、少しだけ優しくなった。
そして──その言葉を敵とする者たちもまた、動き始めていた。




