第17話:刺客、夜を翔ける。そして誤解は加速する
──深夜。香風の屋敷。
全てが静まり返るそのとき、屋根裏から“気配”が滑り込む。
影のように舞い、風のように歩く一人の刺客──
《反戦姫連合》が差し向けた、“沈黙の刃”リゼ=カルトゥナ。
彼女は言葉を一切話さないことで知られる、
“殺しの瞬間に感情を揺らさぬ”ことを信条とする、無音の暗殺者だった。
彼女は迷いなく、寝室の扉を開け──
そこに眠るゆかりへと、短剣を振りかざす。
──その刹那。
「……ん、誰やぁ? 夜中にこっそり来るとか、まるで乙女やなぁ……」
──その声で、リゼの動きが止まった。
眠気まなこで目を開けたゆかりは、
彼女の影と、刃と、そして震える指先に気づいた。
「……ほんまに、刺しに来たんか?」
リゼは答えない。ただ、刃を構え直す。
「うち、たぶん“刺されてもしゃあない”言われる立場なんやろな……」
「でもな──」
ゆかりは、どこか遠くを見るように呟いた。
「こんな夜中にまで、うちのこと刺しに来なあかんあんたのこと、
“かわいそう”って思ってもうた自分に、腹立ってるんよ」
「ほんでな、今ちょっとだけ──“しゃべりたくなった”やろ?」
──リゼの手が震えた。
その瞳に、一瞬だけ涙が浮かんだ。
そして、彼女は──刃を下ろした。
「……なんで、あたしのこと……そんなふうに……」
「やっぱしゃべれんねやん、良かったわ。
ほなもうち、刺されへん理由できたな?」
リゼは崩れるように膝をつき、泣きながらこう言った。
「ごめん……殺すつもりやった。
でも、あなたの言葉が、まるで……罪を赦された気がして……!」
──そのやり取りを、屋敷の警備兵が目撃していた。
翌朝、その出来事は屋敷の外に“改変”された形で伝わる。
『戦姫、刃を向けた暗殺者を言葉だけで改心させ、涙を流させる』
『沈黙の刺客が、“救われた”と号泣──戦姫の声は人の心を浄化する神語か』
その報せは瞬く間に帝都を駆け巡り──
「……すげぇ……“話すだけで暗殺者が落涙”……」
「もう、神やろそれ……」
「いや、戦姫様は神を超えた存在や!」
──伝説は、一人歩きを始めた。
ゆかりは、机に頭を抱えていた。
「またや……またなんもしてへんのに、なんか伝説になっとる……」
ミリアムが書類を持って駆け込む。
「戦姫様! 西方同盟国《エンデルノ王国》から“信仰派遣団”が来るとのことです!」
「信仰!? うち、いつから“輸出品”なったん!?」
グレイが腕を組み、冷静に告げる。
「戦姫様、もはやこれは一つの外交問題です。“あなたをどう扱うか”が、国家戦略になりつつあります」
──こうして、“誤解”は国境を超えて波及していった。
だが──
その裏で、リゼ=カルトゥナが密かに残した一通の書状が、
《反戦姫連合》の中枢を揺るがし始めていた。
『戦姫に接した者として、ここに誓います。
あの方は“偽物”でも“呪詛者”でもない。
ただの、人間です。それが、どうしようもなく……温かかった。』
──そして、新たな動きとして《反戦姫連合》の中に
「ゆかり擁護派」が密かに台頭し始める。
誤解が、次の誤解を呼び、
やがてそれが“真実を求める者”を生む──
その連鎖が、今まさに“神話の崩壊”を予兆し始めていた。




