第10話:新勢力と密談者、誤解の連鎖は“国際問題”へ
──その名は、すでに国境を越えていた。
「“香風の戦姫”、帝国軍を退け、討伐騎士団を撃破──」
「しかも、すべて“言葉ひとつ”で軍を動かす“呪言使い”だと?」
「……我が国にとって、脅威でもあり、宝でもあるな」
──東の大国・リネシア帝国。
その情報機関《蛇の幕》の密談室では、ゆかりに関する報告が積み上がっていた。
「とにかく接触しろ。“使える”か、“潰す”か。それを見極める」
「適任者は?」
「……あの者を送る。“仮面の交渉人”──ミリアム・ゼルファ。
“戦姫”の言葉が本物なら、最初に呪殺されるのは彼女だろうな」
──同じ頃、辺境・香風の屋敷。
「ふぃぃ……朝からまた手紙が二百通……。もう読まんでええかな、これ」
ゆかりはテーブルに埋もれながら呻いていた。
噂を聞いた地方領主、怪しげな宗教家、何かの団体名を名乗る者──
“香風の戦姫”宛の書簡が、毎日増えていく。
「戦姫様、今朝は“預言者”と名乗る少女が屋敷前で待っております」
「怖いわ!」
「“婚約者になりたい”という男が百人ほど門前に並んでいます」
「怖いっちゅうて言うとるやろがぁあ!」
グレイは静かに言った。
「……これが、名声の代償です。誤解が力となり、力が誤解を呼ぶ」
「ほな、誰か“正しく理解してくれる人”はおらんのかい……?」
──と、そのとき。
「失礼。お取次ぎ願いたいのですが」
屋敷前に、銀仮面をつけた旅装の女性が現れた。
年齢は二十代半ば、声に冷静さと毒気が混ざる。
「名をミリアム・ゼルファ。通りすがりの外交顧問……という名目の者です」
「外交顧問……て、ほんまに通りすがりか?」
「まあ、道を間違えたのは確かですね。
誤解で軍団を築き、誤解で勝利し、誤解で指名手配され──
それでもここに笑って座っておられるあなたを、私は“とても面白い”と思っただけですよ」
その目は、観察者ロウと同じ“冷静な目”をしていた。
──その夜。
ミリアムはグレイやラフィーナと軽く言葉を交わしながらも、
ただ一つの目的を胸に抱いていた。
(この戦姫──本当に“ただの人間”なのか。それとも──)
──そして、翌朝。
ミリアムは“仮面”を外し、ゆかりの前に膝をついた。
「正式に、あなたの軍へ参加したく存じます」
「……は?」
「我が祖国リネシア帝国は、あなたの力を危険視しつつも興味を抱いています。
私がその“観察者”としてここに潜ったことも否定しません」
「なんやその正直すぎる自己紹介……」
「けれど、あなたを見て思いました。“これは災厄ではない。奇跡だ”と。
ならば、この混乱の時代に賭けるべきは、あなたしかいないと」
ゆかりはしばし黙ったのち、言った。
「……誤解でも、助けになってくれる言葉なら──うちは、受け入れる。
ただ、ほんまに“災厄”ちゃうって……信じてくれるんならな」
ミリアムは軽く微笑んだ。
「……誤解も、積み重ねれば“信仰”になります。あなたがそれを許す限り、私は味方です」
──こうして、
“香風の戦姫軍”に、初の“他国出身の密使”が加わった。
それが、さらなる戦乱と誤解の火種になるとも知らずに──。




