9話 一方、その頃――
一方その頃、王都では――
「偽の聖女」を追放したことで、殿下と貴族たちは上機嫌だった。
「ようやく、目障りな小娘が消えたな」
「これで王家の面目も保たれるというものだ」
そんな言葉が、貴族たちの間で笑い混じりに交わされる。中には、あからさまにほくそ笑む者もいた。
古くからのしきたりで、王太子である殿下は“聖女”と婚約を結ぶことになっていたが、内心では面白くない思いを抱いていた。平民の娘など妃にふさわしくない。貴族社会の誰もがそう考えており、アメリアの存在は常に邪魔者扱いだった。
精霊の加護?聖女の力?
目に見えぬものを、どうして信じられるというのか。貴族たちは鼻で笑い、そもそも見えもしない存在など信じらないと聖女の存在自体に懐疑的だった。
アメリア――平民出の聖女。
どれだけ嘲られても、涙ひとつ見せずに耐え続けた。その姿は、殿下にとっても歯がゆく、苛立ちの種でしかなかった。
はじめて彼女と顔を合わせたときのことは、今も記憶に残っている。地味で平凡な容姿に落胆し、貴族令嬢のように媚びへつらうこともなく、愛想もない態度も気に入らなかった。
そんな平民の婚約者に気を遣う必要もないだろうと、ドレスの一枚も贈らなかった。周囲と一緒になって馬鹿にした。
だがアメリアは、どれだけ虐げても涙ひとつ見せず、ひたすら耐え忍ぶだけだった。その態度も面白くなかった。
しかし、婚約破棄を突き付ければ、さすがのアメリアも泣いて縋るだろう。
そう高を括っていたのに――
アメリアは涙どころか歓声を上げた。
まさか跳ねるように喜んで城を飛び出すとは、誰も想像していなかっただろう。
呆気に取られた殿下は慌てて、すぐに兵を差し向けた。だが、城門をはじめ要所のすべてが茨に覆われ、追う事が出来なかった。
剣で薙いでも、火を点けても、蔓は瞬く間に再生し、鉄鎖のように絡みついて出口を塞いだ。
ようやく茨を払って城外へ出たときには、アメリアの影すら見当たらなかった。城下をくまなく探しても手がかりはなく、彼女はすでに王都を離れた後だった。
「あの茨は何だったのか……。アメリアの仕業か?」
「あの女が妙な魔法でも使ったのでしょう。聖女ではなく、魔女だったんじゃないかしら」
クローディアが笑いながらそう言う。王子も笑って、あっさりそれに同調した。
「そうに違いない。あいつは聖女らしくなかった。……クローディア。美しい君こそ、よっぽど聖女に似合うよ」
「まあ、殿下ったら。ふふっ」
そうだ。アメリアなんか、聖女よりも魔女のほうがよほどお似合いだ。いくら貶しても怯まないあの瞳も、澄ました態度も、すべてが気に食わなかった。
王子である自分の伴侶には、クローディアのように美しく高貴な女性こそ相応しい。
すでに聖女の名は剝奪した。おいおい国中に手配書を回してやればいい。
辺境の森にでも放り込む算段だったが、逃げられたところでたかが知れている。どのみち、国内に居場所などあるはずもないのだから、と殿下は高らかに大口を開けて笑った。
――だが、彼らはまだ知らなかった。
その嘲笑の背後で、破滅の足音が近づきつつあることを。
◇◇◇
やがて数週間後、辺境の村にも手配書は届いた。
紙に描かれた少女の顔に、数人の村人が一瞬だけ目を留める。
特徴的なストロベリーブロンドに若葉色の瞳。先日、盗賊団を退治して村を救ってくれた一人の少女が頭の中に過ぎた。
だが、誰ひとり声を上げる者はいなかった。
なんでも、彼女には、聖女を詐称した罪があるらしい。
だがあの日、村人たちが会ったのは、狡さなど微塵もないひとりの少女だった。むしろ、何の見返りも求めず、危険を顧みずこの村を救ってくれた恩人。
「……あの子が、聖女様だったんだ」
誰かが小さく呟いたが、その声はすぐに飲み込まれ、誰も続けようとはしなかった。
ただ一つ確かなのは、かつて“聖女”と呼ばれた少女がこの村を救ってくれたという事実。偽物だと非難されようとも、救われた村人たちにとっては、彼女はまぎれもなく“聖女”だった。村人たちは少女への感謝を胸に刻みながら、多くを語ることなく静かに日常へと戻っていった。
今日は短めの更新になります。王都はなんだか不穏な気配……。