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6話 旅は道連れ世は情け

この国――アルヴェイン王国では、初代国王と聖女の二人が協力して張ったとされる結界のおかげで、強大な魔物は生まれにくく、外部からも近づけないとされている。

魔物は本来、瘴気から生まれる存在だが、結界の内側ではその瘴気が発生しにくいのだ。


ちなみに瘴気とは、負の感情や死のエネルギーが凝縮された、有害な気体のこと。生物にとっては有毒であり、触れたり近づいたりすることで、さまざまな状態異常を引き起こす危険性がある。


その瘴気が発生しない為、この国は基本的に平和だった。


……とはいえ、強力な魔物こそ現れないものの、だからといって油断はできない。

危険な存在は魔物だけとは限らない。


盗賊や山賊など、悪意を持った人間たちは、結界の中にも確かに存在しているのだ。


そして、わたしは――

盗賊と思しき男たちが商人を襲っている現場に、偶然出くわしてしまった。

それは、森の葉が光を受け、木漏れ日が揺れる土の道を歩いていた時だった。


――どんっ、がしゃんっ!


「うわぁぁっ!」


遠くから、騒がしい音と怒鳴り声が聞こえた。

ただの動物の鳴き声ではない。金属がぶつかり合うような激しい音。


「……えっ、なになに?けんか?」


わたしは足を止め、音のする方向に耳を澄ませる。

風がざわめき、木々が揺れる。緊張に喉が渇く。


『アメリア、あれ見て!』


ティアが急に声を上げ、わたしは慌てて茂みの影に身を潜めた。少し前方の開けた街道で、複数の男たちがひとつの荷車を囲んでいるのが見えた。


「……盗賊?」


荷車の主と思われる小柄な商人が、腰を抜かしたように地面にへたり込んでいる。顔は青ざめ、額から汗が滴っていた。商人の護衛と思われる青年がひとり、剣を構えて男たちの前に立ちはだかっている。


「……チッ。さっさと金目のもんを出せって言ってんだよ!」


盗賊のひとりが、錆びた斧を肩に担ぎながら吐き捨てる。粗末な皮鎧をまとい、口元には汚れた布を巻いていた。数は四人。どの顔にも殺気がにじんでいる。


護衛は青年一人だけで、商人は戦えそうにもない。圧倒的に不利だと明らかだった。


『アメリア、どうする?逃げた方がいいんじゃない?』


ティアがささやく。けれど、わたしは視線を盗賊たちに固定したまま、小さく首を振った。


「ううん、見過ごせないよ」


たとえ“元・聖女”になっても、善の心まで捨てた訳じゃない。

流石に、困っている人が目の前にいるのに、知らないふりなんてできるわけがない。


「フィー、力を貸して――《ウィンドウ・サッシュ》!」


わたしがそっと呪文を唱えると、空気がきしむような音を立てる。盗賊たちの足元に渦巻く風の帯が現れた。


「な、なんだッ――うわっ!? 動け、動けねぇっ!」


地面を這うように巻き上がる風は、無数の帯となって盗賊たちの動きを封じる。突然の魔法に護衛も商人も唖然としている。その隙を逃さず、わたしは足音を殺して前に出た。


震える盗賊のひとりが、倒れた荷物に手を伸ばそうとして――でも、やめた。誰もが一瞬で怯えた目をこちらに向けた。


「……チッ、魔法使いの助太刀か。ツイてねぇ!引き上げるぞ!」


盗賊たちは風の束縛を振りほどきながら、森の奥へと逃げていった。

正直、対人戦は自信がなかったので、大人しく引いてくれて良かった。

静けさが戻った街道に、ようやく安堵の息が流れる。


「た、助けていただき……ありがとう、ございます……!」


商人はわたしの手を取って震えながら頭を下げた。護衛の青年も、安堵と困惑が混ざった顔で何度も礼を言ってきた。


「謝礼はいかがほどに……」


「お礼なんていいですよ。通りすがりのものですし」


血の気が引いていた商人の顔に、ようやく安堵の色が戻る。

護衛も立ち上がり、手早く荷車の様子を確認していた。


「では、せめてものお礼に、途中の村まで送らせてください。この先の宿場町まで行く予定ですので」


「本当ですか!?ありがとうございます!」


わたしは心から喜んだ。徒歩の旅は思いのほかきつかったし、もう脚も痛くなっていたのだ。

こうして、わたしは商人たちの馬車に同乗させてもらうことになった。


木の軋む音と、車輪が道を転がる音が心地よく響く。

馬車の中は干し草の香りが漂い、ふかふかとした座面が思いのほか快適だった。


『なあ、アメリア。盗賊を倒した時のお前、すげーカッコよかったぜ!』


「いやー、正直焦ったんだけど、なんとかなるもんだね」


『あら、ちゃんと冒険者らしく対処できてたわよ!』


イグニとティアが肩の上や膝の上をちょろちょろと動き回りながら、口々に感想を述べてくる。


「えへへ……まあ、ちょっとはサマになってきたかな」


わたしはくすっと笑いながら返事をした――そのとき。


「……?」


向かいに座っていた商人が、少し怪訝そうな顔を向けてきた。


「そ、その、誰かとお話中でしたか?」


「……っあ、い、いえ!えっと、独り言です!疲れててつい、声に出しちゃって!ははっ!」


ごまかし笑いを浮かべながら、顔をぷいっとそらす。顔が熱い。

精霊たちは他の人には姿が見えない。わたしにだけしか見えない存在だ。つまり、他人から見れば――ひとりで笑ったりしゃべったりしてる、だいぶ変な人。


『アメリア、顔引きつってるぞ……』


『もー、ちゃんと周り見てから話してよね!』


イグニとティアが焦って小声でぴーぴー言っているが、遅いってば……。


「ひゃ、ひゃは……お天気がいいですね!」


「……ええ、そうですね」


明らかに警戒されたような、生暖かいような、そんな眼差しを向けられる。微妙な空気のなか、わたしは馬車の揺れに身を任せることにした。

でもまあ、こうやって笑ってごまかせるくらいには、旅にも少しずつ慣れてきたのかもしれない。


辺境の村まで、あとすこし。

道はまだまだ続く――。


ティア(ごまかせてないわよ…)

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