5話 魚釣り
緩やかに流れる水面には、きらきらと陽光が反射している。澄んだ流れの底を覗き込めば、小魚が何匹も影のように泳いでいるのが見えた。
昨夜の味気ない夕飯を思い出して、こくりと喉を鳴らす。
「……魚、美味しそ~。……うん。お昼ごはんは、釣った魚で決まり!」
わたしはアイテムボックスから糸と針を取り出し、そこら辺から拾った枝を使って即席の釣り竿をこしらえた。餌は手頃なミミズ。草の根元をちょっと探せば、いくらでも見つかった。
『アメリア、魚釣りって初めてだろ?ほんとに釣れるのか?』
イグニが、わたしの肩にふわりと乗って問いかける。
「うん、でも本で読んだことはあるし、前世ではちょっとだけやったことあるから、大丈夫だよ!任せて!」
今世はじめての釣りに心が弾む。いっぱい釣れるといいな~。
岩に腰を下ろして、糸をたらす。川の流れは穏やかで、風も心地よい。シルフィが空中をふわふわと回って、くるくると踊っている。
……が、意気込んだわりに、いっこうに釣れる気配がなかった。
川辺に腰を下ろして、どれくらい経っただろう。
静かな水面に、影がひとつ、ふたつ……それなりに魚の姿は見えるのに。
「あ、あれれーおかしいぞー……?」
竿の先をじっと見つめながら、ため息をひとつ。
『アメリア?さっきから全然釣れてないぞ!』
「うん、魚はいるのに、餌には見向きもしないんだよね。餌が悪いのかな……」
そう呟いたときだった。
『じれったいわねぇ』
ティアが竿の先に立ち、川を見やりながらわたしに向かって勝ち気にほほ笑む。
『釣れない釣りなんて、時間の無駄よ。ちょっと待ってなさい!』
ティアは川面にすっと手をかざした。
その瞬間、穏やかだった水面がぐぐっとうねり、ぐるりと旋回する渦を描いた。魚たちが水流に巻き込まれ、まるで網にかかったように一か所へと吸い寄せられていく。水面では口をぱくぱくと開け、助けを求める様にもがいていた。
「え、えぇっ……ちょ、ちょっとティアさん!?それはズルいんじゃない!?」
『いいのよ。これならさっさと釣れるじゃない。ほら、今がチャンス。早く糸を垂らして』
「えええ~~~……!」
渦に向けて、釣り針を口に引っ掛けるように投げ込む。
すぐに強い手応えが伝わってきて、反射的に引き上げると、銀色に輝く大きな魚がばしゃばしゃと暴れた。
『やったぁ!大物、ゲットだぜ!』
イグニが空中で跳ねながら歓声を上げる。
『私の手に掛かればこんなものよ!』
ティアはさらりと髪を払いながら、水面にもう一度手をかざす。
『さあ、次も行くわよ。……はい、そこ。さっきより右!』
「うう、こんなの釣りじゃない気がする……けど、お昼には困らなさそう……」
苦笑しながらも、わたしは糸を再び垂らした。
そうして始まった“大漁モード”のおかげで、ほどなくして魚が数匹、岸の上でぴちぴちと跳ねていた。おかげで、今日は久しぶりにまともな昼食が食べられそうだ。
「……まあ、ズルでもなんでも、食べられたら問題ないよね?」
わたしは早速、小川のそばで簡易の焚き火をこしらえた。小枝と枯れ草を組み、イグニの力を借りて、ぽっ、と赤い炎を灯す。
『任せろ!火を起こすのは得意だ!』
イグニがぴょんぴょんと飛び跳ねるたび、炎が揺れて、ぱちぱちと音を立てながら小枝や枯草に火が移っていく。
「よし、じゃあ焼こうか。まずは下ごしらえ……っと」
魚を水で軽くすすぎ、うろこを丁寧にこそげ落とす。内臓を取り除いて、簡単に塩を振る。
素朴な味付けだけど、自然のなかで食べるご飯って、それだけでもう美味しいのだ。
串の代わりには、近くの木から折った枝を使う。
余計な節をナイフで削り、滑らかに整えたら、魚の口から尾にかけて背骨を縫うようにぐっと差し込む。焚火のそばに枝を突き立て、じっくりと火にかける。
「焦げちゃうと折角の風味が飛んじゃうからね」
焚火の熱を確かめながら、魚の向きを時折変える。ほんの少し焦げ目がついたくらいが、いちばんおいしい。
炙られた魚の皮がじわじわと焼け、香ばしい匂いが漂い始めると、思わずお腹が鳴りそうになる。
「おいしそう……!」
じゅう、と皮が焼ける音。パリッときつね色に色づいた表面に、ふっくらとした白身が見え隠れしていて――思わず生唾を飲み込んでしまう。
「いただきます!」
焼きたての魚にガブリとかぶりついた瞬間、骨から身がほろりとはがれ、じゅわっと旨味が口いっぱいに広がった。
身はほんのり甘く、香ばしさと川魚特有の風味が絶品だった。昨夜の黒パンと干し肉とは雲泥の差。
「お、おいしい~~!んふふっ、釣ってよかった……ズルでも」
『ズルじゃなくて、協力プレイっていうのよ』
「うーん……そういうことにしておこうか!」
焚き火の炎がゆらゆらと揺れる中、精霊たちと過ごす穏やかな時間。
国を追われ、行き場もなく、何もかもが手探りの旅だけど――こうして、あたたかいごはんを食べていれば、それだけで十分幸せだと思えた。
「さて、お腹も満たされたし、もうひと歩きしようかな」
焼き魚を食べ終えて、わたしはゆっくりと立ち上がった。
空を見上げれば、まだ太陽は高く、青空には雲がぽっかりと浮かんでいる。あたたかな日差しが頬を撫でて、歩くにはちょうどいい気候だった。
辺境へ向かう道を足取りもかるく、歩き出した。
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