31話 因縁との決着
「他国に渡ってしまうくらいなら……望み通り、ここで死ぬがいい!」
殿下の合図を受け、背後に控えていた暗部の影が一歩、前へと進み出る。
黒衣に包まれ、顔も見えない。けれど、足音ひとつに殺気が滲んでいた。
わたしの目の前で、無言のまま剣が抜かれる。
冷たい鉄の光が、視界いっぱいに広がったその瞬間。
――バキィッ!
大地を割るような音が地下室に響いた。
次いで、床の隙間から勢いよく茨が生え出し、黒衣の男の腕に絡みついた。
「なっ――!?」
鋭い棘が食い込み、男は短く悲鳴をあげて動きを止める。
さらに茨は凶暴な生き物のようにうねり、殿下の足元にも伸び上がった。
「ぐっ……!?――なんだ、これは……!」
驚愕する殿下の身体にも絡みつき、両腕を拘束していく。鋭い棘が王族の肌を容赦なく裂き、赤い血が滲んだ。
「――これは、いつぞやの奇怪な魔法か!?誰か、誰か助けろ……ッ!」
殿下の叫びが地下に反響する。
だが、その声をかき消すように、土を震わせる力強い音が轟いた。
『――アメリア!』
地下室の壁が崩れ、土煙と共に現れたのは、大地の精霊、ユグルだった。
『アメリア、助けに来たよ!!』
精霊の声が、張り詰めていた空気を一気に揺さぶった。
――ユグルの伸ばした茨が、私の首に嵌められた冷たい魔道具へと絡みつく。ぎし、と音を立てて締め上げたかと思うと、ぱきんと硬い破片が砕け散り、金属の輪が床へと落ちた。
途端に、胸の奥が熱を帯びる。圧し込められていた何かが、再び息を吹き返したように。
「あっ……魔力が、戻ってきた……!」
震える声で呟く私に、ユグルは険しい顔で言った。
『……ごめん。怖い思いをさせたね。精霊と聖女の力があるから大丈夫だと油断していた。まさか聖女の力まで封じる古代の魔道具を使うなんて……あんなの、もうとっくに失われたと思ってたのに』
ユグルの言葉にふるふると首を振る。油断していたのは自分のほうだったから。
『ユグル!アメリア!』
声に振り向けば、イグニが壁の穴から飛び出してきた。同時に小さな光の粒が次々と姿を現す。ティアに、シルフィー。みんな、私のもとへ駆け寄ってきてくれた。
殿下が歯噛みして叫ぶ。
「忌々しい……!魔力を封じていたのに、どうやって……。貴様ごときに翻弄されるものか!やれッ!」
控えていた暗部の影が一斉に踏み出し、鋭い刃と殺気が押し寄せる。だが――。
ティアの凛と澄んだ声が、地下の空気を震わせた。
『――水よ、鎖となれ!』
床の隙間から溢れ出した水が瞬く間に形を変え、兵士たちの足元へと絡みつく。冷たく締め上げられた脚に、男たちが驚愕の叫びを上げた。
『燃えろッ!』
続けざまにイグニが火の粉を散らし、影の一人の剣を灼熱で包む。鉄が悲鳴を上げるように赤く歪み、兵が慌てて手を離した。
「――ふきとんじゃえ!」
シルフィーの風が渦を巻き、黒い外套を翻した暗部の男たちを後方へと弾き飛ばした。壁に叩きつけられた音が、地下に鈍く反響した。
次々と放たれる精霊たちの魔法。
顔だけをきょろきょろと動かして、殿下は焦っていた。
「どこから魔法が……?まさか、本当に精霊がいるというのか!?そいつらの仕業だと……!?」
ユグルの茨はなおも殿下を縛り上げ、殿下の顔色は悪くなっていく。
「くそっ……!放せ!私は王太子だぞ!こんな真似、許されると思っているのか!」
『権威を笠に着ても、僕たちには通用しない』
ユグルが冷たい声で言い放つ。身体を締め上げる茨の力がさらに強まり、殿下の顔が苦痛に歪んだ。
私は立ち上がり、精霊たちとともに殿下を見据える。
茨に縛られたままの殿下が、ぎり、と歯を噛みしめてこちらを睨みつける。その双眸は濁った炎のように怒りと焦りを燃やし、余裕など欠片もなかった。
「……平民ごときが。聖女だからといって、調子に乗るなよ!俺の言うことを大人しく聞いてればいいんだ!」
その双眸には怒りと焦りが渦巻き、余裕など欠片もなかった。
「……わたしは、貴方たちの奴隷じゃない。ひとりの人間だよッ!」
殿下の体が一瞬、青白い光を帯びた。茨を焼き切るほどの魔力が迸り、私の胸を狙って奔流のように放たれる。
「くそっ、燃えてしまえ!――」
ユグルの叫びが響いた。
『アメリアッ!!』
だけど――私は一歩も退かなかった。
心臓が喉の奥で高鳴る。けれど、体の奥からわき上がる光は恐怖を溶かし、ただ静かに私を満たしていく。
「殿下……あなたとの因縁の決着をつける!」
両手を高く掲げ、祈るように光の魔法を解き放った。
「《シャイニング》!」
眩い白光が地下室を埋め尽くし、闇を切り裂いて広がっていく。殿下の放った魔力はあっという間にかき消され、彼の全身を光が包み込んだ。
「ぐああああああっ!!!」
耳をつんざくような苦悶の叫びが木霊し、やがてその声は細くなり途切れる。
光が収まると、殿下は項垂れたまま崩れ落ち、完全に気を失っていた。
わたしの肩から力が抜け、荒い息が自然と漏れた。
「……終わった……」
だが突如、地下の重たい扉が音を立てて開いた。空気を切り裂くように鋭い怒号が飛び込み、足音が地を震わせる。武装した兵士たちが怒涛のごとく地下へなだれ込んできた。
「な、なに……!?」
あまりの急変にわたしは慌てふためく。
驚愕する視線の先、兵の列を割って現れたのは、誰あろう領主の姿だった。
「りょ、領主様!?!?どうしてここに!?」
声が裏返るほどに動揺するわたしをよそに、領主は毅然とした面持ちで剣を抜き放ち、朗々と宣告した。
「無断で他国に侵入し、聖女殿を拉致監禁した罪――しかと確認した! 王太子殿下といえど容赦ならぬ!」
兵たちが殿下の両腕を乱暴に縛り上げる。縛めに抵抗する力もなく、殿下はぐったりと頭を垂れていた。
わたしはその姿をただ見つめていた。胸の奥には、憎しみでも勝利の歓喜でもない、言い表せぬ複雑な感情が沈殿していく。
……こうして、因縁の対決は幕を下ろしたのだった。
いよいよクライマックス!
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