22話 国の事情とか色々
ジェシカに手を引くようにして、ギルドの奥へと誘われた。通されたのは、ギルドに併設された食堂だった。
天井の高い木造の空間には、所々に古びたランタンが吊されていて、ほんのりと暖かな光を灯している。
冒険者らしき人たちが思い思いに食事をとっており、あちこちから笑い声や酒のグラスの音が聞こえてくる。
カウンターの奥には小柄な女将さんがいて、注文を受けて手際よく料理を並べていた。
わたし達は三人一緒に丸いテーブルに座った。
「今日は奮発して《日替わりメニュー》にしよっかな~!アメリアも、何か食べたいものある?」
ジェシカがメニューを見ながら目を輝かせる。
「えっと……海鮮は……」
「いつもならあるんだけど、今日はないみたい」
やっぱり此処もかあ……。
分かってはいたけど、ジェシカの返事にわたしは小さく肩を落とした。
「じゃあ、ジェシカとおんなじものを」
そう返事すると、ジェシカは明るくうなずいてカウンターの奥へと声を張る。
「日替わりメニューを二つ、それにパンもお願いねー!」
厨房の奥から、「はいよ!」と女将さんの威勢の良い声が返ってきた。
「オレはワイルドボアの串焼きを頼む!」
向かいに座ったディーンが、手を上げて注文する。
料理が届くまでのあいだ、テーブルを囲んだわたし達は、気楽な話題に花を咲かせた。
「じゃあ、火属性も水属性の魔法も使えるのか。優秀だな!」
ディーンの目が驚きと興味で輝いている。
「いやーそれほどでも……」
「謙遜しないでくれ。俺は魔法は全く使えないから、尊敬するよ」
「へへ……」
照れ笑いを浮かべる。けれど内心では、少し緊張していた。
「ほんと、すごいねー!」
ジェシカはにっこにこと笑っている。
「アタシは弓使いなんだ。風属性をちょこっと操れるから、矢の軌道を変えたり、射程を伸ばすのに使ってるんだよ。便利でしょ?」
この世界には、地・水・火・風・雷・光・闇・無――8属性の魔法が存在する。
そもそも、人は基本的に誰もが魔力を多少なりとも持っている。ただし、その量や質、そして魔法の才能には個人差があり、魔法使いになれるほどの資質を備えた者は、ごくひと握りに過ぎない。
また、魔法の適性を持つ属性も人それぞれで、ひとつでも備わっていれば十分とされている。三つ以上の属性に適性がある者となれば、それは希少な存在だ。
わたしは――本当は全ての属性が使える。でも、それは秘密。そんなことを知られれば、周囲は放っておかないだろう。
「明日の討伐って、冒険者だけなんですか?」
話しているうちに、わたしたちの料理が運ばれてきた。湯気の立ち上る温かな日替わりプレート。香ばしいパンの香りと、シチューの優しい匂いが食欲をそそる。
シチューの皿にスプーンを伸ばしながら、ふと思ったことを口にした。
「ああ、基本はそうだな。領主様の私兵が少し出るらしいが、大半が辺境に派遣してるらしくてな……それで、冒険者に頼る形になったんだろう」
辺境という言葉に肩がぴくりと動いてしまう。
……どこかで聞いたことのある話だ。
「……そうなんですか?」
「おう。夜の森の瘴気が薄まったって噂もあるが、そのぶん魔物が森の外に溢れてきてるって話だ。辺境じゃ、かなり暴れてるらしい」
わたしの胸に、ほんの少しだけ気まずさがよぎる。――あの瘴気を祓ったのは、他でもない、このわたしなのだから。
秘密がまたひとつ、増えていく。
「……それで騎士団も手を焼いてるんですね」
「まあな。とはいえ、瘴気が本当に薄れてるなら、しばらくすれば落ち着くだろう。長い目で見れば魔物の数は減るはずだ。アルヴェイン王国側のちょっかいにも、今後はもっとしっかり対処できるようになるだろうしな」
追放されたばかりの祖国の名が出てきて、わたしは驚きを隠せなかった。
シチューにむせないよう気をつけつつ、さらに質問を重ねる。
「ア、アルヴェインって、ちょっかいなんて出してたんですか?」
ディーンはパンをちぎりながら答えた。
「ああ、国境線の位置を巡ってな。あいつらは昔から夜の森を盾にして、好き勝手してやがる。『結界があるから、うちは安全だ』ってな」
「えっ……でも、この国、エルシオン帝国って大国ですよね?本当に?」
「本当さ。帝国が本気出せば、アルヴェインなんてひとたまりもないさ。でも、あの結界があるうちはな……手出しできないって、高を括ってるんだ」
「なるほど……結界の力を過信してるんですね」
「そういうこった」
うへぇ……大国に対して、なかなかヤバいことをしていたんだなと、改めて思わずにはいられなかった。
アルヴェイン、大丈夫なのかな……と、ほんの少しだけ、不安が胸をよぎる。
「それに、アルヴェイン王国には聖女様がいる。エルシオン帝国は女神教だからな。聖女を敵に回すのは得策じゃないってわけだ」
「……なるほど」
聖女の単語に冷汗が伝う。
色々と思うところはあるが、今は国同士の事情より、目の前の明日の討伐だ。
「そういえば、明日の討伐対象って……どんな魔物なんです?」
問いかけに答えたのはディーンではなく、ジェシカだった。
「あっ、まだ説明してなかったね!マーマン――いわゆる半魚人だよ。沖合に出た船が、奴らの大群に襲われて沈んだらしいんだ」
ジェシカが指を折りながら説明する。
「手足にはヒレや水かきがあって、全身が鱗で覆われてる。頭は魚みたいで、胴体は人間に近いかな」
「うーん、聞いてるだけで気持ち悪……いや、恐ろしい外見をしてそうだね」
そう返すと、ジェシカはその姿を思い出してしまったのか、思いっきり顔をしかめた。
「ぶっちゃけると、見た目はキモイ!てかグロい!皮膚もぬるっとしててね……初めて戦闘した時、悲鳴上げちゃったもん!」
大げさに身を震わせるジェシカ。
苦笑する私の前で、彼女はさらに続ける。
「でね、そのマーマンたちは海中から長槍で突いてくるから厄介なんだよね~。遠距離攻撃ができないと苦戦する。かといって、船の上まで上がってくるから、後衛を守れる人も必要になる。討伐隊も数を揃えないと危ないんだ」
「……なかなか手ごわそうだね」
気づけば、それぞれの皿はすっかり空になっていて、串に刺さった肉の残骸や果物の皮だけが残っている。腹を満たした安堵感と、明日への緊張が入り混じった空気が漂っていた。
「じゃあ、準備が整ったら明日の朝、港に集合ね! 領主様が船を用意してくれるから、それに乗って沖合まで出るの。そこからが本番だよ!」
「わかった。じゃあ、それまでにしっかり準備しておくね」
わたしが笑顔で答えると、ジェシカも満足そうに頷いた。
互いに軽く手を振ったり、明日の健闘を誓い合ったりしながら別れの挨拶を交わしていった。
「うん、また明日!」




