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20話 ナンパはお断り!

冒険ギルドでの手続きを終え、換金した金貨を手に、私は通りへと出た。


石畳の大通りには、行き交う人の姿が多く、露店の並ぶ通りからは香ばしい匂いが漂ってくる。焼いた肉の匂い、スパイスの効いた香り、甘い菓子の匂い――鼻をくすぐる誘惑がいっぱい。


「こんないい匂い嗅いでたら、お腹空いちゃう……我慢できない!」


わたしは思わずお腹を押さえて、商店街のほうへと足を向けた。


まず目に飛び込んできたのは、香草をまぶした焼き肉の串を並べた屋台だった。焼きたての肉からはじゅうっと油が滴っていて、見るからにジューシーだ。


「一本ください!」


「へい、焼きたてだよ」


受け取った串は、手のひらにちょうど収まるくらいの大きさ。噛みつくと、香ばしい皮と柔らかい肉が口の中でじゅわっと広がって、思わずうっとりした。


「……っ、しあわせ……!」


そのまま屋台通りをぶらぶらと歩いていると、今度は甘い香りに誘われる。甘いたれがかかった焼き団子や、シナモンのかかった揚げ菓子、パイ生地に果物を包んだ焼き菓子が並ぶ屋台。


「えーと、これと……これもください!」


両手に包み紙で包まれたお菓子を持って、片方ずつ交互にかじる。


『まだ食べるのか?……そんなに食べたら腹壊すぞ~』


「甘いものは別腹だからだいじょーぶ!」


あちこちの屋台を回りながら、食べ歩きを満喫する。焼き菓子のサクサクした食感に、たっぷり入った果実の酸味と甘み。お腹も心も、じんわりと満たされていく。


夕暮れの町はどこか優しくて、たとえ知らない土地でも、こうして歩いているだけで少し安心する気がした。


「ふふ、なんか、こういうのって……旅してるって感じがするよね」


『アメリアの場合、食べてばっかだけどなあ』


「何言ってるの。現地のグルメこそ、旅の醍醐味でしょう!」


イグニの呆れた視線を無視して、わたしはもう一つ菓子をかじった。


「……なあ、嬢ちゃん」


低く、けれど妙に馴れ馴れしい声が耳に入る。


そちらを振り向くと、筋骨隆々の男が二人。片方は背中に大剣を背負った剣士風、もう片方は重厚な鎧に身を包んだ重騎士といった装いだ。

私よりひと回りもふた回りも年上に見える彼らは、まっすぐにこちらを見ていた。


「さっき、ギルドでの話をちょっと聞いたんだが……」


剣士の男が、にやりと笑う。


「あんた、アイテムボックスが使える魔法使いなんだってな?」


肩がぴくりと動いた。アイテムボックスを使える魔法使いは希少だ。……あまり大っぴらにしたつもりはなかったのだけど。


「……だから?」


わたしがそっけなく返すと、重騎士が腕を組んで頷いた。


「いくら強力な魔法が使えても、前衛がいなけりゃ話にならないだろう。戦いは連携だ。無理して単独行動して、死んじまう冒険者を何人も見てきた」


「そこでだ」と剣士が身を乗り出す。


「良かったら、俺たちと組まないか? 剣士に重騎士。バランスは悪くねぇ。金は歩合制で分け合おうって話さ」


……一見、理にかなった提案だけど、嫌な予感しかしない。

理由は説明できない。直感だった。


二人の目が、笑っていないのだ。唇は笑っていても、その奥に別の意図が隠されている。たとえば、道具として私を使うことしか考えていないような、そんな目。

それままるで、わたしを見る大神官や殿下の目を思い出させた。


わたしは手にある菓子を口の中に放ると、静かに一歩下がった。


「んぐ、んきゅ。悪いけど――ナンパなら、他を当たってくれる?」


「おいおい、冷たいな。せっかく誘ってやってるのに」


「うーん。あなた達、タイプじゃないんだよね!」


冗談めかして言ったつもりだった。けれど、次の瞬間――


「おい、嬢ちゃん。人を馬鹿にするのも大概にしろよ!」


がし、と怒りに任せた勢いで、指が食い込むほど強く、剣士の男がわたしの腕を掴んだ。目は吊り上がり、口元は歪んでいる。


「こっちが下手に出たら、調子に乗りやがって。女一人のくせに、大人しく言うことを聞いてればいいんだ」


「……ああ、もう、最悪」


呆れと冷ややかさが、声ににじむ。掴まれた腕を見下ろし、わたしは静かに魔力を指先に集中させた。


「《ウインドウサッシュ》」


その瞬間、目には見えぬ風の帯が、男の両腕に巻き付いた。

次いで、バシン!と音を立てて、男の腕は背後に跳ね上げられる。


「がっ……あッ……!?腕が、勝手に……!」


「ごめんね。お痛する悪いお手手は、拘束させてもらうよ」


にこりと微笑んでみせると、剣士の顔がみるみる赤黒く染まった。

重騎士が息を呑み、慌てて剣に手を伸ばすのが見えた。


「よくもやってくれたな!」


それの動きを見て、わたしは息を吸い込んで――


「きゃーっ!誰か助けてー!」


わざとらしくも、全力で叫んだ。


ここは人の往来がある通り。しかも今、この街には夜の森の調査任務で駐在している兵士が多く、警備も厳重になっている。

そんな場所で、か弱そうな少女に剣を向けている状況とは、彼らにとってあまりに分が悪い。


案の定、そう時間もかからず、遠くから鎧を打つような足音が聞こえてきた。

どうやら叫ぶ前から、わたしの様子を見ていた誰かが、兵士に通報してくれていたらしい。


「く、くそ!覚えておきやがれ!」


捨て台詞を吐いて、男達は人ごみに紛れて姿を消した。

わたしも兵士たちの姿を確認するより早く、そっとその場を離れる。なにせ、祖国ではお尋ね者の身なので。

路地の角を曲がりながら、ふう、と小さくため息をつく。


『もう!……あと少しで面倒になるところだったわよ』


頭上から降ってくるのは、ティアの呆れ声。


「えー?まぁ、結果オーライでしょ。臨機応変、ってやつ」


けらけらと笑いながら、また通りへと足を向ける。


「さーて、今夜の宿でも探そうかな。ご飯が美味しいとこがいいな~」


『……まだ食べるの?』


「えー?だって、現地のグルメこそ旅の醍醐味って言ったでしょ?さっきのはおやつ。これからが本番!」


そう!世界中のグルメがわたしを待ってる!

あんな連中に時間を取られてる場合じゃないのだ。


ティアのため息を華麗にスルーを決める。わたしは再び、誘惑たっぷりの屋台に引き寄せられていった。




ティア(明らかに食べ過ぎ……。お腹壊しても知らないわよ!)

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