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2話 いざ、冒険へ!

城門をくぐり抜けると、風が頬を撫でた。高くそびえる白亜の城壁が遠ざかっていく。

わたしはスカートをたくし上げ、石畳の道を駆ける。貴族向けの店が並ぶ静かな通りを、息を切らしながらひた走った。

やがて、街の様相が変わり、上等な石造りの建物は姿を消し、代わりに素朴な木造の家々が現れる。舗装された道は土に変わり、人々のざわめきが近づいてくる。


平民街まで逃げてきて、ようやく足を止めた。

後ろを振り返っても追手が迫る様子はなく、わたしはほっと胸を撫でおろした。

空を見上げれば、雲ひとつない澄んだ青が広がっている。まるで、わたしの門出を祝ってくれているようだった。


ひたすら走っていたせいで、呼吸はまだ荒い。胸の上下を落ち着けながら、この先どう動くべきかを考える。

ふと、視線を感じて顔を上げる。

通りを行き交う男女が、目が合った瞬間、あからさまに視線を逸らした。

……やっぱり、目立ってる。


この平民街に、ドレス姿でひとり。貴族らしき人物がお供も連れずに現れるなど、奇異に映るのも無理はない。

普段なら地味な法衣服を身にまとっているのだが、今日は殿下との謁見があるということで、珍しく正装していたのだ。


このままでは目立ちすぎる。そう判断したわたしは、すぐさま目に入った古着屋に飛び込んだ。

ドレスと装飾品をまとめて売り払い、代わりに平民の服を購入する。

選んだのは、動きやすいハーフパンツにひざ上丈のソックス。歩くたびに足元を邪魔していたヒールの靴は脱ぎ捨てて、代わりにスリット入りのショートブーツに履き替えた。

仕上げに七分丈のジャケットを羽織り、身なりを整える。


けれど――曇った鏡に映る自分の姿を見て、わたしはその場に立ち尽くした。


腰まであるストロベリーブロンド。この国では、貴族令嬢であれば腰下まで髪を伸ばすのが常識とされている。

着るものを変えても、髪がそのままでは意味がないだろう。あの王子や神官たちの記憶に焼きついているのは、この姿なのだから。


「……心機一転、イメチェンも悪くないかな?」


つぶやいて、わたしは指先に風の魔力を集中させる。

風属性の初級魔法――《ウィンドカッター》。本来は敵を斬るための刃だが、少量の魔力で細く鋭くすれば、十分にハサミの代わりになる。


「《ウィンドカッター》」


すっと、風が指に沿って刃のように形を取る。

そのまま、髪を手繰り寄せ、ためらわずに一気に切り落とした。両肩の上で髪がそろうように整え、最後に指先で風を散らして細かく調える。


肩のあたりまで短くなった髪が、ふわりと揺れる。

鏡に映るわたしは、もう“あの聖女”ではなかった。赤みがかった金髪に若葉色の瞳をした、ひとりの冒険者がそこにいた。


「ん、やっぱり見た目から入るのって大事だよね。どう見ても聖女じゃなくて、冒険者。……よし、気合入る~!」


『似合ってるぞ!』


肩に乗っていた火の精霊のイグニが、満足げに声をかける。


「でしょ?」


わたしは笑顔でウインクを返した。


服の代金を差し引いたあとの残りの金を受け取り、店を出る。

殿下たちの気が変わらない内にさっさと国を出ないと。


通りを歩きながら、携帯食や簡易寝具など、最低限の旅支度をいくつかの出店で手早く買いそろえる。荷物が増えていくのを見て、わたしは人通りの少ない路地へと足を向けた。

ひっそりとした細道に入り、周囲に人影がないのを確かめてから、わたしは小声で呟いた。


「《アイテムボックス》」


アイテムボックスとは、異空間に物を収納するという魔法だ。ちなみに誰もが使えるわけじゃない、珍しい魔法だったりする。

空気がふわりと揺らぎ、空中に四角い穴が現れる。その中へ、荷物を一つずつ丁寧に収めていく。空間はまるで底なしのようで、どれだけ詰め込んでも形が崩れない。

すべての荷を収めると、四角い穴は音もなく閉じ、何事もなかったように空気に溶けた。この魔法を使えば、盗難の心配もなく、重い荷物を背負って歩く必要もない。


準備を終えたわたしは、王都を離れた。

乗合馬車を利用したかったが、足がつくのが怖くて、まずは徒歩で隣町まで歩くことにした。

舗装されていない土の道を、ブーツの音を響かせながら歩く。遠くに小鳥のさえずりと、風に揺れる木々のざわめきが聞こえる。


『どこ、いくのー?』


ふよふよと浮かぶ風の精霊シルフィーが、楽しげに問いかけてくる。


「そうだねー。海のある国に行ってみたいな。あっ、でも獣人がいる国も捨てがたい……!」


この国は陸の国境に囲まれ、海がない。

そのため、海産物は非常に貴重で高価で、孤児院育ちのわたしには縁がなかった。魚、貝、イカ、タコ……それらは、前世のわたしの大好物だったのだ。国外に出るなら、ぜひとも新鮮な海の幸を心ゆくまで味わいたい!


それから、この世界には獣人という種族がいるらしい。獣の耳と尻尾がついているなんて……もふもふをこの目で拝みたい!あわよくばもふりた~い!


そんな妄想に耽っていたわたしの耳元で、もうひとつの声が低く鳴った。


『アメリア……』


土の精霊ユグルが、あきれたような声でわたしをたしなめる。


「あっ、ちゃんと分かってるってば。まずは――」


そのときだった。

茂みの奥から、バキバキと枝を踏み割る音が響く。わたしは反射的に振り返った。


「……っ、ゴブリン!」


茂みから飛び出したのは、小柄な緑色の人型モンスター。鋭く尖った耳、濁った黄色の目、手には錆びたナイフ。

威圧感こそないが、目にした瞬間、体が戦慄くのは、本能が敵だと認識しているからだろう。


『わわっ、アメリア!モンスターだぞ、どうするんだ!』


イグニが慌てふためき、わたしも咄嗟にみがまえた。


「だ、大丈夫。初級モンスターだし、魔法があれば対処できるよ」


胸の前でそっと手を重ね、集中する。

指先に熱が宿り、火が灯る。


「――《ファイアボール》!」


放たれた火球が一直線にゴブリンの胸へと飛び込み、爆ぜるように小さな炎を噴き上げた。

ギャッ、と短く悲鳴をあげて、ゴブリンはあっさりと地面に倒れ込む。


『や、やるじゃんアメリア……!』


「ふふん、見た目は冒険者、中身もちょっとずつ冒険者って感じでしょ?」


腰に手を当てて得意げに笑う。けれど、内心では心臓がうるさいほど脈打っていた。


――ああ、わたし、ちゃんと戦えた。


肩から力が抜けると同時に、足元からぞくりとした感覚が這い上がる。目の前に転がる、焦げたゴブリンの死体。命の重さが胸にのしかかった。

ぶるりと小さく震える。


『すっげー!本当に倒しちゃったよ!』


イグニは興奮したように宙を飛び回っている。

この子は、孤児院の暖炉で生まれた火の精霊。わたしがはじめて見つけて仲良くなった精霊で、それからずっと一緒だった。王都を出るのも、魔物を見るのも、何もかもが初めての旅。きっと、すべてが新鮮に感じるのだろう。


「さ、先を急ごうか。次は何が出てくるかわからないしね」


はじめて魔物を倒した。その事実はどこか現実味がなく、まだふわふわしていたけど――

わたしは気を引き締め、再び歩き出した。


明日も2話更新!12時10分と18時10分に更新予定。

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