15話 ピクニック
「……嫌な夢、見ちゃったなあ」
昨夜、あんな話をしたせいかもしれない。
夢に出てきたのは、教会で暮らしていた頃の自分。まだティアやシルフィー、ユグルとも出会っておらず、イグニと二人きりで、ただ言われるままに働かされるだけの毎日を送っていた。
おかげで目覚めは最悪だ。気を取り直そうと、桶の水で顔を洗い、気分だけでも綺麗さっぱりする。
窓から空を見てみると、雲はほとんどなく、青空がどこまでも澄み渡っていた。最高のピクニック日和だ。
「……よし!シルフィーと約束したし、今朝はサンドイッチをつくろう!」
台所へ行き、昨夜仕込んで寝かせておいた生地を木鉢からすくい上げる。
指先に吸いつくような柔らかさは、しっかり膨らんでいい具合に発酵してい証拠だ。
「今日は丸パンにしようっと」
両手でちぎり分け、手のひらの上でころころと丸めた。
形を整えたら、熱のこもった石かまどの中へ並べていく。
「あっ、ティア。焼き色がつくまで、見ててー」
わたしが声をかけると、ティアが『まかせなさい!』と胸を張る。ユグルもじっとかまどの中を覗き込み、ふたりでパンを監視してくれるようだった。
その間に、わたしは鍋を取り出し、昨日の森で摘んできた木苺を山盛りに入れた。ひとすくい落とすたび、赤い果実が鍋底で弾む。火にかけると、甘酸っぱい香りがふわりと立ちのぼり、精霊たちの視線が待ちきれないようにちらちらとこちらへ向く。
「ふふ、まだだよ。これからジャムにしていくからね」
ぐつぐつ、ぐつぐつ。
木苺の赤がゆっくりと溶けだし、鍋の中は鮮やかな紅色に変わっていく。
へらで混ぜるたび、艶やかなとろみが出てきて、香りも濃くなる。そこへ砂糖を加えると、ぷくぷくと泡が弾けて、鮮やかな光沢を帯びていく。
『きゃあ、ほうせきみたいできれーね!』
シルフィーが覗き込みんで、小さな指で、今にも触れてしまいそうにしている。
「あっ、こら、熱いからさわっちゃメッだよ」
慌てて声をかけると、シルフィーは「えへへ」と笑って指を引っ込め、代わりに嬉しそうに鍋の周りをくるくると飛び回った。
ほどなくして、ティアが弾んだ声で知らせてくる。
『ねえ、パンがいい色になってきたわよ!』
慌ててかまどを覗くと、丸パンの表面はほんのりと黄金色に色づき、かすかに香ばしい匂いが漂っていた。
「うん、ばっちり!」
布を手に、まだ熱気を残した丸パンをそっと取り出す。ちょうど鍋のジャムも艶やかに煮詰まり、甘酸っぱい香りを一層濃く漂わせていた。
焼きたてのパンと果実のジャム、その二つの匂いが混ざり合い、思わず胸いっぱいに深呼吸する。
パンを冷ましている間に、次の具材を用意することにした。
「たまごのサンドイッチも作ろう。甘いパンだけじゃ栄養も偏っちゃうし、シルフィーからリクエストもあったしね」
昨日獲ったバジリスクの大きな卵を取り出す。
バジリスクの卵の皮はふにゃっとしてて、割るというよりも破くに近かった。皮の裂け目から、とろりとした中身が漏れ出る。
鶏卵よりも濃い黄色で、粘り気も強い。そのまま木の匙でよくかき混ぜ、少しだけ塩を入れる。
フライパンを熱して油を落とすと、じゅっと音が弾け、香ばしい匂いが立ちのぼる。そこへ卵液を流し込むと、濃厚な黄色が一気に広がり、ふつふつと気泡が膨らんでいく。
木べらでゆっくりかき混ぜると、バジリスクの卵は火の通りが早いのか、すぐに雲をすくっているような、ふんわりとした仕上がりになった。
「うん、完璧!」
冷ましたパンをぱかりと二つに割ると、ふわふわの白い中身が顔を出す。そこに煮詰めておいたベリーのジャムをたっぷり挟むと、つややかな赤紫色がじんわりと染みこんでいった。
別のパンには、つい先ほど焼いた卵を挟み、さらにもう一つには、裏庭から採ってきた瑞々しいトマトとレタスを重ねて、彩り豊かなサンドイッチを仕上げた。
「ふぅ、これで完成!」
『わーい!』とフィーが宙返りして喜び、つやつやとしたレタスをつついて『サンドイッチ♪サンドイッチ♪』と歌いだす。
そしたら、かごにサンドイッチを並べ、果実水の入った小瓶と一緒に布で覆う。敷物を肩にかけて準備万端。
小屋の扉を閉めたとき、シルフィーが言った。
『とっておきのばしょ、おしえてあげる。きっと、ピクニックしたらたのしいとおもう!』
本日は2話更新です!18:10に更新予定です。
(15話ではパンケーキを作る予定でしたが、急きょピクニックに出掛ける話に変更しました。それに伴い、12話 辺境の森でスローライフⅢのシルフィーとの会話を変更しています。ご了承ください。)




