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10話 辺境の森でスローライフ

――殿下、お元気ですか?

わたしは元気です。


わたしは今、辺境の森にいます。スローライフを満喫中です!


小鳥のさえずりが耳に心地よく響き、わたしはぼんやりと目を覚ました。

ふあぁ、と大きな欠伸をひとつ。重たくのしかかる瞼をゆっくり持ち上げると、差し込んできた陽射しが視界いっぱいに広がった。


体を支えていたのは、木の骨組みに藁を敷き詰めただけの簡素なベッド。寝返りを打つたびにぎしぎしと軋むけれど、柔らかい藁が程よく体を受け止めてくれるので、寝心地は悪くない。

わたしはベッドから体を起こし、ゆっくりと立ち上がった。


「んんん……、おはよ」


『この、ねぼすけ!いくら休暇中だって寝過ぎよ。ほら、冷たい水で顔を洗ってらっしゃっい!』


ティアが叱咤を飛ばしながらも、木の桶に水を注いでくれる。


「ふぁーい」


寝ぼけ眼をこすりながら、パジャマの袖をたくし上げ、桶に身を屈める。両手ですくった水をパシャ、パシャと顔に当てると、ひんやりとした感触が眠気を吹き飛ばしてくれた。


よし、目が覚めたところで、朝ごはんを作ろうか。

わたしは台所に立ち、フライパンを手に取る。地面がむき出しの土間には石造りのかまどに洗い場があり、ダイニングテーブルと椅子が置かれていた。


「イグニ~、おねがーい」


『おっしゃ!オレのベーコン、いっちばん分厚いやつな!』


イグニが元気よくかまどに火をつける。

わたしは「りょーかい!」と返事して、フライパンに油をひかずに分厚いベーコンをそっと乗せる。火の熱でじわじわと溶け出したベーコンの脂が、じゅうじゅうと心地よい音を立てはじめる。

ベーコンの香ばしい匂いが立ち上り、頃合いを見てひっくり返して、続けて卵をひとつ、ふたつ……割っては落としていく。卵の殻は捨てずにとっておく。あとで砕いて、野菜たちの肥料にするためだ。


『オレ、たまごふたつ!』


「はい、はーい。それじゃあ、みんなの分のお皿出してー」


『はぁーい♪』


イグニとフィーがそれぞれお皿の両端を持って、テーブルに運んでいく。わたしはテーブルに並んだお皿に焼き立てのベーコンエッグをのせていく。昨日焼いたパンを添えたら、朝ご飯の出来上がりだ。


「さあ、食べよう!いただきます!」


『いただきます!』


フィーが勢いよくベーコンかぶりつき、もぐもぐと嬉しそうに頬張る。


『おいひ~っ』


『もう、だらしないわね。口の周りがべとべとよっ』


口うるさく言いながらも、ティアの唇の端にもパンくずがくっついている。その様子に、思わず吹き出してしまった。


本来、精霊は食事を必要としない。

けれど――こうしてみんなで食卓を囲む時間は、何よりも心を満たしてくれるから。

その事を思い出した今、わたしたちは出来る限り、一緒にご飯を食べるようにしている。


わたしは、パンのうえにベーコンと目玉焼きをそっと乗せて、そっと両手で包み込むように持ち上げた。ぱくっとひとくちかじると、ぷつりと弾けた黄身がとろりと流れ出し、塩気のきいたベーコンと混ざり合ってパンにじんわりと染み込んでいく。


うん、やっぱりこれが一番好きな食べ方。


口の端から零れた黄身が顎をつたったけれど、それもまた愛嬌だ。

誰かに見られる前に、ぺろりと舌先でぬぐう。


ベーコンの香ばしい匂いが部屋に残るなか、わたしたちは食後のひとときを過ごしていた。

食器を片付けながら窓の外を見やると、柔らかな朝の光が裏庭を照らしている。


「今日は洗濯日和だね。風も穏やかだし」


そう呟くと、ティアがすーっと窓辺へと飛んでいく。


『そういえば、裏庭の物干しに昨日のシーツが干しっぱなしよ。取り込まないと日が当たりすぎちゃうわよ』


「あっ……うん、今すぐ行ってくる!」


慌てて食器拭きの手を止め、裏庭へと駆け出す。野花が咲き乱れる庭の奥、物干し台代わりに二本の木に渡したロープには、昨日洗った白いシーツが風に揺れて揺らめいていた。


両手でしっかりと端をつかみ、ぱさりとたたむ。ほんのりと太陽の匂いがして、思わず顔をうずめたくなるほど。


「……あったかいなぁ」


協会での暮らしと比べると、なんと穏やかでやさしい時間なんだろう――。

あの息の詰まる日々を思えば、今の生活はまるで夢みたいだ。


わたしは辺境の村を出たあと、そのまま国を出て、アルヴェイン王国と隣国・エルシオン帝国の境に広がる深い森へと来た。

今は訳あって、この森で精霊たちとともに静かに暮らしている。


住まいは、森の奥にぽつんと建つレンガ造りの小さな一軒家。この家も、精霊たちと力を合わせ、自分たちの手で築いたものだ。


最初に話が出たときは――

「この森にしばらく滞在するなら、拠点が必要だね」

「え、家を作ればいい?いやいや、いくら魔法が便利でも、家を建てるなんて無理でしょ!」

と、笑い飛ばしていたのに。


まずは土魔法でレンガを作るところから始めた。

ユグルが指先をひと振りすると、足元の土がぽこんっと盛り上がった。赤茶色の土がぐぐっと形を変えて直方体に固まっていき、次々とレンガになって並んでいく。


そしたら今度は、風魔法と火魔法の合わせ技。

イグニが『うおー!』って火を燃やしているところに、フィーが唇を尖らせて『ふーっ、ふーっ!』して風を送りこむ。

すると、生まれたばかりの湿ったレンガに熱風が流れ込み、じゅうじゅうと音を立てながら表面を焼き締めていく。しだいに赤茶色が深みを増し、硬くてつやのある焼きレンガへと変わる。

パキン、パキンと小気味よい音を響かせながら積み上がっていくレンガを見て、わたしは歓声を上げた。


「すごーい、すごーい!魔法でレンガも作れちゃうんだ!?」


『驚くのはまだまだだよ』


そう言って、ユグルは魔法を使ってレンガを積み立てていく。

これも土魔法の応用なのかな。土を思い通りに動かせるなら、レンガだって同じように扱えるのかもしれない。

宙に浮かび上がったレンガたちは、まるで意志を持ったかのようにすべり、所定の位置にぴたりと収まっていく。


「わー、まるで巨大なパズルを嵌めてるみたいで面白い、ね……」


そして、あっという間に家が完成した。

森の中に、レンガ造りの立派な小屋が姿を現した瞬間、信じられなくて、しばらく呆然としてしまった。


「魔法って、こんなことも出来るんだ!?なにそれ反則でしょ!?」

って、驚いてばかりだったけど――


……魔法って、ほんっとうに便利~~!!!!


(※ただし、こんな規格外の芸当をやってのけられるのは、世界で唯一、精霊を使役できる聖女アメリアだけである。だが、その真実を――当のアメリア本人はまだ知らない。)


完成した家は小さいけれど、思っていた以上に快適だった。

なかでも、私のお気に入りは台所だ。


床は板張りにしたけれど、台所まわりはあえて地面をむき出しにした土間にした。そこなら多少水をこぼしても気にならないし、泥のついた野菜をそのまま持ち込んでも問題ない。


そしてなんといっても、石造りのかまど!

石を積んで粘土で固めたその大きな口は、火を入れるとじんわりと熱を蓄えて、部屋の空気まであたためてくれる。強い火力を生み出せるから、ピザだって焼けちゃうし、煮込み料理も出来てしまう。かまどの上には鍋やフライパンを置けるように工夫してあって、煮る、焼く、炙る――まさに万能調理台だ。

もちろん、扱いにはちょっとコツがいる。


『最初の頃なんて、火が強すぎて真っ黒に焦がしたり、逆に弱すぎて肉がいつまで経っても生焼けだったりと、失敗ばかりだったものね』


「う、うるさいな~!加減が難しいの!」


前世のシステムキッチンみたいに、ボタンひとつで温度調整……なんてわけにはいかない。

それでも少しずつ火加減のコツを掴んでいって、今ではここで料理をするのが、毎日の楽しみになっていた。


すこし趣向を変えてスローライフを満喫中のアメリアたち。何故、辺境の森に?なんだか理由があるみたいだけど……?

毎日1話更新!明日は12時10分に更新予定!

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