1話 婚約破棄、万歳!
白大理石の柱が等間隔で並び、天井からは水晶のシャンデリアが吊るされた謁見の間で、左右には重臣であろうと思われる壮年の貴族たちが並んでいた。
正面には高くそびえる玉座。
本来なら王が座るはずのその場所には、今は第一王子が腰を下ろしている。
「偽物の聖女に国の未来を託すわけにはいかない。アメリア、お前との婚約を破棄して、クローディアを妃とする!」
王宮に響き渡る、冷たい声。
わたし、アメリアは――レオナード・アルヴェイン殿下から婚約破棄を告げられていた。
「そんな……わたしは、神殿の選定で……聖女の証を……!」
口元に手を隠して震える。
わたしは確かに、聖女として選ばれた。精霊の見える力を持ち、神の御使いの導きによって、神殿の祈りの間で“光”を受け取った。
「証など、いかようにも偽装できる。精霊が見えるなどという妄言で聖職者たちを惑わせた、愚かな平民よ」
殿下は鼻で笑い、吐き捨てるように言う。
「俺の隣に相応しいのは、正統なる家柄にして才知に長けた者……このクローディアしかいない」
殿下の隣に立つのは、侯爵家の令嬢であるクローディア。その顔には勝者の笑みが浮かんでいた。
「そんな……」
視線をめぐらせれば、周囲の貴族たちも一斉に頷きあっている。
「やっぱり平民が聖女なんておかしかったんだ」
「クローディア様の方がふさわしいに決まってるわ」
そんな囁きが、冷たいさざ波のように広がっていく。
「今更、後悔しても遅いぞ。罪を犯した事を悔い改めながら……」
「やっ……」
言葉の途中で、わたしはもう、抑えきれなかった。
溢れ出す感情のまま、
思わず――
力いっぱい拳を振り上げて、その場でジャンプしてしまった。
「やったーーー!!ありがとうございます!!!!」
わたしの歓喜の声が王宮に響き渡る。
「はあ…?」
わたしの反応は予想外のものだったのだろう。
殿下もクローディア様も、大きく口を開いてぽかんとしていた。周りの貴族たちも呆気にとられていたけれど、気にしない!
「お前、どんな状況に自分が置かれているのか分かってるのか!」
殿下が怒鳴り声をあげる。
わたしは笑顔のまま、背筋をぴんと伸ばして答えた。
「聖女の任を解いて、自由にしてくれるんですよね。分かりました、今すぐこの国から出ていきます!いままでお世話になりました!」
ドレスの裾をひるがえし、勢いよく踵を返す。
「行くよ、フィー!」
『はあい!』
肩に乗った小さな精霊が、嬉しそうに返事をする。
広く開け放たれたテラスへ駆け込み、躊躇なく柵を飛び越える。
「なっなっ、アメリア~!?あいつを、誰か捕まえろ!!!」
殿下の怒声が背後から聞こえるが、もう遅い。
ここは王城の三階。常識的に考えれば、この高さから飛び降りればただでは済まないけれど、わたしには仲間のこの子たちがいる。
「お願い、フィー!」
『まかせてっ!』
ふわり、と足元から風が巻き起こる。
精霊が操る風に乗り、そのまま宙を滑るように、わたしは無事に地上に着地した。
振り返れば、テラスから身を乗り出して慌てふためく兵士たちの姿が見える。肩の上のフィーに「ありがとう」と囁いて、真っすぐに前を向く。
「殿下から許可も出たし、このまま国を出ちゃおうか」
わたしの周りを飛び交う光に声を掛ける。
『いいな!冒険のはじまりだ』
元気よく答えたのは、火の精霊のイグニ。
大きな声とともにぱっと笑顔を弾けさせる。拳を突き上げる姿は、まるで落ち着き知らずの少年そのものだ。
『ずっと協会にいるのは退屈だったし、いいわね。私、バカンスに行きたいわ』
水の妖精・ティアは、少し気取った口調で笑みを零す。
高飛車だけど、その実とても面倒見がいい。わたしにとって、お姉さんのような存在。
『わぁい、みんなでお出かけ!お出かけ!』
風の精霊・シルフィーは、子どものように無邪気にはしゃぎながら、わたしの周りをぐるぐると舞い踊る。
『……』
その賑やかさをただ黙って受け止めるのは、土の精霊のユグル。
口数は少なくとも、いつだって優しく見守ってくれて、滅多なことでは怒らない。
「さぁ、冒険のはじまりだ!」
聖女も婚約の座も、全部ぜんぶ捨てて、
風に髪をなびかせながら、まだ見ぬ世界へと駆け出していった。
本日は2話更新!つぎは18時10分!
完結までほぼ執筆済みですので、毎日1話更新予定です。
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