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所詮、期間限定の恋だから  作者: 篠崎依月
婚約してください!
2/8

 俺はしがない大学生、永禮(ながれ)晴海(はるみ)。幼馴染で同級生の(じん)(ぐう)()(はる)()と学食でメシを食っていたら、唐突にプロポーズされてしまった。


 ……そんな某有名探偵アニメの導入部みたいなモノローグが、ものの数秒で脳内を流れていった。


「……とりあえず、話を聞こうか」

「うん、マジ助かる、サンキュッ!」

「いや、とりあえずは聞くだけな」


 俺は手にしていたカレースプーンを皿に置くと、正面に座る遥斗に視線を置いた。たったそれだけで俺の幼馴染はパアッと顔を明るくする。遥斗が犬だったら、耳をピンと立て、尻尾をブンブン振り回していることだろう。


 いや、お前、さすがにちょっとチョロすぎんか? 心配になるぞ、お前のお家柄的に。


「俺の家ってさ、結構な富豪じゃんか?」

「けっ……まぁ、そうだな」


 そう、実はこんなチョロい性格をしている俺の親友は、結構な資産家のお(うち)の御曹司である。ちなみに俺が知っている限り『結構』と表現するよりも『かなり』と表現した方が正しい。


 神宮寺ホールディングス。


 国内外に数多の傘下企業を抱える一大事業家。日本にいれば、その影響を受けずに生活していくことは不可能と言われているレベルで、ありとあらゆる業界に進出しているやり手の企業だ。


 遥斗の父さんは、一昨年その会長の座を継承した。ちなみにその前の会長は遥斗のじいちゃんである。


 つまり遥斗は、将来的に父、祖父の跡を継いで神宮寺ホールディングスを率いていくことを期待されている。しがない会社員の息子でしかない俺と何で親友をやっているのかが分からない、国内有数のお坊ちゃんだ。


 ──その割に幼稚園から始まり、小・中・高・大と同じ学校に通ってんの、マジで謎すぎるんだけども。


 普通そういう人間って、有名私立エリート校に進学するものじゃないんだろうか。小中高とごく普通に公立校、大学に至っては経営とはまったく縁がなさそうな私立農学部なわけなんだが。


 将来大丈夫なのか、神宮寺ホールディングス。


「親族がさ、うるさいわけよ。早く身を固めろだの、跡継ぎがだの」


 とはいえ、その言葉には俺も大きな声がこぼれた。


「はぁ? いや『早く』ったって、まだ十九だぞ? 早すぎんだろ、何時代の話だよ?」

「だろ? そう思うだろ?」


『我が意を得たり』とばかりに俺に指を突き付けた遥斗は、へニャリと机に突っ伏した。そんな遥斗の頭上に、へチャリと垂れた犬耳が見えるような気がする。


「だってのにさぁ、頭かったい(やから)はこっちの主張なんてぜ〜んぜん聞いてくれないわけよ」

「それで、婚約者?」


 何となく話の流れが見えてきた俺は、先回りして問いを投げた。


「そう」


 そんな俺の言葉に、遥斗はムクリと体を起こす。


 再び俺に向けられた顔には、先程よりも真剣な表情が浮かんでいた。常にポヤッとしていてワンコみたいな雰囲気がある遥斗がそういう顔をすると、とたんに空気がビッと引き締まる。


「三ヶ月後に、パーティーがあるんだ。業界関係者が一堂に会する、大きいやつ。その場に婚約者を連れて出席しろってゴリ押しされちゃって」

「無茶振りもいいとこだろ」

「婚約者が見つからなければ、こちらで適当な人間を見繕うってまで言われちゃって。そんな場所に『婚約者』って名目で誰かを連れていっちゃったら、なし崩しでその相手と結婚させられることになっちゃう」

「むしろそれが目的だろ。無理やり自分の娘とかねじ込んで、なし崩しでお前の義父母になりたいって輩が強硬手段に出てきたとしか思えない」

「そういうこと」


 ──なるほど?


 つまり俺は、後腐れのない『代役』ってわけだ。


 遥斗に恋人らしき影を見たことはない。四六時中遥斗と行動をともにしている俺が見たことがないのだから、本当に今まで恋人がいたことはないのだろう。遥斗の口からその手の話題を聞いたこともない。


 世間一般で『御曹司』とよくセットで登場する『許嫁(いいなずけ)』ってやつもいないのだろう、今の口ぶりからして。というか、いたならばこんな問題は起きていない。


 つまり遥斗は現在、その手のことに興味はない。まだ自由を謳歌していたいということだろう。だが周囲はそれを許さない。適当な代役を頼めば、その代役が本当に結婚相手になってしまう。


 神宮寺ホールディングス次期会長最有力候補。


 ムカつくけど、遥斗をそういう肩書きでしか見ていない輩が世間には多いことを、俺は知っている。


 さらに言えば、遥斗は見てくれも悪くない。


 甘め可愛いめの顔立ち。そうでありながら真面目な表情をしていると怜悧さも際立つ容貌。ゴツすぎず、華奢すぎず、スラリとした体格。実を言うと遥斗は、ここまでの人生でなぜ恋人がいなかったのか本気で分からない容姿をも備えている。


 遥斗の伴侶……というよりも、『見てくれも優良な神宮寺ホールディングス次期会長』の伴侶に収まりたいという人間も、親類になりたいと望む人間も、掃いて捨てるほどにいるのだろう。そしてそんな人間の大半は、毒気と野心が強いロクデナシばかりだ。


「でも、その役に俺を置くとして、お前の両親は納得するの?」


 遥斗は今回の危機を乗り越えるために、俺を仮初めの婚約者に仕立て上げることを思いついた。


 ……というよりも、それしか方法が見つからなかったのだろう。代役を頼んで、それを本当に『代役』だと承知し、後腐れなく役から降りて、今後ずっと口をつぐんでいてくれると確証が持てる人間なんて、そうそういるはずがない。


 ただ、残念なことに、俺が遥斗の婚約者を務めることには、とてつもなく大きな問題がある。


 そう。俺は、男である。


 もう一度言おう。


 俺は! どこからどう見ても! 男っ!!


「どうでもいい親族は適当にあしらっときゃいいけども。お前の両親を寝込ませるような真似は、できりゃしたくねぇのよ、俺」


 いくらそういう価値観もあるということが世間に広まっていても、それはそれ、これはこれ。恐らく遥斗に早期婚約を強いる親族は、当然遥斗に女をあてがいたがっている。


 跡継ぎという問題もある。きっと遥斗の両親だって、遥斗に子供を望んでいるはずだ。下手すりゃ今回の一発で本当に終生の伴侶に収まってしまいかねないポジションに、よく知っている息子の親友とはいえ男を連れてこられたら、さすがに遥斗の両親もショックを受けるのではないだろうか。


「あ、そこは大丈夫! 父さん達も公認だから!」


 だが遥斗は、俺の不安を吹き飛ばす朗らかさで答えた。


 そんな遥斗の様子に、俺は思わずホッと息をつく。


 そうか、さすがに『あくまで代役』って話は事前に伝えてあるのか。まぁ、そうだよな。


 ……などと思った瞬間、遥斗はピッカピカの満点笑顔のまま言葉を続けた。


「『婚約者には、晴海君以上に好きになれる人間を連れてきなさい。晴海君以上に好きになれる人がいないなら、晴海君を連れてきなさい』って昔から言われてっから!」

「ブッ!?」


 いや、全然大丈夫じゃなかった。


 どういうことだっ!? 基準設定もあれだけども。……いや、何からツッコんでいいのかすら分かんねぇんだけどもっ!


「だから俺がナガレを婚約者として父さん達に紹介しても喜んでくれると思う。むしろ『やっと捕まえられたんだな!』『時間かかったわねぇ』って言われると思う」

「……代役、なんだよな?」

「婚約者は婚約者っしょ!」


 あっけらかんと言い放った遥斗に、俺はどんな顔を向けたらいいのか分からない。


 だというのに遥斗は、ニコニコ笑ったまま言葉を続けた。


「で。引き受けてくれる?」

「割と強引なくせに、そこは律儀に()いてくるんだな?」

「大事なことでしょ。言質(げんち)を取るのって」

「そこは『意思確認』って言ってほしいんだが」


 俺は小さく溜め息をつくと、改めて視線を遥斗に置いた。そんな俺を、遥斗はいかにも『人畜無害です!』といったキュルルンッとした笑みとともに見上げている。


 クッソ……。お前、俺がその顔に弱いって知っててやってるだろ?


「……まぁ、いいよ。お前の人生の危機だし」

「やった! ありがと!」


 俺から出た承諾の言葉にパッと顔を輝かせた遥斗は、そっと俺の手を取った。そのまま腰を浮かせて俺の指先に顔を寄せた遥斗は、指に唇が触れる直前で顔を止め、チュッと音だけを出してキスの真似事をしてみせる。


 その上で顔を上げた遥斗は、まるで肉食獣が獲物を見るかのような目で俺のことを見ていた。


「一生、大切にするから」


 その顔に、ゾクリと背筋に震えが走る。


 いや、お前、……それ、あくまで代役を引き受けるだけの親友に向ける表情じゃないから。こんなとこで本気の演技なんて見せなくていいから。


「いや、代役だから。三ヶ月だけ大切にしてもらえればいいから」


 俺は変な雰囲気を叩き斬るべく、遥斗に捕らえられていた手を無遠慮にペイッと振りほどいたのだった。


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